「ふたつの対決」
「――だいたい何故君は、僕の名前を知っているんだ?」
「君と僕は、どこかで会っているのか? いったい誰なんだ、君は……」
「ニ……ニコル……」
快傑令嬢リロットの正体がリルルであるということを、選択肢にも入れてくれないニコルの
「いや! ――私、あなたと
「僕もだ。できれば君に、女性の体には傷一つつけたくはないけれど、
じり、とニコルの足が
「ううう……やりにくいなぁ……」
今まで警備騎士相手の戦いはいくらでもあった。
が。
ニコルの白い横顔も月の光が浮かび上がらせる。真剣な
それだけは確かに少年のひたむきさを思わせる
まだ少年という表現が適切でありながら、確実に大人へと近づいている――。
「ああ……やっぱりニコル、
「可愛くて、かっこよくて……この
見つかってしまった以上は、この場をなんとかしのいで、早々にこの屋敷を脱出しなければ――。
「っ!」
ニコルが動く。一気に少年は
「えっ!?」
床の上、数セッチメルトをまるで
「あうっ!」
反応が
ニコルが床を
「あくっ!」
その突進を
「う、うう……?」
毛が長く分厚い絨毯に受け身なしで頭を打ちつけ、
「動かないで」
リルルの体をまたぐようにして立ち、冷たい瞳で見下ろしてくる――ニコルが握るレイピアの刃だった。
その肌に細い傷さえをもつけまいとしているのか、肌に押し当てられているのは刃の腹だったが、初めて他人に加えられるその冷え切った感触に、リルルの心が完全に
「僕の勝ちだ」
刃が
「あ――――」
わずか数秒。自分が制圧されたという事実に、リルルの理解が追いついていなかった。
今まで一度も
相手がニコルだから
「これで、君は僕の
「待って、これにはわけがあるの!」
次にはメガネが外される、その恐怖がリルルの心を
「聞いて、私は!」
「僕は君を確かに
再び手首で、かちり、と音がした。
「え――――?」
絶望をもたらしていた手錠の感触が、消えた。身をよじって上を見る。手錠を
――自分は、解放された?
「な、な――なんで?」
快傑令嬢リロットを
「さあ、行くんだ」
「……どうして、私を逃がすの? 私を捕まえたいんじゃなかったの?」
「
祖母、と聞いた少女の
「街の井戸に投げ込まれた毒にやられ、死にかけている祖母が、君の
ニコルの眼差しが、目の前で身を横たえているドレス姿の少女をにらみ、その奥の色が揺れていた。
「家族の命を助けられた恩には
「――私を捕まえないと、上級騎士に
「そうだ。だからこれは僕にとっても
「ニコル……」
リルルがおずおずと立ち上がり、
「……もしも私があなたの前に二度と現れなければ……あなたの想いは……」
「早く行け!」
突き放すように叫ぶニコルに、リルルは背を向けた。
「――あと、これだけはすまないんだが」
「えっ?」
リルルは振り向いた。
「仲間に連絡だけはさせてもらう」
「な――――」
ニコルが何かを口にくわえるのが背中越しに見えた。リルルの目が開かれるのと同時に、鋭い笛の音が大音量で鳴り響いた。
「――――侵入者がいるぞ!!」
「きゃああああ!」
笛の甲高い響きとニコルの
「笛はこっちで鳴ったな!?」
「確かに階上です!」
「わあああ!」
少女の足が回れ右をする。手近な部屋の扉を開けて飛び込み、内側から鍵をかけた。
「今、この部屋に誰かが入った気配が!」
下から上がってきた十人ほどの警備騎士たちが扉の前に立つ。
「メイドの部屋か――外が見える窓はないはずだ! 袋のネズミだな!」
全員が
「扉をぶち破ります!」
「よし――やれ!」
それぞれに呼吸を合わせ、二人が全力で扉を蹴りつけた。数度の衝撃で
「侵入者め、覚悟――――んんっ!?」
◇ ◇ ◇
「――いたぁっ!」
腰から床に落ちた衝撃に全身がしびれ、リルルはその顔の全部を歪めた。
ほとんど
「こ……ここは……」
明かりが
暗いが、家具の配置はよくわかる。広い部屋、大きなテーブルに数脚の
逃げ込んだ粗末なメイド部屋の真下とは信じられないような、
「
「そうだ」
背中でした声に、リルルの背筋が
今まで体験したことのない背後の取られ方に、
「あ、あなたは……?」
「――顔が全然わからないな。魔法の
振り返ったリルルの視界の真ん中にいたのは、少年だった。リルルの背よりも少し低いくらい、歳でいえば十歳をいくらか超えたくらいの、十分に子供といえる
少年にしては似つかわしくない落ち着いた表情、なにより、その髪の色――真っ白な髪。
「何故そのように我が家に
「我が家……?」
ヴォルテール家ゆかりの少年か。当主の子供ということか。上質そうなのが見た目でわかる生地のチュニックが似合っている。
「あなた、このヴォルテール家の子供なの? 私はあなたのお父さんに話があるの。あなたには危害は加えないわ。だから、この家の
「お前は色々と思い
少年特有の高い声。しかし、
リルルの
「この私がこの家の当主で――お前とは、なんら話すことなどないということだ」
瞬間、リルルの足が、
「きゃああああああ――――!?」
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