「ニンゲンの後始末、その結果」

勘違かんちがいしないで! 私は、あなたたちを助けに来たのよ!」

「なにが助けだ、このニンゲンが!」


 リルルにまたも小物を投げつけようとしているハーピーを、周囲の亜人たちが取り押さえている。リルルの前に競売きょうばいにかけられていた山猫娘やまねこむすめもその中にいる。ラミア、コボルト、ドワーフ、アラクネ、人魚――多種多様たしゅたようだ。パッと見ただけでは覚えきれないほどの人数と種類。


 共通しているとすれば、全員が若い娘ということくらいだ。

 その中で、興奮こうふんの針が振り切れそうなハーピーの娘が一人、リルルに敵意をむき出しにしていた。


「助けに来た!? あたしたちをさらったのもニンゲンだろう! なにを善人面ぜんにんづらしてるんだ!」

「やめなさい、この人は本当にあたしたちを……」

「助けなんかいらなかった!」


 腕をつかんでいたスライム娘の手をハーピー娘が振り払う。


「あたしにはもう、帰るところなんてないんだ! あたしの里はニンゲンに全滅ぜんめつさせられた! 若い娘以外はらないって、男も女も子どもも皆殺みなごろしにされたんだ! これだったら売り飛ばされて、ニンゲンのなぐさみものになってた方かマシなんだ! 野垂のたれ死ぬことはないんだから!」

「馬鹿なことをいわないの! この人には関係ないことでしょ! この人はあたしたちのために戦ってくれて……」

「同じニンゲンのやることだ!」


 見張り役かなにかだったのか、頭に拳大のこぶを作って床に倒れている男の体にハーピーが飛びつき、その腰に差されていた拳銃を手にし、迷わない挙動きょどうでその銃口がリルルに向けられた。


「あなた!?」


 ハーピー娘の視線がリルルの胸を射抜いぬいている。血走る瞳が、それが冗談でもなんでもないことを物語ものがたっていた。


「こいつの使い方は知ってるんだ――ニンゲンがこいつを使って、あたしの弟を目の前で撃ち殺したからな! お前を撃ち殺してやる……邪魔じゃまをするな! 邪魔をした奴から撃ち殺すぞ!」


 止めようとした周りの亜人を銃を振り回して牽制けんせいする。あと少し感情の激発げきはつが乗ればその引き金が引かれるだろう――せまい空間に亜人たちが密集みっしゅうしているこの部屋で発砲がなされたら、たとえ直撃がなくても跳弾ちょうだんで誰かが傷つくだろう。


「なにもかもメチャクチャにしやがって! 撃つ――撃ってやる! 里のみんなのかたきを討ってやる!」

「――そう!」


 リルルがそれにこたえるようにムチを持つ手を振り上げた。

 振り上げて――その手のムチを、床に投げ捨てていた。


「――撃ちなさい!」


 鋭く飛んだ声。その声の強さと中身にハーピー娘がおびえたようにその喉を引きつらせた。

 娘からはリルルの表情は見えない。認識阻害そがいの魔法が亜人にも働き顔を覚えさせないようにしている。が、声の調子から感情はあますところなく伝わっていた。


「あなたの気がそれですむのなら、私を撃ちなさい! ……でも、あたしを撃ったあとはちゃんと生きて。あなたのうらみ苦しみはわかる。それをその一発で終わりにして!」

「撃ってやる……撃つぞ、撃つぞ、撃つぞ! あたしなんか、もうどうなってもいいんだ! 本当に撃つからな!」

「私の胸元をねらいなさい。他のところは銃弾を跳ね返すかも知れないわ――ちゃんと狙って! ここよ!」


 リルルが歩を進める。間合いが詰まる。ハーピー娘が構える銃口が震えている。その顔がおびえと緊張きんちょうに、見てわかるほどに震え上がっていた。


「お嬢様!」


 書類のたばを抱えたフィルフィナが飛び込んでくる。場の状況を見て一瞬で理解したのか、抱えていたものを捨てて迷いもなく射線に割り込んだ。


「フィル! 危ないわ!」

退け、このエルフ!」


 二人から声が飛ぶが、フィルフィナは意に介さなかった。


「わたしはお嬢様のメイドです。命きるまでおつかえしようとちかったのです。主人が殺されようとしている時にだまっていられますか」


 冷静な声。その照準しょうじゅんは顔に向けられているというのに、フィルフィナの声には怯えのひとかけらも存在しない。


「そこの娘。お嬢様を撃たせるわけにはいきません。代わりにわたしを撃ち殺して溜飲りゅういんを下げなさい。撃ち殺されてあげましょう」

「あたしはニンゲンに恨みがあるんだ! お前なんかどうでもいい! 早く退け!」

「そのニンゲンにわたしは十年もお仕えしているのですよ。亜人の立派な裏切り者でしょう。裏切り者を撃ちなさい。狙いをわたしに定めなさい――お嬢様を撃ったりしたら、わたしがあなたを素手すでで八つ裂きにしますからね」

「ひっ」


 がたがた、がたがたと娘の手が震えている。拳銃の重い引き金はそれだけで引かれることはないだろうが、発射された弾がどこに飛んでいくのかわからないこわさがあった。


「フィル! あなたが撃たれたら、本当に助からないわ!」

「いいのですよ、お嬢様。短い間でしたが、わたしはお嬢様にお仕えできて幸せでした。里の者が来たらよろしくお伝え下さい。フィルは、最愛の方をお守りして死んだと。少しも後悔などしていない、本望ほんもうであったと――お嬢様、わたしがいなくなっても戦い続けて下さいね」

「フィル……!」

「エルフ! 退け! 退けって――本当に撃つぞ! 怖くないのかぁっ!?」

「お嬢様を撃たれることほどに怖いことなどないのです。さあ、早く……なにをしているのです! 早く撃ちなさい――撃たないか! この臆病者おくびょうもの!!」

「っ!」


 完全にその顔から色を無くしたハーピー娘の手が、ひるがえった。

 銃口が――自分の頭に押し当てられる!


