「襲撃の結末」
暴風の流れに乗る速度で吹き飛んだリルルの体が、大きな窓の真ん中を
「うわああああ――――!?」
十数メルトという高さに自分が放り投げられていることに、リルルの手が反射的に動く。いくらエルフの魔法の
ムチをなにかに
ここは――!
「
右手首の腕輪から一本の
「なんで!?」
取っ手を押し込むだけで開くはずの、折りたたみの傘。だが、
「う、うわあ、ああああ――――!!」
頭から真っ逆さまに落ちる恐怖。数秒もすれば自分の命が体ごと砕け散る予感――いや、確信に思考が空白になった。口からは
落下感、
「誰かぁ……誰かぁ――――!」
足の向こうに見える月に向かって手を
「――ニンゲン!」
「脚につかまれ!」
「あ、ああ――!?」
どこかで聞いた声だった。知っている声だった。その正体を探る前に、手がそれをつかまえようと伸びる――届く! 誰かの脚に!
「――いっておくがな」
小柄な体。それほど長くない腕にびっしりと生えている羽。耳を打つのは少女の声。
――彼女は!
「あたしは、お前の体重も抱えてじゃ飛べないぞ」
「え、じゃ、じゃあ」
「落下の勢いが弱くなるか、落ちるまでの
「森へ……森へ寄せてぇぇ!」
落下の
腕に引っ張られる
「っ――――!!」
勢いを完全には殺せないまま、地面に着地――いや、
「い、いたたた……」
一階分の高さを落ちた直後に、今度はその数倍以上を落ちる
「大丈夫か、ニンゲン?」
「あ……あなたは……」
「あの時は世話になったな」
腕のほとんどが翼――先端に小さな手がついている
「あの、亜人
「あいつ、色々
嘘? その疑問を追求しようと考えを
「いたぞ――!
発見された――逃げなければ、と腰を浮かしたリルルは次に、そのランプの列を
「っ!?」
青白い光が
爆発は二度、三度、四度と続き、横合いから加えられているらしい攻撃に、隊列が面白いほどに乱れた。
「この爆発は……!」
「あのエルフの
ハーピー娘が
「――お嬢様!」
地を
「――フィル!」
「ご無事でしたか」
「あんまりご無事でもないけれど……いたたた……」
「この場は
リルルの隣で身を
「――あの時のハーピーですか……」
「あの時は色々すまなかったな。説明は、次に会ったらしてやる! 逃げるぞ!」
「わたしが
「わかってる。また会おうな」
最後にニッと笑い、ハーピーは
「――先に行ってください。時間を稼ぎますから」
「フィル! あなただけで大丈夫なの!?」
「お嬢様は足手まといです。
フィルフィナが
「フィル、あなたも無事に戻るのよ!」
「当たり前です。あとで思い切り
転移鏡の方向を指し示し、フィルフィナはまたも爆弾を
それを背中に感じながらリルルは走る。
本格的な戦闘になれば、フィルフィナには経験と技術でかなわない。それも、
「私の
今はフィルフィナの
◇ ◇ ◇
「全員を殺してもいい、という条件なら楽なんですがね……」
ありったけの爆弾を投げ
限られた火力を集中して、敵を
右手首の黒い腕輪から折りたたみ式の弓を取り出し、短い時間でそれを展開し
「お嬢様を回り込んで追おうなどというものは……いないようですね。走るのはお嬢様の方が速いし、ここは――」
「自分もこのまま撤退できる、とか思っているの?」
頭上でした声に、フィルフィナの神経がピアノの
「っ!」
反射的に体を投げ出し、地面の冷たさを感じながら矢の狙いをつけて弦を引き
「っ!」
本能で弦を弾いた。フィルフィナが放った矢が目の前二メルトで凄まじい火花を発する。赤い光が目に飛び込んできたとほぼ同時に、フィルフィナの左腕を一本の矢が切り
「ぐっ!」
暗緑色の装束が大きく裂かれ、その下の
「やるわね、矢に矢をぶつけて
頭上、三十メルトほど先、上を
若い女の声だ。高めのどこか、
「初めまして。西の森の里の王女様、でいいのよね?」
深い
明るい金色の髪が、少女から大人になろうとしている顔を
なによりフィルフィナの目を引くのは、自分のものとよく似ている形の、鋭く後ろに伸びる長い耳!
