「快傑令嬢リロット同好会」

 店の奥。そこは、葬儀そうぎ屋の資材置き場だった。

 一時的に使わない道具が置かれる空間だ。店構えの割りには結構広いが、置かれている用具もそんなに多くはない。閑散かんさんとした雰囲気ふんいきさえあった。


 その空間の真ん中に、愛想もなにもないような簡素かんそそのままの広めのテーブルが置かれ、これも可愛げのない四脚の椅子いすが並べられている。

 それだけならただの殺風景さっぷうけいな部屋に過ぎなかったが、ただ、壁に貼られているものが異様といえば異様だった。


「は――――」


 縦一メルト、幅五十セッチメルトの紙に描かれた、色彩しきさい鮮やかな絵画イラスト。リルルにとっては馴染なじみの色でしかない薄桃色のドレスに身を包んだ、リルルの顔をしていない快傑令嬢が何人――十何人、何十人と貼られている。


 薄桃色にいろどられた壁だけがはなやかな空気をかもし出し、何故かってしまうような錯覚さっかくを覚えた。

 そんな部屋の中、テーブルをはさむようにしてやけに甲高かんだかい声の早口でしゃべっていた二人が、侵入してきた気配に気づいて入口の方に振り向いた。


「おー、伯爵、遅かったでござるな」

「待ってたなりよ」


 なまりのきつい、特徴のあるしゃべり方をする二人。職人かつとめ人といった雰囲気の、二人ともまだ若い風貌ふうぼうだ。


「お、伯爵? その見目麗みめうるわしいフローレシアお嬢さんはどちら様でござるか?」


 背の低い――リルルよりもこぶし一つ分高いくらいの若い男。歳は二十歳を少し過ぎたくらいだろう。子供がそのまま大人になったような、苦労のあときざまれていない顔をしている。


「こんな場に女性にょしょうが来るとは、はて面妖めんような。明日は大雪になるなりか?」


 対してこちらは中肉中背。身長も体重も平均的な男だ。強いて特徴をげるなら赤いフレームのメガネをかけていることだった。――リルルがよく知っている形と色のメガネだ。


「お前ら、そのエセ東方とうほう言葉はやめろ。完全に浮いてるぞ」

「いいではないでござるか。これが我々のたましいの言葉でござるよ」

「そうなりよ。それより伯爵、この場で完全に浮いているその女性を紹介するなり」


 二人の遠慮えんりょのない視線につらぬかれて、リルルは緊張きんちょうに背筋を伸ばした。


「こちらリリーちゃん。我が同好会サークルに参加させたいんだ」

「よ……よろしく、リリーと申します」


 ぺこり、とリルルは頭を下げる。


「伯爵、伯爵はまだ身にみてはいないかも知れぬが、この手の同好会に女は御法度ごはっとでござるよ」

「そうなりよ。今まで幾多いくたの同好会が、女性にょしょうが原因で分裂・消滅のき目を見たか。星の数を数えるがごとしなりね」

「見ろ、みんなこういってるじゃねぇか。少しばかり――いや、すごい可愛いフローレシアだと思うけど、そんなので俺たちは信念を曲げたりしないぜ」


 腕を組んでいる葬儀屋の男が冷たい口調でいい――伯爵の口のはしがまるで『ニヤリ』と音を発するように笑った。


「これを見てから同じことがいえるかどうか、実に楽しみだね」


 伯爵が抱えていたつつを下ろす。片方の丸いふたを外した。


「なにが出てくるでござるか?」

「その挑戦、受けて立つなりよ」

「俺たちを驚かせることができたら、この場で全員逆立ちしてやるぜ」

「別に、君たちの逆立ちは見たくないけれど――まあ、いいや。腰を抜かさないように気をつけてね――それっ!」


 まるで剣を抜くように伯爵はそれを筒の中から引き抜き――丸まっていたものを一瞬で開いて見せた。


「ひえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 椅子いすに座っていた二人が椅子ごとひっくり返り、葬儀屋の男が腰を抜かしてその場に尻もちをつく。


「そ、そそそ、そそそそそ、それは!」

「か――かかか、かか、かかかかかか!」

「快傑令嬢リロット!!」


 伯爵が広げた一枚の広い紙――それに鮮やかに印刷されていたのは、豪奢ごうしゃな薄桃色のドレスをまとい、一輪の薔薇バラかたどった大きな帽子ぼうしかぶった快傑令嬢リロットの、カーテシーを披露ひろうしている姿!


