第04話「エルカリナコミケ」
「葬儀屋の奥になにがある?」
――話は、リルルが帰宅したフォーチュネット家に戻る。
「……と、まあ、そんなところなのよ……」
「…………」
母の胸に甘えるように顔を
相当に密度の
リルルが話し終え、一分と少しが経過した
「――素晴らしいお話ではありませんか!」
「……ほえ?」
メイドの嬉しそうな声に、リルルの閉じかけていた目が開く。
「ああ、コナス様、その横と奥にふくよかな外見で、わたしはすっかり先入観を持っておりました。そこまで話のおわかりになる心の広い
「簡単にいうなぁっ!」
リルルが叫ぶ。
「そんな話、あの
「ええ……でも、本当によいお話ですよ? 結局、あのベクトラルの家をニコル様とお嬢様の血筋のお子様で乗っ取ることができるわけではありませんか!」
「いい方が
「ですが、コナス様も
「あのなぁっ!」
「でもお嬢様、ニコル様のお子を生みたいのではないのですか?」
「生みたいに決まってるでしょっ!!」
リルルは叫ぶ。自分でも半分なにをいってるのかがわからなくなってきた。
「ああっ! フィル、もうあっちに行って! 私は昨日の夜ほとんど寝られなかったの! 朝食を食べてからまた写真
「わたしもコナス様にお願いして『快傑令嬢リロット』の
「うるさぁーいっ!」
「……よほど大変な目に
まあ、リルルの心が引き裂かれるような悲劇がなかったのは幸いだ――リルルの自主性を
「――さて、どうなることやら」
はぁ、とひとつ大きな息を
メイドのエルフは色々と忙しいのだ。
◇ ◇ ◇
翌朝、その訪問者は突然、なんの
「やあ」
フォーチュネット家の門から玄関までに続く
しかし、それを着ている中身は結構大きい。八歳の子どもなら三人分はある容積だった。人の
年かさの門番の男は、門の陽の光が当たる場所に座り込んでいびきをかいている。こいつはいつか
「あなた、どなたです?」
さりげなく箒の
「勝手に当家に入り込まないでいただけますか?」
「ああ、これは失礼したよ。リルルちゃんを呼んでくれないかな?」
「はぁ?」
なんだこいつは、馴れ馴れしい。次に
「君もすごく可愛いねぇ。妖精さんめいた
「
お嬢様をさらいに来たのか。よし、撃つぞ――。
「フィル、なにを庭先でごちゃごちゃいってるの?」
リルルの部屋の窓が開く。フィルフィナの注意が
「お嬢様、奥に
「賊とはひどいなぁ。この前会ったばかりじゃないか」
「昨日半殺しにした
「コナス様!」
リルルの大声にフィルフィナの足が
「おはよう、リルルちゃん」
腰の痛みに動けなくなっているフィルフィナにコナスが歩み寄る。
「大丈夫かい? 緑の
「コ……コナス様……?」
尾てい骨から脳天までを駆け抜けた衝撃に
「コナス様、その
「変装だよ。平民に見えるかい?」
「え……ええ、立派に平民に見えます……」
多分、声をかけられない限り気づかなかっただろう――その平民としか見えない外見にリルルは恐れを
「面白いところにリルルちゃんを
「え……ええ、と、とにかく、すぐに着替えを……」
「ああ、リルルちゃん、気をつけてほしいんだけど」
「は――はい」
「君が持っている、いちばん
◇ ◇ ◇
ラミア列車に乗るのは、リルルは久しぶりだった。思えば移動はもっぱら馬車か、専用の
「はい、二人で二百エル。乗り換え
「……コナス様、
一つだけ空いていた席にリルルを座らせ、コナスはつり革をつかんで立つ。発車時の振動のこらえ方も慣れたものだ。
「ああ、よく乗るから。ラミア列車って面白いねぇ。列車を
ラミア列車は東に向かって走る。平日の朝方は主に通勤客でごった返していた。街を
一度降車し、今度は北に行くラミア列車を待つ。列車は程なくして到着し、車掌のラミアに乗り換え切符を渡して二人は乗り込んだ。
「今朝はジラフィマさんか。彼女は
「――――」
席が少しは空いているのに座らないコナスを見上げて、リルルは半ばきょとんとするだけだった。平民を
ラミア列車は走りに走り、北の終点にまでたどりついた。
「さあ、リリーちゃん」
「……リリー?」
「今から僕は君のことをリリーと呼ぶよ。まあ、あだ名というか……
「は、はあ」
コナスが差し出した手を取って、リルルは客車のステップに足をかけて下りる。
「ああ、これはちょっと失礼だったかな。なるべく君の身には触れないでおこうと思っていたんだけれど」
「……
「そういってもらえると気が楽になるよ。僕は本当に君のことが好きになったみたいだ。嫌われたくないからね」
「……お気遣いなく」
「ありがたいなぁ」
リルルはコナスの背中に隠れるようにして平民住宅街を連れ立って歩く。そういえば、どこに連れて行かれるか知らされてはいなかった――それが不安でない自分に気づく。知らず知らずのうちに、心を許しているということなのだろうか。
しかし、目的地はある意味、とんでもないところだった。
「さあ、着いたよ」
そこはある店だった。店――特になにかを売っているという店ではない。あるサービスを提供する店だった。あるサービス――ほとんどの人間にとっては、一生の最後の最後に受けなければならない、それ。
「……そ……
「入るよ」
勝手知ったる他人の家という感じでコナスはずかずかと入っていく。何故葬儀屋? そしてどうしてこんなに慣れているのか? リルルは今日、初めての不安に襲われながらコナスのあとに続いた。
◇ ◇ ◇
「よう、伯爵! 遅かったじゃねぇか! 今日は来ねえんだと思ってたぜ!」
店の奥で暇そうにしていたハンチング
小さな葬儀屋だ。店先にはナントカ支店と
店は他に客の一人もいなかった。葬儀に使われる
「うわ! なんだ伯爵、てめえ、すっげぇ可愛い子連れて! デブなあんたでよくそんな子
「はははは。僕は
「とかいって、どうせ
「バレたか。はははは」
ハンチング帽の男の口から出る、言葉面からすれば暴言そのもの――しかし底の方に
「こちらリリーちゃん」
「は、初めまして、リリーと申します」
うっかりカーテシーを
「ああ、どうも。……なあ、デブの伯爵。女はいざこざの元だぜ? まあ、可愛いけれど……他の二人の意見も聞かないとなぁ」
「みんな納得してくれると思うよ。必殺の武器があるんだ」
「その
店を空にしてもかまわないのか、男は店の奥に消えていく。
「コ……コナス様」
「リリーちゃん、その『コナス様』っていうのはよしてね。ここでは『伯爵』って呼んでればいいから」
「伯爵……あの方も、平民を
「彼は完全に平民だよ」
「――――」
リルルの口が開いたまま閉じなくなった。
「カラクリを教えてあげよう。彼は僕が貴族だっていうことを知らないのさ」
「で、でも、先ほど確かに『伯爵』と――」
「彼と初めて会った時に『伯爵』と名乗ったんだけど、彼は完全に冗談だと思い込んでね。笑ってたよ。
「は、は、は――」
なんという
「じゃあ、奥に行こうか」
「奥に……なにがあるんですか? というか、『会合』ってなんなのですか……?」
「ああ、
リルルの不安をよそに、もう人生が楽しくて仕方ないという踊るような足取りで奥に向かう伯爵が振り返り、元々の
「この奥に――僕が
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