「
「……
「ふん――『
闇の森妖精が動く。背丈ほどの長さをした銀色の弓がきりり、と引き絞られ、番えられた矢が
「っ!」
勘がもたらしてくれる危険信号に従い、フィルフィナは盾にしている大木の陰から飛び出した。
フィルフィナが
「…………!」
あのまま動かなければ
迷いもなくフィルフィナが弓を捨てる。次の瞬間には両手が持てるだけの黒い球体を抱えていた。
地面に叩きつけられたその球体は簡単に破裂し、
「――色々とオモチャが好きなこと!」
その
「
一分も経たずに深い煙は風に払われた。視界が広がる。
闇の森妖精は狙い定めて放った矢の命中点を探し――そこに何がないことを認めて、嬉しそうに笑った。
「――さすがね。あの状態でここから
枝から枝に移るように飛び降りる。残していった
「まあ、次回のお楽しみということか。その時は心臓を
背後で鳴った
闇に
◇ ◇ ◇
「終わったのかな……」
屋敷の第三層の窓から一連の騒ぎを見ていたニコルは、快傑令嬢とその仲間らしいものが逃げていったらしいことを認めて息を
「僕は……これでよかっただろうのか……」
迷う。もう、全ては遅い、が。
「あの少女……本当に何者なんだ……?」
自分を押し倒し、ためらいもなく口づけをしてきたあの快傑令嬢。わけがわからない。
初めてのキス。それがリルルでなく、正体もロクにはっきりもしないという相手だということに思考がまとまらない。
そしてその感触が幼い頃、砂場でリルルとたわむれに交わした――回数として数えるのもおこがましい、小さなキスを
同時に、
あのまま彼女を逮捕していれば、リルルとの結婚の可能性も開けたかもしれないというのに!
「……リルル、僕は取り返しのつかないことをしてしまったかも知れない……。でも、許してくれ! 僕には、こんな生き方しかできないんだ……!」
「――ニコル!」
窓際のニコルが背後からの呼びかけに振り向く。警備騎士の装備に身を包んだ長身の青年が部屋に飛び込んでいた。
「ラシェット
「直接あいつとやり合ったのか?」
「ええ、まあ……
「それで無事だったのか。それだけでも大したもんだ。あの快傑令嬢と剣を
黒髪の青年もニコルの横に並ぶ。どちらかというと背が低いニコルと並ぶと、完全に頭一つ違う身長差が明らかにになった。
「ま、お前が無事で良かった。さすが俺の弟分だ」
「わあああ」
ニコルの金色の髪に
「お前に
「先輩、僕に気を
「あ、いや、そういわれると逆に
「だからもう、許していますってば」
上級騎士に昇進するための好機をみすみす見逃した――その事実がニコルの胸で
「次に好機があるのだろうか……その好機に再び
そう思いながら首元に手をやり――ニコルは、異変に気づいた。
「……あれ?」
もう
それが言語化されて脳に現れる前に、ラシェットの的確すぎる指摘がニコルの心を打った。
「ニコル、お前、
「えっ」
首飾りの鎖が、ない。当然、それにくくりつけられていたものも、ない。
サフィーナ公爵令嬢から授けられた月の首飾り――片時も肌から離すなといわれていた。
そして、想い出の馬、最愛のロシュネールの
ない。
この世でニコルにとってなくしてはいけない大事なものが、ない。
――二つとも、ない!
「あああああ――――っ!」
少年の悲鳴が森の奥に築かれた館から響き渡り、それが
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