第04話「エルカリナコミケ」

「葬儀屋の奥になにがある?」

 ――話は、リルルが帰宅したフォーチュネット家に戻る。


「……と、まあ、そんなところなのよ……」

「…………」


 母の胸に甘えるように顔をまくらうずめ、それを抱きしめているリルルに一言も問わず、一切の相づちもなしに聞いていたフィルフィナは――ぱちぱち、とまばたきをり返すだけだった。

 相当に密度のい話を脳に染みこませるまで、少しの時間が必要だったのか。


 リルルが話し終え、一分と少しが経過した頃合ころあいで、フィルフィナが口を開いた。


「――素晴らしいお話ではありませんか!」

「……ほえ?」


 メイドの嬉しそうな声に、リルルの閉じかけていた目が開く。


「ああ、コナス様、その横と奥にふくよかな外見で、わたしはすっかり先入観を持っておりました。そこまで話のおわかりになる心の広い御方おかただとは――。お嬢様、今すぐニコル様と子作りをなさってきてください!」

「簡単にいうなぁっ!」


 リルルが叫ぶ。


「そんな話、あの潔癖けっぺきなニコルがうなずくわけがないでしょう!」

「ええ……でも、本当によいお話ですよ? 結局、あのベクトラルの家をニコル様とお嬢様の血筋のお子様で乗っ取ることができるわけではありませんか!」

「いい方が生々なまなましいわっ!」

「ですが、コナス様もおっしゃる通り、それが現実的な解答というわけでしょう――あとはニコル様とお嬢様のお気持ち次第! ああ、わたしもお嬢様が生んだニコル様似の男の子を抱き上げてみたい! 今から楽しみです!」

「あのなぁっ!」

「でもお嬢様、ニコル様のお子を生みたいのではないのですか?」

「生みたいに決まってるでしょっ!!」


 リルルは叫ぶ。自分でも半分なにをいってるのかがわからなくなってきた。


「ああっ! フィル、もうあっちに行って! 私は昨日の夜ほとんど寝られなかったの! 朝食を食べてからまた写真っていたし!」

「わたしもコナス様にお願いして『快傑令嬢リロット』の肖像写真ブロマイドゆずっていただきましょう――お嬢様、写真に署名サインをお願いしますね」

「うるさぁーいっ!」


 怒声どせいに背中を押しやられるようにしてフィルフィナはリルルの部屋から出た。バタン、と音を立てて寝室の扉が閉まると同時に、美少女にあるまじき豪快ごうかいないびきが中から響いて隣室の壁の全部を震わせてきた。


「……よほど大変な目にったようですね」


 まあ、リルルの心が引き裂かれるような悲劇がなかったのは幸いだ――リルルの自主性を尊重そんちょうしているとはいえ、リルルの心に痛々しい傷をつけるような奴がいたならば、鉄と火薬で報復ほうふくせねばならないから。


「――さて、どうなることやら」


 はぁ、とひとつ大きな息をいて、主人の派手ないびきが続いていることを確認し、フィルフィナは今日のやらねばならぬことを頭の中で確認した。

 メイドのエルフは色々と忙しいのだ。



   ◇   ◇   ◇



 翌朝、その訪問者は突然、なんの事前の約束アポイントメントもなしにやってきた。


「やあ」


 フォーチュネット家の門から玄関までに続く石畳いしだたみ。それをほうきいていたフィルフィナが、門をずかずかと入って来た一人の男に注意を向けた。中年に差し掛かった男、服装からして確実・・に平民。半袖はんそでの上着にベストに半ズボン――服装だけなら子供か?


 しかし、それを着ている中身は結構大きい。八歳の子どもなら三人分はある容積だった。人の背丈せたけの半分はある長さの太い紙筒かみづつを小脇にしている。爆発物かなにかか?


 年かさの門番の男は、門の陽の光が当たる場所に座り込んでいびきをかいている。こいつはいつか粗大そだいゴミに混ぜて捨てよう、フィルフィナは過去に何十回か思ったことを再び決意した。


「あなた、どなたです?」


 さりげなく箒のの先を男に向ける。鉄製の太い箒。半分だけ顔を見せている歯車を力いっぱいに回せば、一発だけ装填そうてんされている弾丸が発射される仕込み銃だ。


「勝手に当家に入り込まないでいただけますか?」

「ああ、これは失礼したよ。リルルちゃんを呼んでくれないかな?」

「はぁ?」


 なんだこいつは、馴れ馴れしい。次に無礼ぶれいなことを口にしたら――フィルフィナの指が歯車にかかった。力を入れてそれを半回転させれば、箒の先が炎をく。それなら――。


