「蛇女とエルフと恋バナと」

「……大変なことになってますね」


 小さな体にはとても不釣ふつり合いな大きなかさを差して、ちびっこいエルフのメイド――フィルちゃんがぼそぼそと言葉を口にする。


 森妖精エルフ

 その外見は、ぱっと見は人間とさほど変わらない。そのとがった耳をのぞけば、だけど。


 でもこのフィルちゃんの髪の毛はもじゃもじゃしてるから、耳は完全に隠れてしまってる。亜人たちは基本、人間にからまれたりしないために頭をフードですっぽりおおっているものだけど、このフィルちゃんはそんなものはかぶっていない。


 ……エルフ、か。

 あたし、はっきりいってエルフにはいい感情を持っていないのよ。

 このエルカリナにもエルフはいる――ほんの少し、だけどね。


 基本的には森を離れられない連中だけど、里にいられないことをやらかしたのか、それともよほど冒険心が強いのか、ちらほらちらほら姿は見るの。

 でも、どいつもこいつも無愛想ぶあいそう


 いや、そもそも、こいつら自分たちの種族がいちばんえらいって信じ込んでるでしょ。一応仕事だから「ご乗車ありがとうございます♪」って挨拶あいさつするけどさぁ! 一度だって会釈えしゃくすらしてもらったことないんだよねぇ!


 口も聞きやがらないから、こいつら本当はしゃべれないんじゃないと信じていたころもあったくらいよ!

 挨拶を無視して冷たい視線を向けてくる奴等――まあエルフに限らないけどさ! そんな奴等には心の中で「お早く死んじゃって下さいね♪」ってつぶやいてるのよ!

 まったくもう、さぁ!


「……だいじょうぶですか?」


 はっ、と心が現実に帰る。

 フィルちゃんが腕をのばして、あたしの上に傘をかかげてくれていた。おかげで、今まで遠慮なしに降りかかってくれていた雪が……積もらないでいてくれている……。


「あ――あ、フィルちゃん、なんでもないのよ、ありがとう……」

「雪、払いますね」


 素手なのにフィルちゃんはあたしの頭や肩から雪を払ってくれる。冷たいだろうに……優しい子だなぁ……。

 とても、エルフだなんて思えない。この子だけはあたしに……まあ、顔はちょっと無表情だけど、愛想よくしてくれる。エルフだけど、好き。


「この先で事故があったらしいですね」

「そうなのよ……おかげで立ち往生おうじょうでこのまま。いつ復旧ふっきゅうするかもわからない。あたしって不幸だわ……」

「大変ですね」


 フィルちゃん、買い物かなにかの途中なのかしら。買い物カゴがふくらんでる。

 フォーチュネット家だっけ? 貴族の家で働いているメイドだっていうけど……人間の家でメイドをしているエルフなんて、百六十万人以上の人口をかかえている王都で、きっとこの子だけでしょ。

 別に確かめる必要もないんだけど、聞いただけではちょっと信じられない話だわね……興味はないわ。興味はないの。本当に興味なんてないんだから……ホントよ?


「フィルちゃん、急ぎじゃないの?」

「今日、わたし、割とひまなんです。お嬢様は珍しく、旦那だんな様と連れ立って出かけられました」

「そう……」


 話の内容からすれば、貴族の家で働いているというのは本当か。でも、人間はエルフを「呪いをかけてくる連中」とみ嫌うのが普通なのに、よく働かせているわね。お嬢様……リルルっていう名前だったっけ? 一緒に連れ立ってるところも見たことがある。


 人間とエルフが和気わきあいあいとして歩いているなんて、本当珍しいわ。冒険者がつるんでパーティーを組んでいる連中では結構見るけれど、普通に暮らしている人間がそうだっていうのは滅多めったに見ない。


 ……どうなってるんだろう、ホント。


「……ちょっと、傘を持っていてください」

「え、あ、ちょっと」


 ぽいっと渡された傘を思わず受け取ってしまう。そんなあたしに背中を向けて、フィルちゃんは雪の上をすたすたと歩いていった。

 ……雪にほとんど足跡あしあとがついていないわね?


「はああああ…………」


 指が……指先がこおりそう。凍傷とうしょうにかかり始めているかも知れない……。

 あ……フィルちゃんに、なんか温かいもの買ってきてっていえばよかった……。

 ダメ、もう、傘を持っていられないくらいに手が冷たい。


 差した傘に雪が降り積もる。捨てても捨てても降り積もる。この王都を雪で埋めてしまおうというかのように。

 ……王都が埋まる前に、あたしが埋まってしまうわね、これは……。


 このままじゃ、世にも美しいラミアちゃんの氷像ひょうぞうができあがっちゃう……。

 まぶたの裏が熱く焼けてくる。涙がこみ上げてくる。


 たまごから生まれて物心ついたら仕事が定められていて、大きくなったら死ぬまでこんなものをかされ続ける。

 そりゃ、休日はあるけれどさ。

 それだって、操車場そうしゃじょうで寝てるしかないじゃない。くたくたなのよ。


 あたし、いったい、生まれてきた意味があるの?

