「反撃の算段」

「申し訳ない、誤解ごかいがあったようですね」


 隣の遺体安置室――ではなく、一般病棟に続く廊下ろうかを歩きながら、青年は恐縮きょうしゅくしっぱなしの顔を見せていた。


「全滅、というのは『皆殺みなごろしになる』という意味合いが一般で知られていますが、軍事用語としては、その部隊が戦闘を継続けいぞくするための戦闘力をうしなうことを意味するのです」

「十人中八人が倒れて動けなくなったんだ。その意味でいえば立派な『全滅』に当たるな」


 隣でシーファが言葉をぐ。


「人のいない部屋で話そうと、通した部屋もまずかったですね。重ね重ね申し訳ない」

「……それにしても、正気じゃなかったよ、『ニコル』という少年は。なんせ鞘におさまったままの・・・・・・・・・・剣を振るっていたんだからな」


 剣を抜かなかったのか、抜けなかったのか。ともあれ、本来なら腕どころか胴体を切断する斬撃ざんげき殴打おうだにしかならず、それをよろいの上から受けた騎士たちは、なんとか一命だけは取りめたというわけだ。


「それでも意識不明の重体にはちがいありません。今、王宮直属ちょくぞく魔導師まどうしたちが必死に治癒ちゆ魔法をかけている最中さいちゅう――おそらく、死ぬことはないでしょうが……」

「よ……よ、よかったぁ……」


 リルルの体から、絶望が雪のように溶けていく。全員が生きている――それを聞かされた時に、リルルは本当にひざくだけさせてしまった。あわてて支えてもらわなければ、その場で尻もちをついていただろう。


「まだ、取り返しは付きます。フローレシアお嬢さん、お気をしっかりお持ちください」

「は、はい……!」


 言葉を受けながらリルルは廊下を歩く――くつの裏が床をむ感覚が遠い。遠慮えんりょがちに背中に手をえられる感触を覚えながら、まだなか夢心地ゆめごこちに似た放心の気分でリルルは進んだ。


「ここです」


 一般病棟の奥の奥――警護のためだろうか、数人の騎士たちが緊張きんちょうした顔で歩哨ほしょうに立っている病室があった。

 案内してきた青年の顔を見て騎士たちは無言で道をけ、リルルとシーファはその隙間すきまを通る。


 広い相部屋あいべやの病室。ちょうど八つある病床びょうしょうが全てまっている。それぞれの寝台には魔導師とおぼしきマント姿の人物が二人ほどついていた。先端に大きな宝玉ほうぎょくを埋め込んだつえ患者かんじゃの上にかざし、必死の詠唱えいしょうを続けている。


 病床に横たわっている患者たちは、全員が包帯ほうたいで頭の全てを巻かれ、全く見分けが付かない。苦しげに聞こえてくる呼吸の調子だけが違いをうかがわせた。今まで見たこともない重傷者の姿が並んでいるのを見て、踏み出そうとしたリルルの足が止まった。


「……声をおかけするのは、遠慮させていただいた方がよろしいですね……」

「全員が数十カ所の骨折こっせつ、内臓も傷ついた者もおりますが、みな……」


 さやがついた剣でなぐるだけで、これだけの騎士を打ち倒したニコルの恐ろしさもまた伝わって来る。全員が全員、強固なよろいかぶとなどの防具で身を固めていたことは間違いないだろうに、だ。


「フ……フローレシアお嬢さん……」


 横合いからかけられた、糸のように細い声にリルルは背筋をばした。包帯姿のひとりが、れるような声をしぼり出している。

 そのが誰のものであるかを知って、考えるよりも早くリルルは肩を旋回せんかいさせた。


「――ストラート様!」


 包帯の下の顔など見えない。だが、今朝、ソフィアの家に足を運んでニコルが拉致らちされたことを伝えてくれ、その奪還だっかんを必ずたすとちかってくれた警備騎士――ラシェット・ヴィン・ストラートに違いなかった。


「……声を出すな、そなたがいちばん重傷なのだ。肺に穴が空いているんだぞ」


 杖をかかげて延々えんえんと続けられる詠唱のため、注意もできない魔導師に代わって青年が制する。


「す…………す、少しだけ……フ、フローレシア…………」

「はい!」


 少しでも負担ふたんが減ればいいと願い、素早くリルルがラシェットの口に耳を寄せる。


「……ニコルは、まだ、完全に……あやつられて、いません。あ…………あ、あいつは、ま、まだ……」


 それが最後だった。言葉が途切とぎれ、ラシェットの頭が折れるように横に向く。


「――この、馬鹿!」


 か細い息が続き、脈がたもたれているのを確認してから青年は毒づいた。


「ストラート様、ありがとうございます。ゆっくり傷をやされて下さい……」


 意識を失ったラシェットに一礼し、リルルは他の病床についた者を見て回った。まだ、安定して意識を取り戻している者はいない。それぞれにリルルは頭を下げ、礼となぐさめの言葉をかけた。


「この八人は、数日すれば安定に向かうでしょう。問題は……」

「ニコルという少年をどうするか、だな」


 青年がシーファにきつい視線を向ける。が、この亜人が修羅場しゅらばから救ってくれたから自分は仲間たちと同じように横たわっていないという現実に、なにもとがめはしなかった。


「……フローレシア。まことにいいにくく、そしてくわしいことも話せない複雑な話なのですが……我々としても、罪のないアーダディス准騎士を救いたい。ですが、今は火急かきゅうの時でもあり……」