「君もすごく可愛いねぇ。妖精さんめいた雰囲気ふんいきがあるね――リルルちゃんを連れて行ったら君もついてきてくれるのかな? そうだったら一粒ひとつぶで二度美味おいしいなぁ」

誘拐犯ゆうかいはんですか?」


 お嬢様をさらいに来たのか。よし、撃つぞ――。


「フィル、なにを庭先でごちゃごちゃいってるの?」


 リルルの部屋の窓が開く。フィルフィナの注意がれた。


「お嬢様、奥に避難ひなんしていて下さい。ぞくです。めっします」

「賊とはひどいなぁ。この前会ったばかりじゃないか」

「昨日半殺しにした痴漢ちかんさんですか? いえ――顔面を陥没かんぼつさせたはずですから違いますね。あなたなどに会った覚えなどありませんよ」

「コナス様!」


 リルルの大声にフィルフィナの足がすべって、石畳の道の上に小さなおしりがしたたかに打ち付けられた。


「おはよう、リルルちゃん」


 腰の痛みに動けなくなっているフィルフィナにコナスが歩み寄る。


「大丈夫かい? 緑のフローレシアお嬢さん

「コ……コナス様……?」


 尾てい骨から脳天までを駆け抜けた衝撃にえながら、フィルフィナは目の前の男の顔を確かめる――確かにコナスの顔の輪郭りんかくをしていた。だか、こんな柔和にゅうわな顔をしていただろうか? 面会式で会った彼は仏頂面ぶっちょうづら極地きょくちのようであったはずだ。


「コナス様、その格好かっこうは……」

「変装だよ。平民に見えるかい?」

「え……ええ、立派に平民に見えます……」


 多分、声をかけられない限り気づかなかっただろう――その平民としか見えない外見にリルルは恐れをした。


「面白いところにリルルちゃんをさそいに来てね。参上したというところさ。リルルちゃん、着替えたらすぐ出られるかい?」

「え……ええ、と、とにかく、すぐに着替えを……」

「ああ、リルルちゃん、気をつけてほしいんだけど」

「は――はい」

「君が持っている、いちばん地味じみな服装で来てくれないか?」



   ◇   ◇   ◇



 ラミア列車に乗るのは、リルルは久しぶりだった。思えば移動はもっぱら馬車か、専用の呼子よびこを吹けば飛ぶように走ってくるケンタウロスか、もしくは魔法がかけられた転移鏡てんいかがみであったからだ。


「はい、二人で二百エル。乗り換え切符きっぷちょうだいね」


 車掌しゃしょうけん動力係の巨大ラミア――胴体だけが大きくて先端の人間体は等身大――から乗り換え切符を受け取り、コナスはリルルを先導して客車に乗り込んだ。


「……コナス様、れていらっしゃるのですね?」


 一つだけ空いていた席にリルルを座らせ、コナスはつり革をつかんで立つ。発車時の振動のこらえ方も慣れたものだ。


「ああ、よく乗るから。ラミア列車って面白いねぇ。列車をくラミアさんにも個性があるんだよ。走り出しに気をつかう遣わない、加速の仕方とか減速の仕方――面倒ごとが起こった時の対応とかね」


 ラミア列車は東に向かって走る。平日の朝方は主に通勤客でごった返していた。街を攪拌すかき混ぜるようにラミア列車は東西南北に一日中――夜になっても走り続ける。


 一度降車し、今度は北に行くラミア列車を待つ。列車は程なくして到着し、車掌のラミアに乗り換え切符を渡して二人は乗り込んだ。


「今朝はジラフィマさんか。彼女は愛嬌あいきょうがあって人気のあるラミアさんだよ。彼女に当たった日は嬉しくなるねぇ」

「――――」


 席が少しは空いているのに座らないコナスを見上げて、リルルは半ばきょとんとするだけだった。平民をよそおう――平民であることを心から楽しんでいるようだ。どこにでもいるような町娘の姿をしたリルルも、その気持ちはわかる。リルルにとって伯爵令嬢という肩書きはくさりでしかない。