 等身大の快傑令嬢リロットの特大大判写真のかげで、伯爵が勝利の笑みを浮かべていた。


「それも、着ているのはあの『試製四号』でござるか!」

「と――と、いうことは、この中身はそのフローレシアなり!?」

「ほ……本物としか思えないな……! いや、誰も顔を見たことがないのが快傑令嬢なんだろうが、俺たちが実物そのものと割り出したあの『試製四号』を、ここまで完璧かんぺきに着こなすとか……!」

「ふふふ」


 期待通りの結果に、伯爵の顔には満足しかない。


「伯爵! そんなものをいきなり出すな! 全員腰を抜かしているじゃねぇか!」

おどろいていただけたようだね」

「心臓が口から出ると思ったなりよ!」

「せ、拙者せっしゃはこのフローレシアの参加に賛成でござる!」


 背の低い男が手を挙げて唾を飛ばしながら叫ぶ。


是非ぜひとも、彼女に会員に――いや、永久名誉めいよ会員ゼロゼロゼロ番にしていただくなりよ!」

「お、俺、いちばんいい額を持ってくる! 伯爵、そのまま広げたままにしていてくれ! おい、探し物屋! ついてこい! 家からいちばんいい椅子を運んでくるぞ!」

「しょ、承知でござる」

「本屋! 壁の絵を全部外しておけ! この写真をかざるとなったら、そんなできそこないの絵は恥ずかしいだけだ!」

「も、もったいないから大事に保管しておくなりよ」


 二人が疾風しっぷうの勢いで部屋から出て行き、本屋と呼ばれた中肉中背の男が慌ただしく壁の絵を外しにかかる。


「……これは、いったいどう解釈かいしゃくするべきなのでしょうか……」

「とても歓迎されていると思っていいよ」


 事実、その通りだった。


「さ、リロットちゃん、お席にどうぞ」


 祭事さいじのための椅子なのだろうか、金箔が貼られやたらと背もたれが大きい椅子をリルルはすすめられた。


「わ、私はリリーで」

「いやあ! これだけ快傑令嬢の印象イメージそのままなんだ! この同好会の中では『リロット』でいいよな!」

異議いぎなしでござるよ」

「右に同じなり」


 残りの二人も賛意さんいを示す。

 物置を華やかに見せていた薄桃色の絵画は全て外され、今は部屋の奥正面に快傑令嬢リロットのカーテシー姿の写真が額縁がくぶちに入れて飾られていた。この同好会のご本尊ほんぞんという風格ふうかくさえかもし出している。


