「青い瞳のニコル」
「なんなのよ、あいつは!」
ティターニャが自分の首に
愛らしい
「――快傑令嬢とかいうあの小娘に、ずいぶん手こずるようだな?」
「…………!」
背後からせせら笑う気配の声に、ダークエルフの女が振り返り、憎しみに
「あんなのは
「あのニコルとかいう子がどうかしてるのよ!」
暗示を
「ただの……ただの普通の人間のはずなのに……」
「闇の
「うるさい!」
背後の気配に向けて振り向きざまに腕を振る。手刀の形に振り抜いた手から光の矢が飛び、それが闇の中から浮き出るように現れた少年の目の前で弾かれた。
鋭利な三角となった光弾を素手で払いのけた
「その力だって、私が与えたものでしょう!」
「お前から与えられたとはいえ、今は私の力だ」
カデルは毛の長い
まだ力が満ちていないのか――沼から
「あれを見られたな」
「……報告されるのは、
長い首を魔法陣の外に出して地面に横たえ、今は眠るように動かない城の竜。城壁で固められたような巨大な竜が今、外に出る取っかかりを得た状態で体を休めている――ようにしか見えない。
「事情に
「向こうも本気になってくるということね……。そうだ、報告では、そろそろコナスが帰ってくるそうよ」
「コナスか」
同世代――共にエルカリナ王国の王位
「あいつも事情は知っているだろうに、舞い戻ることを選んだか。見た目の割りには、骨がある男なのかも知れないな」
「あんな男に何ができるっていうのよ。
ティターニャが
「どこへ行く」
「『青の瞳』の回収よ。ここまでくれば必要なものではないのだけれど、押さえておくに越したことはないわ」
それ以上議論をする気はないようだ。その歩みは止まらなかった。
「……あれは始動のための
部屋を立ち去ったティターニャの気配が、扉の向こうに消える。
「……どうも、
◇ ◇ ◇
意識を失ったニコルを抱き、『結節の空間』から脱出したリルルとフィルフィナは、即席の転移鏡によって屋敷の部屋に
リルルの寝室の
魔法を使えると
「お茶は、飲みますか?」
「――ありがとう、いただくわ……」
自分たちが王女と
はしたないとは思いつつも、リルルはソファに体を投げ出すように横たえた。戦いの緊張が抜けきっていない。
「お嬢様、お着替えは――」
「このままでいいわ」
快傑令嬢リロットの薄桃色のドレスを着たままで、リルルは力なく笑った。――もちろん、メガネは外したままだ。
「ですが、そのままでは……」
自分はメイド服姿に着替え、戦いの気配の全てを落としたフィルフィナが瞳を
「私、ニコルにばらしてしまったのよ……
「……お嬢様」
フィルフィナが何かをいいかけてそのまま口を閉じ、押し
「もう、快傑令嬢も、本当に終わりね……」
「……お嬢様を
「そうね……でも私、もう、二度とニコルの顔をまともに見れない」
「…………」
フィルフィナは再び黙った。目の前のカップに手を
「……あの
「あんなもので、ニコルのきれいな顔をぶん
「同意見です」
ふふ、と二人で笑うが、その笑いもすぐ沈んだ。
次に言葉を切り出す気力が
「……ニコルは、目覚めたら、きっと私を責めるでしょうね」
「お嬢様……」
「いいのよ。私はそれだけのことをしてきたんだから。責められる……責められることをしてきたんだから、当然よ。当然なんだけれど……」
覚悟がある、できているといいながらも、その実はできていない自分を
「まずは、わたしがニコル様の様子をうかがいます。ニコル様のお気持ちが
「フィル……ごめんなさい……お願いします……」
リルルが頭を下げたのとほぼ同時に、寝室の扉が開いて四人のエルフたちが姿を現した。その全員が小さく一礼したのを受けて、フィルフィナもうなずく。全ての段取りが事前についていたのか、エルフたちはそのまま転移鏡の中に入って姿を消した。
「……ニコル様が、お目覚めになったようですね」
フイルフィナが席を立ち、それに続いて体を起こそうとしたリルルを手で制した。
「休んでいてください。呼べるようになったらお呼びしますから」
「……ありがとう」
リルルがため息を
◇ ◇ ◇
「ニコル様、お加減はいかがでしょうか?」
「――フィル」
フィルフィナが顔を見せたのに反応して、ニコルが体を起こそうとし――骨が抜けたようにベッドに体を沈めた。
「ご無理をなさらないでください」
「あ……ああ……フィル、ごめん……」
「謝る必要は、少しもありませんよ?」
脇にある小さな机にほとんど冷めた紅茶のカップを置き、フィルフィナはその盆を抱くようにして小さな
ニコルが
「ここは……リルルの寝室なんだね」
「そうですよ。
「そうだね……家具も配置も昔のままだね。もう、何年も出入りしていないけれど……」
「お嬢様はもの持ちがおよろしいですから」
「いけないな……
「よく効く痛み止めと、ぐっすり眠れる
「…………フィル、確かめたいことがあるんだ」
「――はい」
枕にその金色の髪を載せて目だけを向けてくるニコルの
覚悟をしていたとはいえ、心が
「ニコル様の
どう説明すれば、ニコルを傷つけずに納得させることができるのか。時間をかけて考えたが
「……ニコル様、落ち着いて聞いてくださいましね。……実は、快傑令嬢リロットの正体は――」
「あのダークエルフの前で倒れたあと、僕はどうなっていたんだい?」
「――――」
フィルフィナの口が、音を
「なにも覚えていないんだ。……奥様の姿に化けたダークエルフが正体を現して、あの女の目を見た途端に意識がなくなって、その後今までなにをしていたのか――ああ、思い出そうとしたら、頭が痛くて……」
「あ、いえ、それは、その」
「――フィル、もうそろそろ……いい?」
扉がわずかに開く。その
フィルフィナが素早く、しかしさりげなく腕を
カーン!
「うにゃあ!」
あまりに軽い音と悲鳴が響き、派手に倒れる音が続いて扉が閉じる。
「……今、すごい音と声がしなかった?」
「さあ、なにか聞こえましたか?」
「なんか、全然つまってない
「さあニコル様、あとの全てはこのフィルに任せて、今はゆっくりお休みください」
「あ、うん」
フィルフィナから渡された何錠かの薬を口に入れ、吸い口の水でニコルはそれを飲み
「子守歌でも歌って差し上げましょうか?」
「い……いらないよ、もう子供じゃないんだから……」
「ですが、昔はよくフィルの子守歌を聴きながら、お昼寝をされたではありませんか。――では、お休みのキスをいたしましょう」
「は、恥ずかしいってば」
「いい子は、お姉さんのいうことを聞くものですよ?」
フィルフィナはニコルの
「――フィル、僕、夢を見ていたようだよ……」
「夢? どのような夢ですか?」
「うん……それが……すごく、変わった夢で……」
ニコルの目が次第に細くなる。まぶたの間でとろけたような目が揺れていた。
「僕、もう……」
「ご無理をなされず。お休みなさいませね、ニコル様」
「うん……」
眠気に負けてニコルがそのまぶたを閉じ、やがて
「――さて」
寝室の扉を開けると、アイスブルーの目を回したリルルが転がっていた。完全に気絶しているのか、
「……お嬢様、助かりましたね……」
◇ ◇ ◇
――そうだよね、あれは夢だよね。
僕がリロットの首を
リロットがリルルだなんて。
――夢だ。
そんなものは、夢に、決まっている――。
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