「伯爵令嬢・リルルの爽やかな目覚め」
「お嬢様、起きてください」
ノックもせずにフィルフィナが立ち入った寝室。平民なら
その寝台の上で今――愛くるしい寝顔の少女が、口の
寝るのが、眠るのが本当に楽しくて仕方ない、というように眠る少女だった。
「お嬢様」
「うーん……」
「お嬢様、起きてください」
「むにゃむにゃ……あと三時間……」
「起きろ」
「ふぎゃ!」
勢いよく布団が引っ張られ、その回転に巻き込まれて転がされた少女が
「なにをするの、フィル!」
「それはこっちの
体を起こした少女の前に、フィルフィナが紙の
「説明してください」
「わ! こんなに号外が出てるの! 全部の新聞社が出してるのかな? やっぱり一仕事した後に出る号外を読む瞬間は最高ね!」
「そういう話をしてるんじゃない」
「ひあ!」
フィルフィナの握り
「痛い痛い! 痛いじゃないのフィルぅ!」
「痛く
「だって、フィルに反対されると思ったから!」
「反対するに決まっているでしょう!」
「こんな
ばん! と新聞の上にフィルフィナが手を叩きつける。
「侯爵家ひとつを
「……えへへ」
「えへへ、じゃない」
「ひあいひあひあい!」
フィルフィナが主人の口の
「――いい加減にしてください、リルルお嬢様」
「しゅん……。で、でも、王都が火の海になるかも知れなかった事件だったもの! なんとかしないとと思ったの!」
「……わたし、後悔してるんですよ。お嬢様に魔法の
ふう、とフィルフィナが、
「『私、
「……えっと」
「『護身用にこう、すごく速く走れる道具を』『エルフのハイヒールが』、『護身用にすごく正確にムチやレイピアが
「
「わたし、エルフのお姫様ですから、そういうものは里にねだればなんでも手に入るんですよね」
メイド姿のエルフ――フィルフィナはしれっとそう口にした。
リルルも実際に確認したわけではないが、ねだった
というか、そうであるかないかは、リルルには
どうしてそんなエルフの姫君が、メイドなどをしているのか?
それは――。
「で、いろんな道具を組み合わせて、正義の味方のできあがりですか。……始めてしまったものは仕方ないので、今まで手伝っていましたが」
「……王都にはいろんな悪い人がいるわ。それをどうにかしないといけないと思った……それは悪いことかしら……」
地の底まで気分が沈んだリルルは、自分の手に載せたものを
フィルフィナはそれ以上追求する気をなくした。悪いとは思っていないからこの半年間、片眼をつむりながら自分はこの少女の正義感を助けてきたのだ。
リルルの手の平の中にあるのは、赤いフレームのメガネだった。
それをかければ顔を見る者の意識に魔法が作用し、かけているこちらの顔を記憶させないようにする魔法の道具。
いうまでもない。
それは昨夜、ゲルト侯邸に
欲望に
メイドに
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「また朝食は屋台の持ち帰り……うちのメイドは料理をしない……」
「わたしとお嬢様二人分のために、わざわざ料理なんてしていられません。仕事が山積みになってるんです。それに、屋台の食べ物は好きでしょう?」
「大好物……けど、なんというか、
「
袋の底に焼き石を入れていたため、まだ熱々の長いパンの中に、あふれんばかりの野菜とたっぷりの白身魚の揚げ物が
とても伯爵令嬢が口にするべきものではない。労働階級の食べ物だ。そしてこの屋敷には令嬢とメイドの二人暮らしというのも常識外れの話だろう。他にいる人間といえば、目を放すとすぐいなくなるあのやる気のない門番くらいの話だ。
何から何までが、規格外の貴族だった。
「あ……やっぱりここの白身フライ、
「このお魚も、旦那様の会社で
「
フォーチュネット伯爵家。
伯爵家とはいいながらも、貴族としては
だが、当代の当主には商才があった。王都で流通する海産物を取り扱う事業をとりまとめることに成功し、今では独占企業として成長させている。領地はなくとも金だけは持っている、そんな家だ。
ただ、その金の使い方が少々変わっていた。
「お嬢様、準備を始めますから
「はぁい……」
食べ終わり、寝室の脇に
「約束の時間は午前十一時です。時間がないんです」
「まだ三時間もあるじゃない」
「
「何故それを早くいわないの!」
半分
「まずは
「早く見せて見せて!」
フィルフィナが差し出した
「親愛なるリルル・ヴィン……ああ、ニコルったら、いっつも
定型文だけで、天にも
「わたしが読み上げましょうか?」
「自分で読めます! ええと……先日ご報告した盗賊団
「盗賊団討伐のお話って、ニコル様が
「大勢の盗賊団に追い詰められて全滅寸前になった小隊が、ニコルの突撃をきっかけにして一気に形勢逆転した話……ああ、ニコルから直接聞きたい……」
自分の世界に
「それで……
「すぐ見せて!」
「見せますから、顔は自分で
気合いを入れてリルルが
中からフィルフィナの拳より少し小さいくらいの
「あんまり
「これはニコルが勇気を振り
「はいはい」
鏡台の引き出しを開ける。
そこには、
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