 リルルは色々と複雑な気持ちになった。


「じゃあ、会員の紹介だね。こののっぽさんが『葬儀屋』」

「よろしく! リロットちゃん!」

「背の低いのが『探し物屋』、中くらいのが『本屋』だよ」

「お目にかかり恐悦至極きょうえつしごくでござるよ」

「仲良くしてほしいなりね」

「おい……お前らわかってるだろうと思うが、会中法度かいちゅうはっと第三条を常に頭においておけよ」

「わかってるでござる。同好会内での色恋沙汰いろこいざた発覚はっかくしたら、強制きょうせい退会でござるな」

「ここまで神々こうごうしい快傑令嬢にふんすることができるフローレシアは、尊崇そんすう対象たいしょうなりよ。恋愛対象とかとてもとても無理なりよ」

「それにしてもこんな逸材いつざいをどこで掘り当てたのか、それを知りたいぜ、俺は」

「ははは。まあ、それはおいおいとね。じゃあ、今日の会合を始めるとするか」

「活動報告なりね。『快傑令嬢記録・第一弾』の見本がり上がったなりよ」


 本屋がかばんの中から一冊の本を出した。綺麗に装丁そうていされている本の表紙には快傑令嬢の絵が総天然色フルカラーで描かれている――もちろんリルルには似てもいない。


「ああ、もうこれは表紙を描き直しだ! 見てろ、仕事そっちのけですぐに描き上げてやる。今のリロットちゃんそのままの印象でな!」


 葬儀屋が悲鳴を上げるようにいう。壁に掛けられていた絵といい、それを描いているのはこののっぽの男のようだった。


挿絵さしえも結構入ってたでござるよ」

「全部描き直す! このままったら後悔するだけだ! いいな、みんな!」

「絵描きの矜持プライドという奴なりね。本文に関してはどうなりか?」

「それはこのままでいいんじゃないかなぁ」

「あの……本文というと、どんなことが書かれているのでしょうか?」


 リルルに興味がないはずがない。快傑令嬢としての事件を新聞や号外で読むのは、リルルの気晴らしのひとつでもあった。基本的に見返りを求めないリルルでも、世間の目は気になる。


「ああ、リロットちゃんも目を通してね。面白いよ」

「その見本はリロット殿に進呈しんていするなりよ。また改訂かいていされたのができるから、それはまた差し上げるでござる」

「ええと……」


 リルルはページをめくり――目次のらんを見て目を丸くした。

 快傑令嬢として行ってきた『仕事』の全てが記載きさいされている。れているのは、第三者の目撃者がいない突然の遭遇戦そうぐうせんくらいだ。


『快傑令嬢』の通称が誕生する以前の、初めての事件からゲルト侯相手の反乱計画暴露ばくろ事件までが全て記載きさいされていて、さらにリルルを驚せたのは、事件の概要がいよう、快傑令嬢が倒した相手の素性すじょう、しかもその数までもが、リルルの記憶とほぼ一致いっちすることだった。


 数字のけたをひとつ盛ろうが、盛り上がればそれでいいという新聞や雑誌とは比べものにならない正確さだった。正直、個人的な記録としてこのまま内容を複写したいくらいのものだ。


「も……も、も、ものすごく、せいか……いや、丁寧ていねいに書かれているのですね?」

「複数の新聞や雑誌の記録を比べたり、現場や目撃者から取材したりで材料を集め、合理性にもとづいて考えればだいたいの真相は見えてくるなりね。号外ごうがいの記事なんかは、九割はアテにならんなり」

「それでも一割の正確さを拾うのが本屋のすごいところだな」


『本屋』というだけにこの本を書き上げたのはこの中肉中背の男らしい。


「取材費とかも結構かさんだなり。伯爵からは援助えんじょしてもらって助かる限りなりよ」

「売れる本にして取り返してくれればいいよ。投資だと思えば安いものさ」

「あの……探し物屋さんは、なにをなさってらっしゃるのですか?」

「拙者は、快傑令嬢リロットに関するお宝を集めているでござる」


 薄い金属の小さな箱をテーブルの上に置き、その蓋を開けた。


「たとえば――こんなものとか」

「っ」


 出てきた物にリルルの喉がなる。快傑令嬢リロットの唯一の投擲とうてき武器といっていい『リロットカード』がそこにあった。カードゲームに用いるそれと同じ大きさくらいの、四隅が鋭利になっている手裏剣、とでもいうべきものか。


