「ふたつの咆哮」
ニコルが、
声にならない
「――――――――!」
リルルの首を片手でつかみながら、立ち上がる勢いで少女の体を高々と
その顔に
少年の腕一本で
息の一滴も肺に入れられなくても、その顔は、
あらゆる運命を受け容れるように、次に来るだろう局面に、存在の全てをさらしていた。
音として響かないニコルの声が、感情の色に汚れて、音となった。
「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――――――!!」
少女の体を吊っていた腕が大きく
『――あなた!?』
『なにを――なにをしようとしているの!? やめなさい!! 自分で死にたいの!?』
青に戻っていたニコルの瞳が再び、赤に染まる。裏から光を通しているかのように、濁った激しい赤の光に輝く。
『首輪の暗示に逆らえるはずがないわ! 狂い死にしたくないなら、やめるのよ!!』
だが、その色を帯びながらもニコルは再び、吠えた。
「うあ……ああ、ああ、あああああああああああぁぁぁぁぁ――――――――!!」
指がかかっていた金の首輪――細い鎖と鎖の繋ぎ目が大きく
「――――――――」
その瞳から光を失ったニコルの体が、全ての力を失いゆっくりと
『バ……馬鹿な……!』
空中高く投げ上げられた金の首輪のかけらが、まだ声を発していた。自分の身に起こったことを理解できないというように。
『ただの人間に、ただの人間にこんなことができるわけが……!』
「それもまた、人間である――」
上から声が降り
「それを
次の瞬間、流星よりも速く放たれた二本の矢が空中の首輪を直撃し、その破片を
「フィル!」
体を起こしたリルルが声を上げる。救いの主が来た、という喜びがその顔にあふれていた。
大きく宙を飛んできたフィルフィナが地面に降り立つ。弓を手にしたその小さな体がすっくと立ち上がり、覆面が払われた。
「お嬢様、よくがんばりました! ニコル様を!」
フィルフィナの声に背中を押され、リルルは走った。うつ伏せに倒れているニコルを抱き起こす。
「ニコル、ニコル! しっかり、しっかりして――!」
「お嬢様、あまり揺さぶってはいけません」
「――大丈夫、意識を失っているだけです」
「ああ……」
リルルはニコルの瞳の色に、
「ですが、安静にさせておかなければなりませんよ」
「……ニコル……よかった、よかった……」
その上体を抱き寄せ、リルルはニコルの頭をその胸と腕で抱きしめた。
「ああ……ニコル、ニコル、ニコル……私のニコル、私だけのニコル……」
「お嬢様、
「だって、ニコルは私のものよ。私だけのものだもの……」
「ですから、たまにはメイドにもお
主人の了解を得る前に、フィルフィナも反対側からニコルの頭を腕と胸で抱きしめた。
「ああ……ニコル様、ようやくこのフィルフィナの胸に帰ってきて下さって……」
「いつあなたの胸にニコルがいたの!」
「六歳ごろのニコル様を、
「今初めて聞いたわ!」
「ああ……ニコル様の頭の形は、あの日抱いた時のまま……」
「うっとりしないで!」
ニコルを抱く二人の背中で、ふぅぅぅぅん……と、遠く、彼方でなにかが共鳴し合うような音が響いた。反射的に二人は振り返る。
「あれは……」
リルルが目をこらす。遠くでなにかが輝いている――
フィルフィナの顔から、喜びの色が
「ここは『結節の空間』。何があってもおかしくはないですね……」
「『結節の空間』……?」
「わたしたちエルフにも言い伝えられている『魔界』との
「それは……」
「ここから早く脱出しましょう。今は、ニコル様を無事に届けなければ」
リルルの疑問を打ちきって、フィルフィナが指より少し細いくらいの円筒状の物体を取り出した。
透明の床の面にフィルフィナがそれの先端を当てた、その途端の
「えっ……!?」
遠くで微かに
「フィル……!」
「急ぎます!」
「きゃぁっ!」
音が、爆発的に震えた。鼓膜どころか体の全部を平手で叩いてくるような音、同時に足元からの激しい揺れにリルルが姿勢を
「じ……地震……!? それにこの音は!?」
「これは、地震ではありません! ――なにかが来ます!!」
「なにか、って…………!!」
全てのものを震わせる
そして、見ていた。
「――――っ!?」
巨大――巨大だろう。
はっきりしない遠近感のために距離感が狂っていたが、それはどうひいき目に見ても、高層アパートを軽々と超えてしまう高さの、長さのものに見える!
「な、なによ、あれは!!」
腕――いや、生物のような生々しい腕ではない。固い無機質な、建造物めいた存在感。焼き
伸びた腕は次には振り落とされ、重い石材を
「――――!!」
少女の目が、いっぱいに、見開かれていた。
穴から
「あ……
頭――頭に見える。目があり、耳があり鼻があり、耳にまで裂ける口があり、巨大な氷柱のような
「ド……ド、ド、『
それは、『
竜そのもの、そうとしか思えない
「お嬢様っ!!」
呼びかけも無駄だとばかりにフィルフィナは、描き上げた即席の転移鏡にリルルを押し込み、自らはニコルを抱きかかえ、床の転移鏡に飛び込んだ。
数秒もせずにその転移鏡は消え――世界と空間を繋げていたものが、
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