「反撃の算段」
「申し訳ない、
隣の遺体安置室――ではなく、一般病棟に続く
「全滅、というのは『
「十人中八人が倒れて動けなくなったんだ。その意味でいえば立派な『全滅』に当たるな」
隣でシーファが言葉を
「人のいない部屋で話そうと、通した部屋もまずかったですね。重ね重ね申し訳ない」
「……それにしても、正気じゃなかったよ、『ニコル』という少年は。なんせ
剣を抜かなかったのか、抜けなかったのか。ともあれ、本来なら腕どころか胴体を切断する
「それでも意識不明の重体には
「よ……よ、よかったぁ……」
リルルの体から、絶望が雪のように溶けていく。全員が生きている――それを聞かされた時に、リルルは本当に
「まだ、取り返しは付きます。
「は、はい……!」
言葉を受けながらリルルは廊下を歩く――
「ここです」
一般病棟の奥の奥――警護のためだろうか、数人の騎士たちが
案内してきた青年の顔を見て騎士たちは無言で道を
広い
病床に横たわっている患者たちは、全員が
「……声をおかけするのは、遠慮させていただいた方がよろしいですね……」
「全員が数十カ所の
「フ……
横合いからかけられた、糸のように細い声にリルルは背筋を
その
「――ストラート様!」
包帯の下の顔など見えない。だが、今朝、ソフィアの家に足を運んでニコルが
「……声を出すな、そなたがいちばん重傷なのだ。肺に穴が空いているんだぞ」
杖を
「す…………す、少しだけ……フ、フローレシア…………」
「はい!」
少しでも
「……ニコルは、まだ、完全に……
それが最後だった。言葉が
「――この、馬鹿!」
か細い息が続き、脈が
「ストラート様、ありがとうございます。ゆっくり傷を
意識を失ったラシェットに一礼し、リルルは他の病床についた者を見て回った。まだ、安定して意識を取り戻している者はいない。それぞれにリルルは頭を下げ、礼と
「この八人は、数日すれば安定に向かうでしょう。問題は……」
「ニコルという少年をどうするか、だな」
青年がシーファにきつい視線を向ける。が、この亜人が
「……フローレシア。まことにいいにくく、そして
「……
厳しい現実を、リルルは、
「……国家存亡の危機のため、それを
「いえ、そんなことにならぬよう、最大限努力はいたします! ですが……ですが、お覚悟だけはなさっていただきたいと……」
「……そのことについては、この私めごときが口を
同情の視線を受け、心を内側から
「みなさまが一日も早く回復されること、心から願っております……」
「私も帰っていいのだろうな」
蛇の下半身はとぐろを巻いていても、人の上半身はどこまでも背筋が伸びているシーファがいう。
「第三次の突入があるのならまた
「ああ……居場所さえはっきりしていてくれれば」
「用があるなら人を
「我々は、一度交わした約束は守る! 亜人とも例外ではない!」
「結構だ」
じゃあな、と簡単に手を振ってシーファは廊下を進んで行った。
「――では、みなさま、ごきげんよう」
リルルも頭を下げ、足早にシーファの背中を追おう――として、途中で道を折れた。
ほとんど走るように歩を進め、病院の裏口から建物の外に飛び出す。
「お嬢様?」
裏口の近くで息を
飛び出してきた赤いフレームのメガネを手で受け止め、
「――――――――」
それを、かける――。
◇ ◇ ◇
「……ふぅ」
自分から目を
王城直下、謎の異空間に突入するための扉は、あの金色の髪の少年が操られ、
メイリアがつけた目印に人間たちは改めて目印をつけ直していたようだが、それがもし書き換えられていたら、
人間のやることだ、亜人は関わりを持たなくていい――ともいってはいられない。この王都は人間だけが住まう場所ではない。亜人たちの生活もつなぐ大事な場なのだから。
病院を出、細い路地を選んで街を進む。ラミア列車を乗り
「疲れた。いつ呼ばれるかわからんが、休まなければな……」
「……明日、私に付き合ってくれるかしら?」
投げつけられた声に、街の一角でシーファは立ち止まった。後ろ、それも高い位置に誰かがいる気配を感じる。道を歩いている者達のものではないらしいということはすぐにわかった。
「この気配は知ってるな……あの時……亜人奴隷市で会った人間か……」
「すごい。よくわかるものね」
こちらを
「独特の気配だからな。覚えているさ――――しかし、これはちょっと話しづらいな。場所を変えるべきだ」
「人気のないところで、どう?」
「いいだろう。しかし、姿も見えないような死角から話しかけるというのは、
「私にあなたを殺すつもりがあるなら、撃つことができていたわ。でもそれをしなかった。少なくとも敵ではないと思ってほしいの」
「亜人の奴隷たちを解放していたお前を、敵とは思わないよ。しかし――」
自分が宰相たちに接触したのと同じ理屈で攻めてきた少女の気配に、シーファは苦笑した。
「あの官庁街、明かりが消えている建物の間でいいか。公務員たちは遅くまで残業はしないらしい」
「ありがとう」
シーファはさりげなさを装いながら、窓の明かりもまばらな
声をかけてきた存在は地面を歩いてはいないが、間違いなくついてきている。気配でわかる。
「そこだ」
「本当ならどこかの
「私もこの姿でお茶をできる立場ではないから、かまわないわ」
路地の幅いっぱいに広がった
傘が
「お久しぶりね」
「久しぶり――か。あれから何日経ったかな……」
シーファが笑う。魔法のせいか、顔が印象に残らないというその少女。亜人奴隷市の現場で出会い、色々な面白い
「ヴォルテール
「聞いてる。あの変なドレスの女を助けたといってたな」
「彼女、いってたわ。あなたに
「嘘――か。……まあ、それはおいおい話そう……」
小さく笑い、シーファは髪をかき上げた。目の前の相手も人間だろうが、同類に会っているような気楽さがあった。共に、その
「どうせ、短くも浅くもない付き合いになるんだろうからな……それて、聞きたいことがあるのだろう? いってみるがいい」
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