「これは現場によく落ちているでござるな。しかし綺麗な絵が入っているでござる。市販の物ではないようでござるが」


 エルフらしい、どこか幻想的な雰囲気が漂う女性の横顔が描かれた、それ。

 そういえば、このカードの絵は誰が描いているのだろう。というか、投擲とうてき武器にいちいち絵を描く必要があるのだろうか。


「あとでフィルに聞いてみようかしら……」

「リロットちゃん、なにかいったでござるか?」

「いえ、な、なにも」

「先日の旧製鉄所せいてつしょでの事件、拙者、現場を物色していたらこんなものも見つけたでござる」


 鞄の中からまさぐられてどん、と置かれたのは、拳大くらいの黒い球だった。

 短い導火線どうかせんが着いている。


「爆弾じゃねぇか! こんなもんテーブルの上に置くんじゃねぇ!」

「花火でござるよ。しかも不発」

「おんなじだ! 火事になったらどうする!」

「導火線は湿気しけらせておいてるから、危なくはないと思うでござるが――ああ、とっておきを今回持参じさんしたでござる」


 部屋の隅に置いてある、包み紙で丁寧ていねいに包まれたもの――葬儀そうぎ用の備品びひんかなにかと思っていたそれが梱包こんぽうかれた。


「これはなかなか稀少なレアものでござるよ!」

「ぃぃぃぃっ!」


 その中から出てきた物に、リルルは卒倒そっとうしそうになった。

 もう原型が留められていないほどに封入ふうにゅうされていた気体が抜けているが、確かに風船――ゲルト侯の事件の時に、空を飛んで逃げたと思わせるために使ったオトリ用の風船だ。


「こ、これは風船か!?」

「もうほとんどしぼんでいるなりが、確かに快傑令嬢の風船なりな!」

「ほう――それは確かにすごいお宝だね! おどろいたよ!」

「あ……ああ、あああ……」


 三人が思わず席を立っている横で、リルルが椅子からずり落ちていた。

 使い捨てには違いなかったが、まさかこんなところで再会しようとは。


「これは本業やってる時に偶然ぐうぜん発見したでござるが、拾い上げるまでなにかわからんかったでござるよ! いやー、拙者、メチャクチャ興奮したでござるな!」

「ふ、風船ということは、快傑令嬢がふくらましたなりか?」

「空気の入口を、そ、そのくちびるでくわえて、か。く、唇……」

「おいおい、諸君たち、思考を桃色にするのはいけないよ。快傑令嬢に失礼というものだ」

「わ、我々は真面目な学究がっきゅうでござるよ」

「あ――ああ、そうだな、いましめないと」

「つ、つつつ、つつ……」


 脳に受けた衝撃しょうげきをこらえながら、リルルが体を起こす。


「リロットちゃん、疲れたかい? 僕たちの会話についてこれてるかな?」

「え――ええ、た、大変、興味深いお話の数々でした……」


 興味深くありすぎた分、疲れた。


「初心者はいたわらんといかんでござるよ。段々と馴染なじんでもらったらいいでござる」

「そうなりな。リロット殿とは長いお付き合いを願いたいなり」

「じゃあ、三日後の予定のすりあわせをしてお開きにしよう。ああ――リロットちゃん、三日後の予定は空いてるかな?」

「は、はい、空いていますが」

「じゃあ、『試製四号』の初披露ひろうができるね」


 がたがたっ、と椅子が倒れる音が連なる。反射的に三人が立ち上がっていた。


「ま、ま、まさか、リロット殿の生リロットがおがめるなりか!?」

「な、なんか言葉がこんがらがってるが、まさか伯爵、リロットちゃんに――」

仮装遊戯コスプレをお願いするでござると!?」

「そのまさかさ。リロットちゃん、お願いしていいかな?」

「わ、私は――」


 三人の目がそれぞれに輝いていた。

 嫌だという言葉がのどまで上がって来たが、期待に満ちたその目に光に思わず、息と一緒に飲み込んでしまった。


「は、はい――」

「本当でござるか! 生きていてこんな幸運に巡り会えるとは!」

「快傑令嬢の仮装はたくさん出てくるなりが、リロット殿の仮装に勝てるものはいないなりね!」

「じゅ、準備しないと。必要なもの、必要なもの相談するぞ!」

「あ、あの――三日後、なにがあるんですか? もよおし物か、なにかが?」

「ああ、リロットちゃんは知らないのかも知れないね。台場だいばであるんだよ、催し物が。

 ――エルカリナ王国主催しゅさいの『国際印刷物展示会コミケ』が、ね」

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