第01話「快傑令嬢は眠れない」
「快傑令嬢は風吹く三日月の夜に舞う」
死神が手にした
エルカリナ王国王都・エルカリナ。
周辺に展開する
その北西部の小高い
その最上層から、天を突き
「――風、強いね」
高い。
コンクリート
陸から南西部の海に抜ける陸風が、少女の長い髪をいたぶり続ける。一輪の
「さて」
おもむろに少女は
現在、午後、十一時、三十五分。
「そろそろ、時間ね」
王城の周囲には貴族たちが住む高級住宅地が広がる。
もう深夜に近い。
たった一棟だけ、全ての明かりという明かりを灯して光り輝く広大な屋敷があった。
少女が立つ位置からその邸宅までの直線距離、約三カロメルト。歩けば四十分は優にかかる距離。
大事な用事がある場所だ。急がなくてはならない。
約束の時間は、午前零時ぴったり。遅れることは許されない。
「私のためのパーティーだからね」
すっ、と手首を軽く
少女の反対の手がそれを軽くノックすると、腕輪から
少女はその棒を左手に取り、軽く振る。その一振りで長く伸びた棒は、次には
真夜中だというのに、
「じゃあ、行こっか」
一歩、少女は
自宅の
「――――」
少女の足がなにもない宙を
支えるものは何もない。そこからはただ重力に任せて落ちるだけ――のはずの少女が、風に乗って空を
下から風を受けた傘がふわり、ふわりと宙に浮いた。
飛んだ。舞った。
風船のような、たんぽぽの綿毛のような軽さで傘は夜空を飛ぶ。それを片手にし、
立ちこめた夜の雲が再び一瞬、
月の下を飛ぶ少女の姿を
まだ眠らぬ人が空を
これならば、二分もあれば着く。約束の時間には間に合いそうだ。
――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今夜のゲルト侯爵邸は、神経が張り詰めて切れそうなほどの
もう十数分もすれば日付も変わるというのに、邸内全ての窓が
部屋だけではない。屋敷を囲む高い
そんな邸宅の外を中を、まるで戦時のように多数の兵士が
それだけの
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「まだ来ないのか」
ゲルト邸の地下。
使わない家財道具や不要品などを置いておくための、二百人以上は楽に人間を入れられるほどの広い地下室。
その地下室の最奥部で、一人の小太りの男がイライラとした様子で落ち着きなく歩き回っていた。
宝石と
「まだ来んのか」
「まだでございます」
「あの柱時計は正確なんだろうな?」
「昼の正午に合わせてございます」
「もう、予告の時間まであと十分ほどしかないぞ」
「
「じゃあ、何故奴は来ぬのだ!」
「わかりかねてございます」
「……ふあああぁぁ……」
目の前で何度も
「すみません、戻りました」
「おう」
一階に通じる階段から下りてきた長身の若い騎士が、長い警戒にだらけて整列ともいえない雑な並びをしている兵士たちの
「冷えるなぁ……今日何日だっけ」
「三月の三十一日。日付が変わったら四月ですよ。もう
「あったまるための酒くらい寄越せっていうんだ。
「……で、本当に来るんですか? 予告状の
「来るっていうから、来るんじゃねぇのか」
「あの、僕、よく知らないんですけど」
「なんだ」
「
その名前を聞いた瞬間、アイガスの顔が
「お前、警備騎士だよな? 北西区域支部から応援に来た」
「昨日配属されたんですよ。王都にも先週引っ越してきたばかりです」
「なんでこんな
人員不足の理由はわかっている。その『快傑令嬢』のためだ。
各支部を支援するための
「……半年ほど前からこの街に現れた、ふざけた奴だ」
「令嬢、っていうからには女なんですよね?」
「多分な。顔を覚えてる奴はいない」
「は?
「してない」
「……どういうことなんです?」
「誰も奴の顔を覚えられないんだ!」
アイガスが上げた大きな声に周囲の視線が集まる。
「……奴が使ってる魔法のせいだ。どうもかけているメガネが魔法の道具らしい。かけている人間の印象を見ている人間の記憶から消すんだと。目をこらして見ても、一分と覚えていられない」
「何もわからないんですか?」
「背格好はどう見ても若い女。顔だって美人……のような……気がする。いつも薄桃色のドレスを着て現れる。ご令嬢しか着ないような
「そりゃ、令嬢、って思うかも知れないっスね」
「最初は『快傑令嬢』なんて名乗ってなかったがな。どこかの馬鹿新聞が見出しにそんな名前を使って、世間に
「それで、どんな悪事を働くんです?」
「色々やる。
「いい奴じゃないですか?」
「法を
再び周囲の視線が
「……おかげで、そんな奴を取り締まらないといけない警備騎士は庶民に
「……まあ、だいたいはわかりました。で、その快傑令嬢がここになにしに来るんです?」
「お前、出動前の任務説明に何聞いてたんだ?」
「うちの上司、声が小さいんですよ。
まったく悪びれる様子のない若い兵士に、アイガスは心からの
「……今夜午前十二時にこのゲルト邸に参上つかまつり、侯爵がいちばん大事にしている書類を、息苦しい箱の中から救い出してやるんだと。予告状が警備騎士団本部に送られてきた」
「いちばん大事な書類? なんなんですそりゃ」
「うちの隊長も侯爵にその質問をしたが、答えてもらえなかった。その大事な書類があの
地下室のいちばん奥。ゲルト侯爵が無限に往復を繰り返している向こうの壁にその金庫は埋め込まれていた。さほど大きくはない。
「もう予告まで十分を切ったぞ! 次の小便は奴が現れてからにしろ! 整列!」
警備騎士たちの中で最も階級が高い小隊長のリュズナーが声を
全員の視線が柱時計に向けられる。早く来い、早く来い、と
「……あと、三分……」
長く、長い数分間。時計の針が進む速度までのろくなったのかと
「一分……」
秒針め、早く回れ――全員の思いが
そして。
柱時計が、
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