「心、要りますか?」
「あ……あたしの恋?」
「人に恋の話を聞きたがるのは、自分も恋をしている人ですよ――違いますか?」
「――――」
参った。さすがフィルちゃんというべきか。
――恋。恋。
「恋、かぁ……」
……どうなんだろう。あたしのこの気持ちも「恋」と呼べるものなんだろうか。
「――相手は、あたしの気持ちになんて気づいてないわ」
「話したりしないんですか?」
「あたし、こんな姿よ?」
腕を広げる。思わず笑えてしまう。
上半身はいいわ。人間の女とそう変わらない大きさ、形。こんなあたしに
……でも、この下半身の大きさがどうにもならない。幅一メルト、長さ六十メルト。
どんなに小さく
一緒に住めない。一緒に住めないふたりに、どんな未来があるというの?
「ということは、お相手は人間ですか」
「あ」
「
「ぐっ」
とぼければやり過ごせたものを、反射的にうかつな反応をしてしまったから
「そ……そうよ……」
「相手はお若い方?」
「……ニコルくんより、ちょっと年上かな……」
「愛しているんですか?」
顔が真っ赤になる。降りかかった雪が一瞬で
「フィ、フィルちゃん、なかなかグサッと攻めてくるわね……」
「
……さすが、エルフ。見た目通りのお嬢さんとは全然違うわけか。
「で、どういう方なんです?」
「……あたしの世話係」
あたしたちの体の大きさじゃあ、とてもじゃないけど自分の体の全部を自分で
だから、誰かの世話が必要になる。
「こ……恋、なんて大層な話じゃないのよ。あ、あああ、あたしが『ちょっといいかな?』って思ってるくらい。そのくらいなの。それくらいなのよ?」
「それくらいですか」
フィルちゃんの顔は無表情……いや、目が笑っている、というか
目を
「お茶、どうぞ」
水筒に入れたお茶をフィルちゃんが
「……ありがたくいただきます」
「たくさんありますから」
水筒のコップを目の前に
口に含んだ。火傷したってかまわない。冷める前に、飲む。
「……美味しい……」
店先で売っているお茶ね、これは。
「――あの時は」
フィルちゃんが二杯目を
「こんな大雪ではなかったですが、やまない雨が降りしきっていました」
「あの時って?」
ぼそ、と呟いたフィルちゃんに目を向ける。フィルちゃんは……こっちを見ていない。
遠い空を見ていた。――今、この時ではない空を見ているような目。
あたしが
「――ふふ」
小さな笑いでフィルちゃんが
それだけは話さない、という固い意思が何故か伝わってくるわ……。
「……そろそろ、やんで来ましたね」
バサリ、とフィルちゃんが傘を
とはいえ、道路は雪まみれよ。これを
「……おや、あれは」
フィルちゃんが後ろを向いたあたしも後ろを向く――真後ろを向けるくらいにはあたしは体をひねることができるのよ――と、|四体の岩の
巨大な四角い胴体にぶっとい腕、ぶっとい脚がついている、どう見ても
身長五メルトくらいの、岩の巨人――あたしはよく見ているシロモノだ。なんせ、交通局のなんだから。いつもあたしの
「あれ、めったに見ない奴ですね」
「……ゴーレムね」
ずん、ずん、ずんと音を響かせて歩いてくる。
ああ、あいつら、本当に馬力だけはあるわね。一メルトも積もった雪がどんどん脇に
「あいつの
「魔鉱石の
「どうして牽かせないんです?」
「あいつら、魔鉱石を馬鹿食いするからね。ほら、後ろに魔鉱石を積んだ
「なるほど」
腰に連結された貨車。そこには大量の魔鉱石が山積みになっていて、上には大型シャベルを持った
「あいつらに
「……それは大問題ですね」
さすがに一回の乗車に千エルも払うのはきついだろう。フィルちゃんの
「……あたしもあいつらみたいになったらよかったのに」
「あんな
「ちがーう!」
「冗談です」
……フィルちゃん、結構お茶目なところがあるのね……油断できないわ……。
「で? あのゴーレムのどこがいいんです?」
「……あいつら、心がないのよ」
「ああ」
後方から来たゴーレムたちはあたしたちの横を通過していく。ものすごい力で雪を押しのけ、押しのけしていき、連中が通った後は
「心がなければ、悩みも苦しみも感じないもの……
そうよ。客車を牽くのに、心は要らないもの。
疲れ切ってきて帰ってきて、夜、
「羨ましいですか」
「フィルちゃんは、心がなければよかったと思ったこと、ない?」
「あなた、本当はそんなこと思ってないでしょう?」
――わずかに切れ長の
綺麗すぎて、怖い。
「わたしにはわかるんですよ」
「どうして……どうして、そんなことがいいきれるの……」
ゴーレムたちが背中を向けてゆっくり、ゆっくりと去って行く。雪がない道がどんどん
少なくともラミア列車が運行できる状態にはなって行く。
「心がなければよかった、なんていう人は、他人の恋に関心なんて示しませんよ」
「…………」
「そして……心がなければ、自分の恋だってできない」
――あ……。
「わたしは、心がなければよかった、と思ったことはありません。リルルお嬢様やニコル様と出会えて、本当によかったと思っています。――心がないと、そうは思えませんからね」
「…………」
「あなたも、そうと思える人がいるのですよね?」
「……うん」
出会えて、よかった、か。
多分……よかったのだと思う。悪くはない。顔を思い出す度に、ちょっと、心が軽くなるから。少しだけでも、涙を減らしてくれたかも知れない……。
「じゃあ、
フィルちゃんがにこ、とほんの少し薄く――でも、確かに笑ってる。
「その方の、お名前は?」
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