「国際印刷物展覧会(コミケ)、開幕」
「フィル、その
いつものメイド服を脱ぎ、フィルフィナは
まるでちびっこい魔法使いかなんかのようだ。
「お嬢様、わたし、今から
かけているメガネのフレームを指でつまんだフィルフィナがいう。それだけで知的な
「い、いきなりじゃない?」
「毎年、この時期にはお休みをいただいているではありませんか」
いわれてみれば確かにそうだった。ただ、理由を聞いたことは一度もない。たまにはフィルフィナも休暇を
「食事の手配はすんでいます。今夜から朝食、昼食、夕食と宅配業者が食事を運んできますから、それを受け取ってくださいね」
「屋敷で私一人になるの? 掃除は? 洗濯は? 私の話し相手は?」
「お嬢様もいい大人でしょう。自分でしてください」
「私の話し相手は自分ではできません!」
「それも用意してあります」
話し相手を用意してある? 部屋に帰ったら猫でもいるというのだろうか?
「腕輪はお返しします。
今まで取り上げていた黒い腕輪を押しつけるようにしてリルルに渡し、急ぎますから、といってフィルフィナは
玄関が閉まると同時に、リルルの心に
「さ……寂しくなんか、ないもん……」
少し涙ぐみながら自室に戻る。
「は――――」
リルルの寝台の上にぼてん、という感じで座っているのは、ニコル――身長六十セッチメルトくらいの――だった。
金色というか黄色の髪、
メモのような紙が張り付けられていて、それにはフィルフィナの落書きのような自分の似顔絵が描かれていた。結構上手い。
「……話し相手っていうのは、このニコルかぁ……」
確かにいい話し相手――というよりは、いい聞き相手になってくれそうだった。リルルのいうことに、静かに耳を
早速リルルはニコルを抱き上げた。横に細い×印で口を閉じているニコルが、本当につぶらなボタンの目でリルルを見つめていた。
「ニコル、知ってる? 実はね……私、あなたが
寝台に体を投げ出し、
寝そべりながら、コナスたちからもらった『快傑令嬢記録・第一弾』を開く。
自分のことについて書かれた本を読む――複雑なことこの上なかったが、面白いことも確かだった。
「ああ……本当に最初の事件から
最初の事件――ちょうど半年前くらいだろうか? 確かあの事件は……街を歩いていた時に途方に暮れて泣いているところを見つけた、一人の男の子との出会いから始まって……。
「『快傑令嬢』って名前が新聞に載ったのは確か、六件目……あれ? もう四件目のあとにいわれてたの? 記憶って
あくびが出る。両手で抱える本が重い。気疲れは骨にまて食い込んでるようだった。
「私……こんなところで、こんな本を読んでいる場合じゃないのにね……」
ニコルの手紙が読みたい――が、手紙が
ニコル自身は、三十分も歩けば会える距離にいるというのに。
「こんな私に、手紙なんか出せないよね……ね、ニコル……」
ぬいぐるみのニコルが、無言で
まぶたが重くなる。寒気を覚えて布団をたぐり寄せた。
「……ニコル、一緒に寝てくれる?」
ニコルは
「――お休み、ニコル……」
◇ ◇ ◇
――三日後がやってきた。
海に面した王都エルカリナ南西部。沿岸から四百メルト離れた海に、一つの広大な人工島が
海の彼方から
島の周囲は
その角張った島を本土とつなげているのは、本土長さ四百メルトの長大な橋だ。
今、その橋の上は、数千――いや、もしかすれば万に届く人々の群れで埋め
◇ ◇ ◇
「うわあ……!」
南からの強い風が潮の
「どうして私たち、ここで待たされているんですか?」
「まだ会場が開かれてないからだよ、リロットちゃん」
『葬儀屋』の答えが返ってきて――リルルは複雑な笑みを浮かべてしまう。『快傑令嬢』になっていない時にその名で呼ばれるのは
普段は更地なだけの人工島には今、サーカス団が設営するような大型の
海べりの強い風を受け流すためか、壁に当たる幕は張られていない。色とりどりの巨大な
東に横たわる山の
「すごい
「伯爵は
「我々は
『探し物屋』に『本屋』が言葉をつなぐ。『快傑令嬢リロット同好会』総勢五人の
「あの船は? たくさん人が乗っているようですが」
本土から人工島に向かう何隻かの中型
「あれは参加
「荷物?」
「本とか同人誌とか
「我々も『快傑令嬢リロット同好会』で参加したかったなりな。我が
「まあ、それは半年後のお楽しみさ。俺はもうリロットちゃんの顔でしか快傑令嬢を描かないと決めたんだ。今までのものは全部」
「捨てないでよ、もったいないからさ」
「半年ごとにやっているのですか……」
もうこれで数十回目の
事前に注意されていたから厚手のコートを着ていたものの、やはり海から来る早朝の風は冷たい。風の切れ味にリルルは体を震わせた。
「君たち、我々で
「伯爵は
「まだ一時間待たされるからな……リロットちゃん、大丈夫かい?」
「ええ、お気遣いなく」
リルルは
「……あの」
風上に立って風を全て受けてくれている伯爵の耳元に、リルルは口を寄せる。
「……
「そんなことは簡単だけど、このワクワクしながら待つのがいいんじゃないか」
この時間さえも楽しくて仕方ないというように、伯爵の弾むような答えが返ってくる。
「面白いことの前の
「はあ……」
「おっ、今年も
葬儀屋が指を差した先に、島の周囲を囲む軌道の上を三
「あ、あれは?」
「
列車砲。列車の上に大砲が載っているからそうなのか。ラミア列車を
「口径二十八セッチメルトで砲身長は二十一メルトなり。総重量二百二十トル、砲身重量八十五トル……」
「わかったわかった」
それが三
「
「わかったわかった! お前の
「砲身の命数が聞きたいなりか?」
「いらん!」
三輌の列車砲が、所々で枝分かれしている軌道にポイントを切ってそれぞれに停車した。ただ
「どうして枝の軌道に入って
「砲身が
三輌の列車砲が砲身を向けた先――六カロメルトくらい先だろうか? 古びた大型
ヴィィィィィィィィィィィィィィン……。
全ての空気を震わせつんざくような、
周囲の人間たちが、波が伝わるように同じ動作を行っていく――両手で耳を塞いで口を開け、目を大きく開いて列車砲の方向に顔を向けた。
「伯爵、リロットちゃん、みんなと同じようにしてくれ。そうしないと肺と
葬儀屋もそういってみんなに
その答えは、数十秒後に
ドォオオオォォンンッ!!
「ぁっ!!」
三輌の列車砲がその砲口から巨大な真っ赤な炎と青い閃光を発したと同時に、音の塊が巨大な見えない
次の瞬間、沖合に浮かんでいた赤い帆の帆船――標的艦が爆炎と共に
橋の上から、まだ橋に上がれない本土の人々から
橋の上の
「派手な開幕の花火だったねぇ」
リルルの盾になっていたはずの伯爵がこともなげにいう。
「じゃあ、行くぞ――『エルカリナ王国
「はい」
あの埋め立て地でどんな
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