「深淵へ」
「……また、お嬢様の無茶ぶりですか……」
エルフの少女の
「他に方法がある?」
「……ないですね。――シーファ」
隣に並んだシーファに、フィルフィナが視線を前に
「もうひとつ、頼まれてもらえますか」
「生きてここから出られる手段だったらな」
「あのニコル様を十五秒間くらい
「十秒が限界だといったろ」
「奥の手を使っても無理ですか?」
シーファの目が一瞬、フィルフィナの横顔を
「……何故知ってる」
「朝に訪ねたあなたの『ねぐら』、あなたのようなラミアが
「私としたことが
「よろしくお願いします――お嬢様」
フィルフィナがリルルに視線を送り、リルルは
再びリルルは前衛に立ち、レイピアをまっすぐに構える。今まで
無表情を変えないニコルが腕をかざす。天井に突き刺さっていたサーベルが吸い寄せられるかのように、広げられた手に収まった。
「ニ……ニコル……」
まともに戦えば勝ち目などない相手――それと真正面から剣を交えなければならないという恐怖に、体の
それでも、立ち向かわねばならない。背を向けるという選択肢は、今、消した!
手に握るレイピアよりも、両手首にはめている腕輪よりも――今頼れるのは、勇気のみなのだから!
「――ニコル!」
床を
刃と刃の激突、衝撃波を
「ううううぅぅっ!」
銀の腕輪の力をさらに強く意識して体を押し出す。ニコルの体が揺らぎ、体を支えるために足が後ろに下がる――その一瞬の
鋭利な光を
生身の手足に命中すれば、確実にそれを引きちぎる
長大な体に似合わない勢いで突進してくるシーファの動きに、ニコルは体を揺らがせながらも剣を向ける。
「――――!」
意思を感じさせない瞳がラミアの姿を
「ええっ!?」
リルルが目を
「かかったな!」
シーファが着地し、その背後で
「デネフィット! しばらく頼む!」
「任せておけ」
大蛇がその
「え、あ、あ……ああ、これか!」
「お嬢様! 早く扉に取り付いて!」
「う、うん!」
床に押さえつけられたニコルを
「全力で!」
「ええ!」
リルルとフィルフィナの銀の腕輪が一層強く輝いた。魔力で封印されているはずの扉が、物理的な力によって無理矢理開かれていく――その開く速度は
「早く――早くしろ!」
デネフィットと呼んだ大蛇に加勢したシーファが、ニコルの手からサーベルをもぎ取る。再び腕ごと体を拘束され、なおかつ地面に押しつけられているニコルは、それでも体を起こそうと腹筋の力だけでデネフィットの絞め上げに
「――何をしているの! そんな
ティターニャの声が響く。その声音には余裕がない――よほどその扉の向こうに入られてはマズいのか、とリルルは直感した。
「なら、入ってあげようじゃない!」
扉にかけた手、踏ん張る足、膝と腕、腹の力――全ての筋力という筋力を意識して、自らを機械と同じようにしてリルルは厚い鉄の板を引く――下に続く階段が見えてくる。どこまで開くかわからないが、開けるだけ開くしかない!
「ぐっ!」
背後で聞こえた悲鳴に、リルルは振り返った。シーファの体が天井に叩きつけられ、ニコルがその腕でつかんだデネフィットの体を振り回し投げ捨てる。ニコルの全身を包めるほどの巨体が、まるで普通の蛇と同じように軽く投げ捨てられた。
「っ!」
リルルが息を飲む――表情のないニコルが目の前にいたのだから!
少女にできたのは、反射的に腕を伸ばすことだけだった。
「ニコル……ぅっ!!」
抱きついてくるかのようにニコルがリルルの体にぶつかり、かろうじてそれを抱き留めるようにしてリルルは受け止める――が、その体当たりの衝撃を完全に殺せるわけがない。
「あ――ああ、ああああ――――ッ!!」
もつれ合った二人の体が扉の隙間に落ち、下に続く階段を転がり落ちていってフィルフィナの視界から消えた。
「お嬢様!」
退路を断っていた光の壁が消え失せたと同時に、重く鈍い音を軋ませて鉄の扉がゆっくりと閉まっていく。
フィルフィナの決断は、早かった。
「シーファ、早くここから
「どうする気だ、まさか」
「わたしも後を追います。あなたたちには危険な目に
「私がいないとここから帰れないぞ、わかってるのか。それに、その下は得体の知れない領域なんだろう、危険過ぎる!」
「帰るだけなら、あてがあります。無策ではありません――それに、もしもメイリアがこの下に落ちていったら、あなたは冷静に撤退できますか?」
「――――――――」
シーファの目から、説得しようとする意思が消えた。
「二番目の家で待っていてください。もしも帰らなかった時は……色々とお願いします」
では、と
「シーファ。どうする」
知恵ある巨大な大蛇、デネフィットが相棒である女性――シーファに声をかける。
「……どうしようもない。あのエルフは無謀だが馬鹿じゃない。きっと目的を達するだろう」
「そうだな。我々も
「ああ」
シーファは
ラミアの形態になったシーファがその場を離れてしまえば、そこには、ニコルのサーベルだけが残されるだけになった。
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