「遭遇、ニコル」
壁に埋め込まれた蛍光石がほのかな光の
――はずだった。
「……
不思議そうにシーファが首を
「まあ、色々と便利な道具を持っていますから」
戦闘用の黒ずくめの
「それが、快傑令嬢リロットの力の
「私、それを外したら本当にただの女の子よ」
「本当にただの女の子は、進んでこんな所に入り込もうとはしない。どこかに強さの自信があるから、そんな勇気が必要なことができる」
「そんなものなのかな……」
「お嬢様。ここに入るのは、そんなに
細い通路を歩くのにも苦労していない、そんなリルルの足取りを見ながらフィルフィナがいう。
「私、地下下水道には結構入り
「お前もなかなか面白いニンゲンだな」
「……気になっていたんですが、お
「なんだ」
「あの亜人
「――根拠は?」
「あなたが奴隷商人に捕まるような人物とは思えません。わざと捕まって、潜入の手段にしていたのでしょう。いったい何の目的で?」
「そこまで
「亜人奴隷市を
「ご
「じゃあ、逆に予想のつかない質問をしてやろう……私の
「……
「新聞記者だ」
リルルとフィルフィナが同時に数度、
「……反体制の、地下新聞の新聞記者……」
「名前のない新聞社だな。それを構成しているのはほとんどが亜人だ――物好きなニンゲンもいないことはないが。亜人が亜人奴隷市を壊滅させたいと思う、自然なことだな」
「……そうですね」
「カラクリを暴くために重要書類を手に入れようと、わざと捕まって潜入した。そしたらお前たちがやってきて、暴れて、奴隷市を
「……私たち、余計なことをしたかしら?」
「その後で重要書類を私たちの新聞社に
「……どうも」
「その書類から、亜人奴隷市の
「そこに私が乗り込んでいって、メチャクチャにした……」
「言い訳になりますが、それもこれもみんな
「……うううう……」
ちくちくちくちくと、心を四回ほど刺されたリルルは涙を流さずに泣くしかなかった。
「まあ、いいさ。私はあの時、他に捕まっていた連中を見捨てるつもりだった。奴隷市の壊滅を優先しなければならなかったからな。おかげで……」
「あのメイリアというハーピーの娘と、いい仲になっているようですね」
「………………いきなり核心を突くのはやめろ」
シーファの目も口元にも感情の
「お前たちが暴れてくれなければ、メイリアは普通に売られていって、今頃…………」
言葉が途切れる。その
「……お前たちには感謝しているさ。だから、
「対価は十分に得ているではないですか。お幸せに」
「……だから核心を突くのはやめろ」
「ふふふ」
リルルは嬉しくなった。自分の無茶な思いつきであの亜人奴隷市を
魔の者に
◇ ◇ ◇
潜行は数時間に及んだ。細い足場を注意しながら歩き、時には水路をまたぎ、通路いっぱいに膨らんだ巨大なスライム――ゼラチナス・キューブと呼ばれる――を
太陽も空も見えなければ、時間を感じる感覚は
「――ニコル」
金メッキの懐中時計がリルルの手の平の中にある。――ニコルが
この懐中時計が命を救ってくれた時のことを思い出す。あの時は……。
「お嬢様、想いにふけっている時ではありませんよ」
「――わかってる、フィル」
まぶたの裏に一瞬、様々な情景を投影し、その全てをしまい込むように
そういえば、これを受け取った礼をしていない……ニコルにちゃんと、伝えないといけない。
ありがとう、と――。
◇ ◇ ◇
「警戒を
先頭を行くシーファの声が落とされ、その歩みが
「……この角だ」
シーファが壁に体を押しつけ、曲がり角の向こうをのぞいた。
「――いた」
リルルもシーファに肩を並べるようにし、その向こうに目をやる――数十メルト離れた
遠目でもわかる、
「……ニコル!」
フィルフィナの手がリルルの肩に
「
「でも、近づかなくては話は始まらないわ……! ここから
「天井、前方、足元――全てに気を配って近づくのです。
「――うん」
「――――」
ニコルが、ゆっくりと立ち上がった。体が正面を向き、仮面のような表情がリルルの方を見る。
「ニコル……!」
目を開けて眠っているような感情のない顔に、一つだけ決定的な
リルルが愛してやまないニコルの瞳。だが、いつもの美しい青の色ではない――まるで血の色の
「……まずいな」
シーファがうめいた。ニコルの手が腰のサーベルの
「昨日までの奴じゃないぞ……洗脳かあやかしの術かなんか知らんが、殺意が増してる。気をつけろ!」
「ニコル!」
「――思ったより早いご登場ねぇ?」
フィルフィナの耳が動く。その目が鋭く細められた。
「……お前は!」
サーベルの
「ごきげんよう。初めましての方は、初めましてかしら――存在自体はそこのハイ・エルフに聞いてご存じだとは思うけれど、自己紹介がまだだったと思うから名乗らせていただくわ」
ダークエルフの女がニコルの肩に手をかける――気安い
「私の名は、ティターニャ。まあ、すぐに覚えていられなくなると思うけれど、一応は
「――あなたが、ニコルを連れ去ったダークエルフなのね! ニコルから離れなさい! そしてニコルを自由にして! さもないと!」
「さもないと、どうなるのかしら?」
女――ティターニャの手がニコルの頬を包む。その細い体が、
「こうするのですよ!」
フィルフィナが力強く踏み込む。いつの間にか手にしていた弓に矢を
文字通りに
「ふふふっ!」
貫かれたティターニャの姿が、霧となって消え失せた。
「……
「いい矢を放ってくれるじゃない、西の森の王女! でも、この可愛い騎士様を
姿が消え失せても声は生身のように響き渡り、リルルたちの
「さあ、私の
「ニコル……!」
リルルの本能が、黒い腕輪からレイピアを呼び出してその刃を抜き放たせた。その重さを手で実感した瞬間、ニコルと斬り結ぶことになるという意味が、心を
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