 誰か……誰か、あたしを助けてよ……。

 あたしは……こんなところで……。


「お待たせしました」


 ふわ、とあたたかい風が吹いて、泣きかけていたあたしの横で声が聞こえた。

 ――フィルちゃん。


「……どうしました? 泣いていたようですが」

「あ、あ、これは……」

「三日月イモ買ってきました。どうぞ」

「え…………」


 傘を取り上げられて、代わりにほかほかの……あ、おいもだ。

 まさしく三日月の形をした、ほっかほかに焼き上げられたお芋。

 温かい。凍えた手が焼けるくらいに熱い。


「寒かったでしょう」

「う……うん」

「たくさん買ってきましたから、あったまってください」


 フィルちゃんが大きな紙袋を抱えていた。袋の中から湯気がほかほかと立ち上ってる……。全部お芋なんだろうか。


「フィルちゃん……」

「寒い時にはこれに限りますね」


 紙袋をカゴに入れ、片手でフィルちゃんがお芋をかじり出す。げ茶色の皮ごと端からもぐもぐと口の中に入り、甘いにおいを漂わせて黄金色の断面が現れた。


「……あははは」

「どうしました?」

「エルフのお嬢ちゃんが、お芋を食べてるの初めて見たから……」

「まあ、わたしも王都に来て初めて食べましたからね。里にはこんなもの植えてなかったですから」


 お芋を頬張った顔が可愛い。


「いいなぁ……外の世界……」


 あたし、この街から出たこと、ない。

 城壁の外がどうなっているのか、一度見てみたい。

 できたら、そのまま向こうに行ってしまいたくもある……。


「……あの」


 思いにふけりながら熱々のお芋で手のこごえを溶かしているあたしに、フィルちゃんが声をかけてきた。


「一度聞いてみたかったんですが、他のラミアと比べてそんなに大きいのは何故なんです?」

「……人為的じんいてきな改良よ。具体的にどうしたのかは知らないし、知りたくもないかな」

「人間はひどいことをしますね」

「……あたしも一度聞いてみたかったんだけど」

「はい」

「どうしてエルフのあなたが、こんな人間の街にいるの?」


 フィルちゃんの口の動きが、止まった。

 しばらくなにかを考え込み――口の中にあったものを、ごくん、と飲み込む。


「そうですね……」


 答えにくくはないのかな。ただ、ぴったりくる言葉を探しているよう……。


「きっと、恋をしているからだと思います」

「恋?」

「……ちょっと意味合いが外れているかも知れませんが」

「なぁに? 相手はだれだれ? 興味あるなぁ……聞かせてくれるまで逃がさないわよ。やっぱり相手はエルフの人?」

「人間ですよ」


 数秒、息が止まりそうだった。想像の外の答えだったからだ。


「フィルちゃんが、人間を……? 人間のことが好きなの?」

「正直、嫌いです」


 ……わけがわからないよ?


「でも、例外があるのですよ。お嬢様は好きですし、旦那様もわたしを嫌ったりしていません。わたしの中身をちゃんと見てくれます」

「……いいなぁ」

「あと、ニコル様も大好きです。この間お帰りになりました」

「……ニコルって、ひょっとして、ニコル・アーダディスっていう子?」

「ご存じでしたか」

「ご存じもなにも……」


 やわらかそうな金色の髪、み切った湖を思わせる青い瞳。髪を伸ばせば女の子と見間違みまちがえてもおかしくない、可愛い顔立ちの男の子。


 客車に乗り込んでくる女の子たちや元女の子たち、そのニコル君のことで大盛り上がりよ。彼の名前を知らない女性はもうこの王都からいなくなるんじゃないかというくらい。


 ……実は、あたしもちょっとときめいちゃってたり。


「フィルちゃん、意外と流行好きミーハーなのねぇ。あの男の子の噂を聞きつけたの?」

「昔からの知り合いですよ?」

「えっ」


 ……びっくりした。本当マジか。


「わたし、ニコル様が六歳のころからお付き合いがありますから」

「なにそれ……反則じゃない……」

「たまたまですよ」

「いいなぁ……」

「そんなによくはありませんよ」

「どうして?」

「失恋するのは確定してますから」

「へ?」


 お芋にかじりつこうとして、動きが止まってしまう。


「……ニコル様、とてもとても好きな方がいるんです」

「えっ……だれ、だれ」

「わたしの主、リルル様です」

「え――――」


 なんだそりゃ。話がややこしく、面白くなってきたぞ。


「もう一つ面白くなる話をしておきますね」

「えっ」


 心を読まれてる?


「――そのリルル様も、わたしが恋をしている相手だということてすよ……」

「は――――」


 恋? 女同士で?

 なんだなんだ、ますます面白い話になってきたじゃない!


「それはともかく」

「ともかくじゃない! そこからが面白いんでしょ! 話しなさいよ! お願いしますから!」

「……恋っていう言葉を使うと、簡単に食いついてきますね」

「当たり前じゃない! あたしだって女子なんだから! そういうの好きなのよ!」

「じゃあ、わたしのお願いを聞いてくれたら、話してもいいですよ」


 ……お願い?

 一年間、列車をただ乗りさせろっていうことかしら?


「聞かせてもらいましょうか」


 なにを?


「――あなたの恋のお話を」


 ――――あ。

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