「心、要りますか?」

「あ……あたしの恋?」

「人に恋の話を聞きたがるのは、自分も恋をしている人ですよ――違いますか?」

「――――」


 参った。さすがフィルちゃんというべきか。


 ――恋。恋。


「恋、かぁ……」


 ……どうなんだろう。あたしのこの気持ちも「恋」と呼べるものなんだろうか。


「――相手は、あたしの気持ちになんて気づいてないわ」

「話したりしないんですか?」

「あたし、こんな姿よ?」


 腕を広げる。思わず笑えてしまう。

 上半身はいいわ。人間の女とそう変わらない大きさ、形。こんなあたしに欲情よくじょうする男はめずらしくない。顔だって……美人よ、美人!


 ……でも、この下半身の大きさがどうにもならない。幅一メルト、長さ六十メルト。

 どんなに小さくちぢめようと巻いたって、人間の住宅じゅうたくに入りきらない。

 一緒に住めない。一緒に住めないふたりに、どんな未来があるというの?


「ということは、お相手は人間ですか」

「あ」

図星ずぼしですね」

「ぐっ」


 とぼければやり過ごせたものを、反射的にうかつな反応をしてしまったからさとられた……やるわね、フィルちゃん!


「そ……そうよ……」

「相手はお若い方?」

「……ニコルくんより、ちょっと年上かな……」

「愛しているんですか?」


 顔が真っ赤になる。降りかかった雪が一瞬で蒸発じょうはつしそうなくらいに。


「フィ、フィルちゃん、なかなかグサッと攻めてくるわね……」

大年増おおどしまの上、耳年増みみどしまですからね」


 ……さすが、エルフ。見た目通りのお嬢さんとは全然違うわけか。


「で、どういう方なんです?」

「……あたしの世話係」


 あたしたちの体の大きさじゃあ、とてもじゃないけど自分の体の全部を自分でさわれない。体の汚れをぬぐうことさえできない。

 だから、誰かの世話が必要になる。


「こ……恋、なんて大層な話じゃないのよ。あ、あああ、あたしが『ちょっといいかな?』って思ってるくらい。そのくらいなの。それくらいなのよ?」

「それくらいですか」


 フィルちゃんの顔は無表情……いや、目が笑っている、というか微笑ほほんでるわね……。完全に心の底を見透みすかされているというか、なんというか……。

 目をらす。動揺どうようしているのも、顔が赤いのも見られたくなかったから。


「お茶、どうぞ」


 水筒に入れたお茶をフィルちゃんがすすめてくれる。


「……ありがたくいただきます」

「たくさんありますから」


 水筒のコップを目の前にかかげる。湯気の多さに幸せの予感を覚える。これだけ熱ければ、なんの味もついていなくたって、美味おいしいに決まってる。

 口に含んだ。火傷したってかまわない。冷める前に、飲む。


「……美味しい……」


 店先で売っているお茶ね、これは。れたてで美味しい。なによりその熱さがありがたい。体が……しんの部分から生き返るような気がするわ。本当にありがたい……。


「――あの時は」


 フィルちゃんが二杯目をいで渡してくれる。


「こんな大雪ではなかったですが、やまない雨が降りしきっていました」

「あの時って?」


 ぼそ、と呟いたフィルちゃんに目を向ける。フィルちゃんは……こっちを見ていない。

 遠い空を見ていた。――今、この時ではない空を見ているような目。

 あたしがうらやましく思っている、アメジスト色の宝石のような綺麗きれいな目。


「――ふふ」


 小さな笑いでフィルちゃんがかわした。

 それだけは話さない、という固い意思が何故か伝わってくるわ……。


「……そろそろ、やんで来ましたね」


 バサリ、とフィルちゃんが傘をたたんだ。憎たらしいほどにぼたぼたと降っていた雪は……もう、粉雪こなゆきだわ。話している間にやっとやんでくれるか……。

 とはいえ、道路は雪まみれよ。これを除雪じょせつするのはなかなか骨ね……。


「……おや、あれは」


 フィルちゃんが後ろを向いたあたしも後ろを向く――真後ろを向けるくらいにはあたしは体をひねることができるのよ――と、|四体の岩のかたまりが歩いてくる《・・・・・・・・・》のが目に入った。