 ラミア列車は走りに走り、北の終点にまでたどりついた。


「さあ、リリーちゃん」

「……リリー?」

「今から僕は君のことをリリーと呼ぶよ。まあ、あだ名というか……偽名ぎめいのようなものさ」

「は、はあ」


 コナスが差し出した手を取って、リルルは客車のステップに足をかけて下りる。


「ああ、これはちょっと失礼だったかな。なるべく君の身には触れないでおこうと思っていたんだけれど」

「……紳士しんしのお心遣いこころづかです。この程度は……全然かまいません。むしろ嬉しいです」

「そういってもらえると気が楽になるよ。僕は本当に君のことが好きになったみたいだ。嫌われたくないからね」

「……お気遣いなく」

「ありがたいなぁ」


 リルルはコナスの背中に隠れるようにして平民住宅街を連れ立って歩く。そういえば、どこに連れて行かれるか知らされてはいなかった――それが不安でない自分に気づく。知らず知らずのうちに、心を許しているということなのだろうか。


 しかし、目的地はある意味、とんでもないところだった。


「さあ、着いたよ」


 そこはある店だった。店――特になにかを売っているという店ではない。あるサービスを提供する店だった。あるサービス――ほとんどの人間にとっては、一生の最後の最後に受けなければならない、それ。


「……そ……葬儀屋そうぎや……?」

「入るよ」


 勝手知ったる他人の家という感じでコナスはずかずかと入っていく。何故葬儀屋? そしてどうしてこんなに慣れているのか? リルルは今日、初めての不安に襲われながらコナスのあとに続いた。



   ◇   ◇   ◇



「よう、伯爵! 遅かったじゃねぇか! 今日は来ねえんだと思ってたぜ!」


 店の奥で暇そうにしていたハンチングぼうの男が椅子いすから立ち上がる。ぶっきらぼうな物言いが似合う青年――二十歳代半ばくらいか? 横には広くないがやたら縦には長い大柄な男。


 小さな葬儀屋だ。店先にはナントカ支店とかかげられていた。ということは本店がどこかにあるのだろうが、リルルの覚えにはない。

 店は他に客の一人もいなかった。葬儀に使われるひつぎ儀式ぎしきに使われる祭壇さいだん、その他様々なものが雑多ざったに置かれている。繁盛はんじょうしている気配はなかった。


「うわ! なんだ伯爵、てめえ、すっげぇ可愛い子連れて! デブなあんたでよくそんな子つかまえられたな!」

「はははは。僕は紳士しんしだからねぇ。その気になれば朝飯前さ」

「とかいって、どうせ札束さつたばで引っぱたいたんだろうが。わかってんだよ」

「バレたか。はははは」


 ハンチング帽の男の口から出る、言葉面からすれば暴言そのもの――しかし底の方にれ馴れしさというか親しみのようなものは感じられ、伯爵であるコナスはそれを自然に受けている様を見て、リルルは文字通り目を丸くして突っ立ったままになった。


「こちらリリーちゃん」

「は、初めまして、リリーと申します」


 うっかりカーテシーを披露ひろうしてしまうところをこらえ、リルルは一礼だけにとどめた。


「ああ、どうも。……なあ、デブの伯爵。女はいざこざの元だぜ? まあ、可愛いけれど……他の二人の意見も聞かないとなぁ」

「みんな納得してくれると思うよ。必殺の武器があるんだ」

「そのつつの中身か。なにが飛び出してくるのやら……まあいいや、早いとこ会合かいごう始めようぜ」


 店を空にしてもかまわないのか、男は店の奥に消えていく。


「コ……コナス様」

「リリーちゃん、その『コナス様』っていうのはよしてね。ここでは『伯爵』って呼んでればいいから」

「伯爵……あの方も、平民をえんじている貴族の方とか?」

「彼は完全に平民だよ」

「――――」


 リルルの口が開いたまま閉じなくなった。


「カラクリを教えてあげよう。彼は僕が貴族だっていうことを知らないのさ」

「で、でも、先ほど確かに『伯爵』と――」

「彼と初めて会った時に『伯爵』と名乗ったんだけど、彼は完全に冗談だと思い込んでね。笑ってたよ。横幅よこはばしか伯爵らしくないって。でもまあ、僕にとってはすごく都合つごうがよかったんだ。だからあだ名で『伯爵』と呼んでくれとお願いしているよ」

「は、は、は――」


 なんという隠蔽カムフラージュの仕方なのだろうか。リルルは同じ割合だけ感心し、あきれるだけだった。


「じゃあ、奥に行こうか」

「奥に……なにがあるんですか? というか、『会合』ってなんなのですか……?」

「ああ、肝心かんじんなことをいってなかったね」


 リルルの不安をよそに、もう人生が楽しくて仕方ないという踊るような足取りで奥に向かう伯爵が振り返り、元々の人懐ひとなつっこい顔の上に、さらに笑みが積み増しされた。


「この奥に――僕が主催しゅさいする『快傑令嬢リロット同好会サークル』の本部があるんだよ」

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