「夕日は明日の予感をささやく者」
連れ去られて集められ、地下の亜人奴隷市で
嫌な臭いが鼻につく。リルルには耐えられないものではなかったが、貴族の子女が潜むところではとてもではない。リルルが隠れているのも、いつどこから現れるかわからない強盗や
強盗は強盗らしい顔なんてしていない。少なくとも、この街では。
「フィル……まだかな……」
西に
会場に潜入した時はまだ明るかった外が、今はもう日が暮れようとしている。かなりの時間を
「……あ」
ややあって、一人になったフィルフィナが戻ってきた。あばら屋同然の貧民街の家屋の隙間を
「お待たせしました」
二人の視線の先には、亜人奴隷市の会場となっていた元劇場の建物があった。その入口に大勢の人間たちが
「娘たちはあのラミアに
自殺しようとしたハーピー娘を
「それならよかった……でもこの場はなに? すごい
「野次馬に新聞社を呼び寄せました」
「新聞社?」
この場で聞くには
「反体制系の地下新聞です。朝には街中にこの記事がばらまかれるでしょうね」
「ああ……ソフィアが朝になったら家のドアの隙間に挟まれているといっていたわ。でも、タダの新聞なんて、よく商売が成り立つ……」
「――いろいろとカラクリがあるのですよ、いろいろとね」
フィルフィナが薄く笑う。どこか皮肉めいた笑み。
「あの分厚かった書類は? この街のお役人に渡るようにしたの?」
「そんなことをしたら、なかったことにされてしまいますよ」
リルルの目が見開かれた。
「地下とはいえ、こんな場所で堂々と開かれている
「じゃあ……」
「今まで売られた娘たちの記録も、例の新聞社に全て渡しました。あとは彼らの都合のよいように使ってくれるでしょう。不安がないわけではありませんが、
万が一にも、役人に見とがめられて
少し離れたところに待機させていた一頭立ての馬車に乗り込む。自分と馬車以外に関心を持っていなさそうな
「……もう、今回のようなことは二度とゴメンですよ」
「私が、自分から撃たれようとしたこと?」
「今回の
動き出した
「……変な男たちに連れ去られる亜人の娘を、たまたま見かけたからそのあとを
フィルフィナの気はかなり立っているようだ。リルルはできるだけ体を縮める。
「次に亜人を連れてきた連中を
「じゃあ、
「この世でいちばん好きです! 永遠にやりたいくらいです!」
いいたいことを
少しの
「……それで、あの、お嬢様」
口調が弱い。リルルの
「なぁに? フィル」
「それが……その……」
いいにくそうに言葉を
「あのですね、あの場でいったことを……いえ、わたしがなにをいったかなんて、お嬢様はいちいち覚えていないですよね? ですから、あの、別にわたしが
「私が、フィルの最愛の人っていう
馬車が進む。景色が変わっていく。
メイドのエルフから次の言葉が
「お……お嬢様の
「ふふ」
リルルが笑った。フィルフィナの口からめったに聞けない言葉
。それを忘れてあげるほどリルルは親切ではなかった。
「――フィル、私も、あなたを愛しているわ」
「っ」
トドメ。
フィルフィナの顔に絶望の色が浮かぶ。これで今日一日はとても
「……本当に、お嬢様は、意地悪さんですね……もう、嫌いです……」
「ふふふふふ」
まともにリルルの顔を見られなくなったフィルフィナが、自分の
馬車は進む。小さな二人の、小さな人生と未来を運んでガタゴトと揺れた。
その先にある夕日が鮮やかに赤い。今日も
明日はいったいどんな一日になるのだろうか。
それは、どれほど高名な
◇ ◇ ◇
――王都エルカリナ。
人口三百万を数える巨大都市。
その都市には、三百万人分の
そして、今。
一人の少年が、夕日の光を
一人の従者に
どこか少女の色を思わせる
その少年の名は、ニコル・アーダディス。
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