「みなさま、それではごきげんよう!」
「なんなんだいったい……んんっ!?」
リロットによって地下室いっぱいにばらまかれ、足元に落ちた一枚の書類をアイガスは拾い、シャンデリアの明かりに
紙面に描かれているのは、王都の北西部の地図だ。
王城と今自分たちがいる、貴族の屋敷が密集する住宅区域が記された地図と、
「こ……これは! 王都の各所に、放火する場所と時間が
「なんだって!?」
「こっちもだ!」
部屋中に散らばった紙を拾い、内容に目を走らせた騎士たちが次々に声を上げる。
「これには、王族の方々を暗殺するための計画が
門のかんぬきを
「じゃあこの書類たちが、みんな!?」
「全体像は全部を読んでみなくてはわからないが、とにかくとんでもない
リュズナーの視線がリロットから外され、代わりにそれを浴びて侯爵の顔が引きつる――周囲にいる手下は
「ゲルト侯爵! あなたの
「そ……そんな、そんな書類は全てでっち上げだ!」
「あなたの金庫から出てきて、あなたが中身を確認した書類が
リュズナー以外の警備騎士の視線もゲルト候に集中した。その全部が敵を見る目だった。
「た……たかが警備騎士団ごときに私を拘束できるものか! 私はゲルト侯爵だぞ! 私に
「――では、警備騎士団団長の
今まで聞こえなかった、
その場の全員が振り向いた先に、階段のすぐ近く、
引きつりきっていたはずのゲルト候の顔が更に
「ラ……ラ、ランバルト公爵! な、何故あなたが、こんな所に……!」
「警備騎士団の団長が現場を
公爵が床に落ちていた一枚の紙を拾い上げ、表面についたホコリを払ってから、その内容を読んだ。
「――
「ぐっ……!」
ランバルト公が重いブーツの
「階上は
「うぬぅっ!!」
公の
あまりに急転直下の展開に、
そんな中――その
「あのぅ――そろそろ、帰ってもよろしいですか?」
「い、いいわけないだろう!」
その呼びかけに、自分たちがここに来た目的を思い出したリュズナーが上ずった声を上げる。
「ですが、私、今回は悪いことはしていません」
「そういわれれば確かに……って、今までの行いがあるだろうが! そ、そこに大人しく直れ! 今、縄をかけてやる!」
「えええ……マジかよ……」
配下の警備騎士たちがうんざりとした顔を見せながら、
「
「なんだよそれ……
「俺、この仕事やだ……もう
部下たちがそろって見せる
「よ、弱音を
「あ……確かに、そうですね」
やる気があるとは思えなかったが、それでもまだ出口とリロットとの間には、数十人の騎士たちがいる。それらを
「大人しく
「――心配していただいて、まことにありがとうございます」
「ですが、みなさんは
「そんなはずがあるか! お前は――」
「そろそろ
声の
「――みなさま、それではごきげんよう!」
リロットの赤いハイヒールを
「ばっ……!?」
球体の表面に
「ばっ、ば、ばばば、
一人の悲鳴が
「下がれ!
「押すな! 押すなって!」
それを拾おうとするものはいない。
その騎士たちの
もう爆発寸前の爆裂弾を蹴散らすように走る彼女に、手を
「わぁぁぁ――――!!」
ぶすん。
「…………わ?」
爆裂弾――らしかったものが、わずかに黒い煙を
「ふ、不発……?」
「た、ただの
「せめてリロットと呼べ! 追え! 門と
「――
声に確かな
ただ一人、煙玉に動じなかったランバルト公が、その
「この屋敷にも一本、
「奴が空を飛んでるぞー!」
階段の上がった先から声が張り上げられる。ゲルト侯を拘束している数人を残し、警備騎士たちが階段を駆け上がった。
「く……!」
もう、顔すらうかがえない高空をそれはゆっくりと飛んでいる。
「追いかけろ!」
「ですが、奴は空を飛んでいるんですよ!?」
「地面を走ればいいだろうが! 見失うまで追え! いや、見失っても追え!」
「ひぃぃぃ!」
リュズナーが自ら駆け出し、
「……あの隊長も長くはなさそうだな」
全てを見届け、ひとつ大きな息を
ゲルト侯の私兵たちはランバルト公が率いてきた兵によって
これで、
もうこれ以上なにも考えたくなかったランバルト公は、玄関前に
「すぐ出発しろ」
「…………いや、少し待て」
「は?」
馬の口につながっている
「私は疲れた。しばらく
「はあ」
「……何故ここにいる?」
「えっ?」
馬車の中には、いるはずがない先客がいた。
「
先客――
「……いや、確かにそういったが……」
先ほど、夜の天空高くに消えたはずの少女、快傑令嬢リロットがそこにいた。
今夜、初めてリロットを目撃する公爵は
……確かに娘だ。ただ、印象が頭に刻まれない。見ている
「空を飛んでいったのは、あれは?」
「風船です」
「風船か……」
公は思わず笑ってしまった。リュズナーたちは風に流される風船を追って一晩走り回るのだ。
「……しかし、ここで落ち合うということが
「警備騎士団の団長様がおっしゃることですから、疑いもいたしませんでしたが……罠なのですか?」
「いや…………ははは……」
素直すぎる。こんな娘に自分たちの部下はかき回されていたのか。
「……まあ、いい。今夜はご苦労だった。ゲルト侯の反乱計画書を手に入れることができた……あの計画書から他の協力者も
「ゲルト侯がそんなものを持っていると知っていたら、どうして警備騎士団として正式に押収しなかったのですか?
「押収する準備をした段階で情報が
そこまでしなければならない穴だらけの自分の組織を内心、公は
「警備騎士団は、
「……協力するのは、この一件だけです。前の事件の際、協力してもらえないかと閣下の
「それこそ罠だと思わなかったのか?」
「王都が焼かれるかも知れないという
「ふむ、まあ、確かに……。ともあれ、今夜の働きには感謝する。これを
公が
「今夜の謝礼だ。少ないが」
「結構です」
公が差し出そうとしたそれを、リロットは手で制した。
「……そんなものを受け取るわけには参りません。私はお金のためにやっているのではないのです。部下のみなさんをそれで
「そうか。ならばそうさせてもらおう。あと、一つだけ
「なんでしょう?」
「他人を信用するものではないよ」
少女が息を飲む気配がした。
「私がその気なら、そなたはここで
「……何故ここで私を捕まえないのですか?」
「そなたは役に立つからだ」
警備騎士団団長という立場でランバルト公はいい切った。
「そなたは人を
「いいのですか? 警備騎士さんたちの評判が……」
「メンツなど、犬に食わせてやればいい」
真顔で断言した公爵に、少女が
「そんなものは、我々が
「……我々は、とはいえないわけですね。ですが……」
「ですが?」
「私、おそらくこれで引退することになると思います」
「引退だと?」
ランバルト公は、その先の言葉を失った。
「……色々不都合がありまして。もう快傑令嬢を続けていられないのです」
「それは……」
「最後の最後に大きな事件を
「……そ……そうか」
「――
外からのノックに、公爵が音の方を向いた。
「そろそろ出発してよろしいでしょうか?」
「ああ、少し待て、今――」
視線を戻し――た先には、少女の姿はなかった。
あったはずの
「…………いや、いい、出発してくれ」
「かしこまりました」
がたん、と一つ揺れて馬車が動き出す。その揺れを背中と尻で受け、公爵は深々と息を
「そうか、快傑令嬢は引退するのか。…………だったら、最後に捕まえておけばよかったかな…………」
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