「ハーピー娘、メイリアのさわやかな目覚め」
「……一人も殺せなかったですって?」
王城の直下に存在する『結節の空間』――そこに
『大した
「うるさい!」
ニコルの
「この子が特別なのよ……それに撃退はした。一人として入れていないわ」
『相手を殺すくらいの
「保険をかけておくわ。それでいいでしょう」
『……まあ、その扉を抜けてきても、無事に
「うるさいといってるでしょう!」
「……見所があるとは思ったけれど、ありすぎるのも困るわね……」
心の自由を与える代わりに手足の自由を
「術をかけ直すのも面倒だから、あなたにはこれをあげるわ」
ティターニャの
輪を
「あら、なかなか似合っているじゃない」
輪はまさに首輪となって、ニコルの首にぴたりと
「いい? 聞こえているはずよ。……その首輪は、あなたが正気に戻ろうとすると、魅了の術の力を
わかった? とささやくティターニャにニコルは
「私からの
いい子にしていてね、とティターニャはニコルの
お楽しみは、あとに取っておく――。
「またね、私の可愛い騎士様」
カツン、と
あとには、物いわぬ――いわぬはずのニコルが一人残されて、
「…………リ………………ル………………ル…………」
◇ ◇ ◇
「ふわあ~~~~あ」
ハーピーの娘、メイリアは朝の光を頬に受けて目を覚ました。
ふかふかの
その立派な寝台の大きさもまた感動の的の一つだった。ねぐらの
「ふぁぁぁ~~あ」
上体を起こし、腕を振り回し、体の
「やっぱり寝心地いいなぁ。ったく、ニンゲンってのは亜人からさ……さく、さくしゅ? してこんな
言葉でいうほどムカついていないメイリアは、詰めれば五人ほどは寝られる幅の寝台を広げた手で
「この寝台でシーファと一緒に寝たいなぁ……ふたりで暴れたってへっちゃらだろうに。ここから出される時に暴れてみようかなぁ」
窓を見る。壁よりも窓の面積の方が大きい。立派なバルコニーに出られるガラス窓もある――そこから一望できる王都の
寝台もテーブルも物書き机も、専用のトイレさえも、その調度の全てが立派な部屋だ。さすが
これで、窓の全てに
「要するに、
シーファがニンゲンを裏切らないための保険としての、人質なのだ。
「あ~、ムカつく」
水差しの水をコップに注いで飲む。ねぐらの水差しと違い、それにもいちいち立派な
「つまんな。早くシーファお役
「――ハーピー、食事だ」
グチグチと
「んだよ、普通に扉開けて持ってくればいいじゃんか」
毒づきながらトレーを取りに行く。テーブルにそれを載せ、料理を眺めて確かめた。
拳大くらいの五個のパン、たっぷりとソースがかけられた鳥のモモ焼き、味が予想もつかない血の色をしたスープ、こんもりと盛られたサラダ。
「あたしに鳥料理って、なんだ? なんかの当てつけか?」
フォークとナイフを手にする。二十分ほどかけてその全てを平らげ、鳥のモモ焼きのソースの一滴も残さずに
「ああ、
「いちいち美味しく作りやがって。あたしを太らせて飛べなくさせようとしてるのかな。太っちゃったらシーファに可愛がってもらえなくなるじゃんか。こんな部屋じゃ飛ぶこともできないのに、ムカつく」
いちいち
「……シーファ、早く
「――は?」
聞き
「おはよう」
「お――お前!?」
バルコニーの窓と鉄格子越しに、薄桃色のドレスをまとった少女が立っていた。顔はよくわからない――見た
「お前、確か、快傑令嬢リロットとかいう……」
「迎えに来たの。シーファさんがあなたを連れ出して来いって」
「本当か!?」
「しっ」
駆け寄ってきたメイリアにリロット――リルルが人差し指を立てて
「外に見張りがいるんでしょ?
「あ、ああ……。でもどうしてシーファが?」
「好き勝手に動かないといけない用ができちゃったの。あなたが人質にされていたら、動けないでしょ? だから連れ出しに来たの」
「お前、飛べたのか……」
「ええ」
「でも、この鉄格子だぞ」
親指ほどの太さがある鉄格子。
「あたしだって、これがなかったら飛んで逃げ出してるんだ。全部の窓にこれがはまっているから、逃げようにも――」
「ああ、これね」
傘を足元に置き、リルルは軽くその二本を握った。左腕に嵌めた『銀の腕輪』の存在に意識を集中させる。銀の腕輪の上で
ガキン! と音が響いて鉄の棒が基部からもぎ取られた。目を丸くしたメイリアの前でもう二本、さらにもう二本と、枝でも払うかのように外されていく。人ひとりが出られる
「開いたよ」
「……は、ははは……」
メイリアがバルコニーに出た。風が気持ちいい――自由の風だ。
「でも、このままあなたを連れて行くのはまずいの。あなたは逃げ出したんじゃない、私に連れ去られたっていうことにしないと。シーファさんがそう絵を描いたって見られると、あとあと面倒なことになるから」
「ど、どうすればいい?」
リルルがメイリアの耳元でささやく。メイリアは二つ三つうなずき、すぅと息を吸ってから――。
体全部を響かせるようにして、
「助けろぉぉぉぉぉぉぉぉ――――っ!!」
五秒も経たずに出入り口の扉が乱暴に開け放たれ、警備の兵士たちが二人部屋の中に
「助けて、さ、さらわれる――!」
「ぞ……
嵌まっていたはずの鉄格子が外され、窓の向こうでハーピーを小脇に抱え、傘を手にしたドレス姿の少女の姿に兵士たちが足を止める。たとえ
「兵士のみなさま、朝早くからおつとめご苦労様です!」
両手が
「失礼ながら、このハーピーの少女は
「き――貴様! 何故そのハーピーをさらう必要がある! そのハーピーをさらってどうするつもりだ!」
「それは――――えっと?」
リルルは言葉に詰まった。そうだ、誘拐するにも動機が必要なのだ。
剣を抜いた兵士がじり、じりと間合いを詰めてくる。何か気が利いたことを返さねばならない、という
「こ……このハーピーは、連れ帰って、ず……」
「ず?」
「――
「「「な、なんだってぇぇぇぇ――――!」」!」
兵士たちと耳元のハーピーの口から
「お、お前、あたしを料理の材料にするつもりかぁぁ!」
リルルがバルコニーの床を
「助けてぇ!! 羽をむしられる、煮られる、焼かれる、
「あ、暴れないで」
「お前、シーファも食う気なんだろぉぉ! 今頃シーファを血抜きしてるんだぁぁ! あたしのスープでシーファの肉を煮込んで食べるんだぁぁ!!」
「ごめん、ちょっと口が滑ったの!」
「嫌だぁぁぁ! ダシを取るためだけに三日三晩茹でられるなんて嫌だぁぁぁぁ! ……どうせだったら肉まで食べてくれ! せめて、お前のお腹の中でシーファと一緒になりたい……」
「食べないから! 食べたくないから! 食べられないから!」
悲鳴か
「な……なんだ、あれ……?」
「……わからん」
上司に報告せねばならない。そんな単純なことさえも、二人の頭の中にすぐにはわき上がらなかった。
「わかるのは、快傑令嬢がハーピーの娘をかっさらって行ったってことだけだ……」
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