「銀髪の少女、金色の少年」
手の中の一枚の写真を、まるで宝物を見るように――いや、真実の宝物を目の前に差し出されて、リルルのアイスブルーの
明るい金色の輝きを放つ、やわらかい
背は高くない――
背景からすると、どこかの屋敷の一室で撮影したのか。一分は息をとめて
「ニコル……」
ニコル・アーダディス。今日で彼も、十六歳。
リルルとニコルは生まれた場所は違えど、同じ年の同じ日――しかもほぼ同じ時間に生まれたのだ。
「私の双子の片割れ、私の
フィルフィナから
心が百六十カロメルトは離れた、ゴーダム公爵領の首都・ゴッデムガルドにいるニコルの元に飛んでいる気配さえした。
「……
「同じようなものです!」
どこまでも冷静なフィルフィナの言葉にリルルは
「余計な茶々を入れなくていいの!
「まったく……ニコル様のこととなったら頭のネジが外れてしまうんだから」
「うふふふふ……私のニコル……」
頭の中で勝手な
「さあ、お着替えです。立ってください。写真も胸から放して。
「あなたよりは大きいです!」
「どうせどちらも世間ではちっぱい
立たせたリルルの
「私の愛するニコル……早く帰って来て欲しい……」
「ゴーダム公の元で騎士見習いをしていらっしゃるんです。成人されたら
「ニコルは王都に帰れるようにがんばるといっています! 私はニコルを信じます!」
「どうなんでしょうねぇ……」
――元々病弱だった母親がリルルを産んだほぼ直後に
そんな二人が、成長するに連れて
伯爵令嬢と平民の少年という身分差など関係なく、二人は
二年前、騎士見習いの修行としてニコルが王都を離れ、ゴーダム公領に
それから――今まで、一度も会えていない。
会えないという事実は、
「ニコル……早く帰ってきて……ああ、逢いたい……逢ってニコルの声を聞きたい、顔を見たい、手に触れたい……その
「……いい加減にそろそろ、現実に目を向けてくださいませんか?」
言葉として口にしないといけないのか、やれやれ――とフィルフィナは肩を落とし、視線を前に
「お嬢様はこれから、ニコル様ではない、別の方との
「なんでそれを思い出させるのぉ――――っ!!」
「顔を塗った後なんですから泣き出さないでください」
「嫌ぁっ! いやいや、いやあ! ニコル以外の男性と結婚なんてしたくないいいっ!」
「そうはいっても、
「まだ社交界のお
「そうはいっても、旦那様が決めたことですから」
問題の根幹は、リルルの父だった。
フォーチュネット伯爵家当主、ログト・ヴィン・フォーチュネット――今年で、五十六歳。
「魚貴族」と
貴族の格式としては
その工作のために、ログトが貴族の社交界にばらまいている金はかなりのものだ。事業と工作のために駆けずり回っているログトはほとんどこの屋敷に帰らない。娘ひとりしかすんでいないこの屋敷には、メイドも一人で
「で、お嬢様。今回のお相手の写真は見たのですか?」
「見てないわ! 資料の
「……………………えっ?」
フィルフィナは引いた。ドン引きした。
「……………………まさかこれから、どこの誰ともわからない方との婚約式に向かうおつもりですか?」
正確には、婚約式の第一段階目の「面会式」だ。婚約者として、男女が初めて顔を合わせる場である。
しかし、その面会式が行われるということはもう、婚約が成立したといってもいい。貴族界においては、面会式を行うという時点で婚約は成立したと見なされるも同然なのだ。
「お父様の工作で引っかかるような方だもの。下手をしたらお父様と同じお
「
立ち
「今日、相手と会った時点――いえ、会おうとした時点で、その方とお嬢様が結婚することは決定したんです。それが貴族社会というものでしょう」
「わかっています! わかってるけれど、いやなものはいやなの! 私はニコルと結婚したいの!」
「旦那様が認めるわけないでしょう」
「ああ! 私が別の方と結婚なんかしたらニコルが悲しむわ! あの幼い頃、一緒に砂遊びをしながら交わした約束を二人で大事にしているもの!」
「それは、まあ……」
幼なじみが交わした、十歳にもまだ届かないころの約束。普通の人間なら、そんなものは
が、フィルフィナは知っている。そんな他愛のない約束でさえ、一生の宝物のように胸にしまっているのがニコルという少年であるということを。
「ニコルが私以外のどこの馬の骨とも知れない女性と結婚するなんていうのもいや! そんなの
「…………つまり、あれですか? 自分は他の
「ダメかしら……」
「ダメに決まってるだろ」
「うわぁぁぁぁぁぁ――――ん!」
涙と共に心が折れたリルルはうなだれた。うなだれているうちに運んでしまおうとフィルフィナは思う。
「さ、早く出かけますよ。表に馬車を待たせています。旦那様とは現地で落ち合います……とっとと
「…………ニコルの写真も持っていっていい?」
「置いていけ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リルルとフィルフィナを乗せた馬車は屋敷の門を出て、大通りを西に向かって走った。
二頭立ての
二カロメルトと走らないうちに、「河」に差し掛かる。北から南に流れて王都を東西に分断する大河。街を
河を境にして、基本的に東は平民以下の
そんな
橋の
そんな、
「大丈夫ですよ、ニコル様がどこの馬の骨とも知らない女性と結婚することはないですから。安心してください」
「……ずいぶん自信ありげにいうのね?
「ニコル様はわたしと結婚するからです」
「ああ、なるほど……」
脳に情報が
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇええ!?」
「反応が遅いですね」
「どういうことなの!」
「どうって……わたしも普通にニコル様のことが好きということです」
今、この馬車が渡っている長大な橋の解説でもするようにフィルフィナは
「聞いてないいいい!」
「今初めていいましたから。気づきませんでした? 昔からわたし、ニコル様のことを
最後にはときめく少女になってしまったフィルフィナに、リルルは泣きべそをかくだけだった。
「全然気づかなかったわ! そんな……私からニコルを
「お嬢様のものでなくなるんですから、構いやしないでしょう。ニコル様はわたしが幸せにしますから、お嬢様もとっととお幸せになってください」
「私から自由がなくなってしまう――! 好きな所も行けなくなるし、好きなものも食べられなくなるし、好きなニコルとも恋せなくなるし、快傑令嬢も続けられないし――!」
「ああ、やっぱり引退する必要性は感じてたんですか」
「フィルと二人暮らしだからできていたことでしょ! それに結婚したら『快傑夫人』になっちゃう!」
「『快傑令嬢』の時点で
「びええええ――ん!」
リルルの泣き声を宙に残し、馬車は非情に進む。橋を渡りきり、立派なコンクリート製の大型
馬車が行き着く先――王城の庭園では、運命が待ち構えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王城の
面会式の会場、薔薇の香りを乗せて通り抜ける風が心地いい
「お初にお目にかかります、
「――――」
肩にかかる明るい栗色の髪、
どこか
気品、という言葉が二本足で立っているような青年――美青年だった。
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