「……おっしゃりたいことは、わかります」


 厳しい現実を、リルルは、みずからのくちびるで言葉にしなければならなかった。


「……国家存亡の危機のため、それを回避かいひするには、ニコルの命をあきらめなければならない……」

「いえ、そんなことにならぬよう、最大限努力はいたします! ですが……ですが、お覚悟だけはなさっていただきたいと……」

「……そのことについては、この私めごときが口をはさめめることではございません。……覚悟は、しているつもりです」


 同情の視線を受け、心を内側からトゲで刺されるような痛みを感じながら、リルルはいいきった。


「みなさまが一日も早く回復されること、心から願っております……」

「私も帰っていいのだろうな」


 蛇の下半身はとぐろを巻いていても、人の上半身はどこまでも背筋が伸びているシーファがいう。


「第三次の突入があるのならまた先導せんどうをしなければならないが、まだ作戦の立案りつあんもされていないようだ。さすがに疲れた。私はねぐらに戻って休みたい――寝る時くらいは、一人にしてもらえるんだろうな」

「ああ……居場所さえはっきりしていてくれれば」

「用があるなら人を寄越よこせ。――メイリアは丁重ていちょうあつかってくれているんだろうな。こちらは協力しているのに人質ひとじちを取られているんだ」

「我々は、一度交わした約束は守る! 亜人とも例外ではない!」

「結構だ」


 じゃあな、と簡単に手を振ってシーファは廊下を進んで行った。


「――では、みなさま、ごきげんよう」


 リルルも頭を下げ、足早にシーファの背中を追おう――として、途中で道を折れた。

 ほとんど走るように歩を進め、病院の裏口から建物の外に飛び出す。


「お嬢様?」


 裏口の近くで息をひそめるようにしていたフィルフィナにうなずくだけで返事をし、リルルは人気がないのを確認してから、手首の黒い腕輪をノックした。

 飛び出してきた赤いフレームのメガネを手で受け止め、


「――――――――」


 それを、かける――。



   ◇   ◇   ◇



「……ふぅ」


 自分から目をらすようにして無関心をよそおう人間たちの仕草に、もういちいち神経をとがらせることにも疲れているシーファは、足のない胴体で病院の廊下を進んでいた。

 王城直下、謎の異空間に突入するための扉は、あの金色の髪の少年が操られ、守護しゅごしている。


 メイリアがつけた目印に人間たちは改めて目印をつけ直していたようだが、それがもし書き換えられていたら、遭難そうなん必至ひっしだ。目には見えないメイリアの目印は、自分にしか読み取れない――第三次の突入に付き合わされるのも時間の問題だ。


 人間のやることだ、亜人は関わりを持たなくていい――ともいってはいられない。この王都は人間だけが住まう場所ではない。亜人たちの生活もつなぐ大事な場なのだから。


 病院を出、細い路地を選んで街を進む。ラミア列車を乗りいでねぐらに戻らなくてはならない。この胴体の大きさだから、空いている時間にしか乗れないのが不便なところだった。


「疲れた。いつ呼ばれるかわからんが、休まなければな……」

「……明日、私に付き合ってくれるかしら?」


 投げつけられた声に、街の一角でシーファは立ち止まった。後ろ、それも高い位置に誰かがいる気配を感じる。道を歩いている者達のものではないらしいということはすぐにわかった。


「この気配は知ってるな……あの時……亜人奴隷市で会った人間か……」

「すごい。よくわかるものね」


 こちらをとらえている声の主が、本当に感心した調子でいった。


「独特の気配だからな。覚えているさ――――しかし、これはちょっと話しづらいな。場所を変えるべきだ」

「人気のないところで、どう?」

「いいだろう。しかし、姿も見えないような死角から話しかけるというのは、礼儀れいぎに反するな」

「私にあなたを殺すつもりがあるなら、撃つことができていたわ。でもそれをしなかった。少なくとも敵ではないと思ってほしいの」

「亜人の奴隷たちを解放していたお前を、敵とは思わないよ。しかし――」


 自分が宰相たちに接触したのと同じ理屈で攻めてきた少女の気配に、シーファは苦笑した。


「あの官庁街、明かりが消えている建物の間でいいか。公務員たちは遅くまで残業はしないらしい」

「ありがとう」


 シーファはさりげなさを装いながら、窓の明かりもまばらな官庁街かんちょうがいに進路を変えた。ねぐらとは正反対の方角だ。

 声をかけてきた存在は地面を歩いてはいないが、間違いなくついてきている。気配でわかる。


「そこだ」


 ひとり言の様につぶやいて、細い路地に体を滑り込ませた。建物と建物の間がせますぎるためか、面している建物に窓はなかった。


「本当ならどこかの喫茶店きっさてんでお茶でも、といいたいところだが――この胴体なのでな」

「私もこの姿でお茶をできる立場ではないから、かまわないわ」


 路地の幅いっぱいに広がったかさにつかまったドレス姿の少女が、ゆっくりと降りてくる。綿毛わたげが舞い降りる印象をそれに重ねながら、シーファは彼女のハイヒールが地面につくのを待った。

 傘がたたまれ、手品かなにかのようにそれが消える。


「お久しぶりね」

「久しぶり――か。あれから何日経ったかな……」


 シーファが笑う。魔法のせいか、顔が印象に残らないというその少女。亜人奴隷市の現場で出会い、色々な面白いえんを取り持つ結果になってくれた――。


「ヴォルテールていで、あのハーピーの子に会ったわ」

「聞いてる。あの変なドレスの女を助けたといってたな」

「彼女、いってたわ。あなたにうそかれたって。なんのことなの?」

「嘘――か。……まあ、それはおいおい話そう……」


 小さく笑い、シーファは髪をかき上げた。目の前の相手も人間だろうが、同類に会っているような気楽さがあった。共に、その素性すじょうを明らかにできない同志のにおいを感じるのか……。


「どうせ、短くも浅くもない付き合いになるんだろうからな……それて、聞きたいことがあるのだろう? いってみるがいい」

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