 巨大な四角い胴体にぶっとい腕、ぶっとい脚がついている、どう見ても不格好ぶかっこうな人型になりきれないできそこない。首から上がなく、頭があるべき部分には人が乗っている。


 身長五メルトくらいの、岩の巨人――あたしはよく見ているシロモノだ。なんせ、交通局のなんだから。いつもあたしの寝床ねどこの横でホコリを被っているのに……ああ、雪のためか。


「あれ、めったに見ない奴ですね」

「……ゴーレムね」


 ずん、ずん、ずんと音を響かせて歩いてくる。排雪はいせつラッセル器具を腕で押し、軌道レール上の雪を四体がかりで押しのけてくる。

 ああ、あいつら、本当に馬力だけはあるわね。一メルトも積もった雪がどんどん脇にけられていくわ。


「あいつの動力源どうりょくげんって、なんなんです?」

「魔鉱石の内燃機関ないねんきかんよ……この列車だってあいつらにかせたらいいのよ」

「どうして牽かせないんです?」

「あいつら、魔鉱石を馬鹿食いするからね。ほら、後ろに魔鉱石を積んだ貨車かしゃを牽いているでしょ」

「なるほど」


 腰に連結された貨車。そこには大量の魔鉱石が山積みになっていて、上には大型シャベルを持った鉱石夫こうせきふが乗っかっている。ゴーレムの魔鉱石が魔力を使い果たしたら、それを交換する役目の人員だ。


「あいつらに客車きゃくしゃを牽かせたら、運賃うんちんが十倍になるらしいわよ?」

「……それは大問題ですね」


 さすがに一回の乗車に千エルも払うのはきついだろう。フィルちゃんのまゆがよろしくない角度になっている。


「……あたしもあいつらみたいになったらよかったのに」

「あんな図体ずうたいになりたかったと?」

「ちがーう!」

「冗談です」


 ……フィルちゃん、結構お茶目なところがあるのね……油断できないわ……。


「で? あのゴーレムのどこがいいんです?」

「……あいつら、心がないのよ」

「ああ」


 後方から来たゴーレムたちはあたしたちの横を通過していく。ものすごい力で雪を押しのけ、押しのけしていき、連中が通った後は石畳いしだたみの表面が見えていた。


「心がなければ、悩みも苦しみも感じないもの……うらやましいわ」


 そうよ。客車を牽くのに、心は要らないもの。

 疲れ切ってきて帰ってきて、夜、操車場そうしゃじょうですすり泣くこともないわ。

 さびしさを感じないですむのなら、要らない。外してほしい。


「羨ましいですか」

「フィルちゃんは、心がなければよかったと思ったこと、ない?」

「あなた、本当はそんなこと思ってないでしょう?」


 ――わずかに切れ長の印象いんしょうをうかがわせる目、その中でアメジストの瞳だけこちらに向けられていた。

 綺麗きれいな目。

 綺麗すぎて、怖い。


 のろいをかけられるかも知れない、というのは、この瞳が綺麗すぎることにおそれをいだくからかも……。


「わたしにはわかるんですよ」

「どうして……どうして、そんなことがいいきれるの……」


 ゴーレムたちが背中を向けてゆっくり、ゆっくりと去って行く。雪がない道がどんどんびていく。

 少なくともラミア列車が運行できる状態にはなって行く。


「心がなければよかった、なんていう人は、他人の恋に関心なんて示しませんよ」

「…………」

「そして……心がなければ、自分の恋だってできない」


 ――あ……。


「わたしは、心がなければよかった、と思ったことはありません。リルルお嬢様やニコル様と出会えて、本当によかったと思っています。――心がないと、そうは思えませんからね」

「…………」

「あなたも、そうと思える人がいるのですよね?」

「……うん」


 出会えて、よかった、か。

 多分……よかったのだと思う。悪くはない。顔を思い出す度に、ちょっと、心が軽くなるから。少しだけでも、涙を減らしてくれたかも知れない……。


「じゃあ、白状はくじょうしてもらえますね、その方のお名前を」


 フィルちゃんがにこ、とほんの少し薄く――でも、確かに笑ってる。


「その方の、お名前は?」

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