「やめなさい!!」


 娘の目が固く閉じられ、歯が食いしばられる。その指が引き金を引く!


「だめぇぇぇぇ!!」


 銃声が轟いた。

 壁にかけられていたランプの一つがくだけ散る。はねねた銃弾が天井にぶつかってめり込んだ。


「…………!」


 山猫娘――リルルの直前にり落とされた娘がハーピー娘の腕に取り付き、両手で拳銃をつかんで銃口を頭から外していた。


「――はぁぁぁ……」


 リルルの体から緊張がどっと抜けていく。脂汗あぶらあせが全身からき出し、下着をらして冷やした。


「う、うううう、ううう……!」


 一発しか装填そうてんされていない銃が手からこぼれ落ちるのと同時に、ハーピー娘のひざくだけた。その尻が床に落ちる。


「生きてたって……生きてたってもう、仕方ないのに……! なんで死なせてくれないんだ……!」

「――仕方ないとか、いうな」


 奥に固まっていた娘たちを押しのけるように一人のラミアが進んできた。腹の筋肉を器用に動かし、まっすぐ近寄ってくる。


「行くところがないのなら、私の里に来るがいい」


 この中ではもっとも年上なのだろうか。強い姉のような雰囲気ふんいきを感じさせる。その声に、人に指示を与え慣れているしんの確かさがあった。


「ラミアの里なんか、ハーピーが行くところなんかじゃない……!」

「それでも人間のところにいるよりマシだろう。私はこれでも少しばかり無理を押せる立場でな……私の妹になれ。お前の身柄みがら、私が預かろう」


 りん、とした声。フィルフィナのものとはまた違う心の強さをうかがわせる。


「……あなたの、妹……?」

「そうだ。私は命をけて家族を守る。今、この瞬間からお前は私の家族になった。だから、私がお前を守る――なにか不満が?」

「…………」


 ラミアとハーピー。その相性があまりよくないのはよく知られていることだ。それでもラミアの言葉には、強さの中に優しさがあった。それがわかるからなのか、ハーピー娘に激しい拒絶きょぜつはない。


「お前は一度死んだんだ。新しく生まれ変わったんだ。だからなにになってもかまわない。私の里が嫌なら、出て行けばいい。だが、一度は来い――拒否きょひは許さない、いいな」

「…………勝手にしてよ…………」

「よし」


 くずれ落ちたハーピー娘を軽く抱き、その背中を柔らかく撫でながらそのラミアは背筋を伸ばした。リルルとやフィルフィナに向き直る。


「――そういうことだ。はっきりいって、私も人間にうらみはある。だが、お前たちが私たちを助けようとしたことも理解している。恨みは忘れんが、おんもまた忘れない。お前たちのことは覚えておこう」

「……いいのよ、私は人間がしでかしたことの尻拭しりぬぐいをしただけのこと。感謝なんかされるはずがないのもわかってるわ」

「……あたしたち、これからどうすればいいんです」


 山猫娘が進み出た。その顔に絶望とも取れる不安が張り付いていた。


「ここを出たって、どこにもいけないんです。あたしにも帰るところはあるけど、とても遠いんです。たどり着けるとは思えない……この街で生きて行くなら、本当に体を売らないと……」

路銀ろぎんを必要な分持って行きなさい」


 フィルフィナが大きな二つ袋を持ってきてテーブルの上に置いた。中から文字通りの山ほどの札束があふれ出る。


「あなたたちをり落とした金です。だから、あなたたちがこれを受け取る権利があります。これでなんとか帰りつきなさい。二度と悪い連中に捕まらないように気をつけるのですよ」

「は……はい……!」


 路銀は多ければ多いほど守りになる。連れ去られ、かどわかされてきた娘たちが自分たちの事情に照らし合わせてその金の分配を始めた。

 ことが落ち着いた――突発的な事態におどろいたが、なんとかなりはしたようだ。リルルは心から緊張の全てを吐き出すように大きな息をいた。


「なんとか、収まりはしたみたい――フィルはかしこいね」

「……のんきなことをいわないで下さい!」


 フィルフィナの怒りが飛んだ。珍しく感情的な声にリルルが反射的にった。


「お嬢様がお馬鹿過ぎるんです。自分を撃たせようなどと! 二度とあんなことしないで下さい! いいですね!!」

「――フィルに怒られちゃった。わかりました、もう二度としません」


 毛を逆立てた猫のように威嚇いかくしてくるフィルフィナにリルルが頭を下げる。ぺろ、と小さく舌が出る。

 その仕草しぐさにフィルフィナはまたも激高げっこうしそうになったが――途中でしぼむ。ふぅぅ、と息がれた。


「……嘘っぽい……どうせまたやるに決まってるんです……本当にもう……」


 その時はまたわたしが尻拭いをしなければならないのです、とぶつぶつとつぶやきながらフィルフィナは床に落とした書類を拾い集めた。


「こめかみ、傷がついています……」

「いいのよ、かすり傷だわ……彼女たちに比べたら」

「それでもいけません。あとでよく効く薬をって差し上げます。……本当に無茶はやめてくださいね」


 こめかみの傷を綺麗きれいな布でぬぐう。その浅い傷にも顔をくもらせ、フィルフィナは丁寧ていねいにそれをいたわった。


「グズグズはしていられませんよ。この場にもうすぐ警察がみ込んで来ます。最低限の手配はすませていますからね。さあ、早く――」

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