第19話 やくそく。

 「転校してきてから、なかなか女子グループに入らなかった理由って、もしかして嫌がらせがあるかもしれないって、心配していたから?」

 「うん。あんまり仲良くなってから裏切られたら、ショックを受けるのはもう懲り懲りだからね」

 寺田さんの口から〝裏切り〟というぞっとするような言葉を聞くとは思わなかった。そして人間、誰でもそういう世界と、表裏一体で過ごしていることを思い知った。

 面食らって、一言も言葉を発さなくなったことを、寺田さんは心配してくれた。

 「本多くん、心配してくれてありがとうね。いやぁ、でも、私も自分のこと信じられないな~」

 「え、信じられないってどういうこと?」

 驚いて寺田さんを見る。

 「こんな話したことなかったし、これから先もしないと思ってたからさ。よく言うじゃん、『真実は、墓場まで持っていく』みたいな台詞。もし、本多くんに出会わなかったら、本当に墓場行きだったと思うよ」

 今まで靄がかかっていた寺田さんの表情に一筋の光が見えたような気がした。

 「あ、そうだ。本多くん、約束覚えてる?」

 寺田さんは唐突に僕に聞いてきた。

 「約束?」

 「そうそう。……えっ! 忘れたの!?」

 寺田さんと何か約束したのか。約束ごとは基本覚えている僕だが、寺田さんとの約束は全く持って見当がつかなかった。

 「大事な約束?」

 「すごく、大事」

 寺田さんは僕を試すように好奇と興味が入り混じった大きな瞳で見つめた。僕はその顔に見覚えがあった。

 「した……」

 「ん?」

 「したの……」

 「きこえな~い」

 僕は一度、深呼吸して心拍数を整えた。

 「下の名前を呼ぶって……」

 「私ね、夢、出来た」

 「……え?」

 「だから、夢、出来たの! 私、絶対に女優になる。女優になって、あの女子グループのやつらを見返してやるんだ。私はあんたらみたいに群れなくても強く生きていけるんだ! って」

 寺田さんは叫んだ。誰も歩いていない道に、僕たちが今立っている道の真ん中に、本来、当たるはずのないスポットライトが当たっている。

 「そしてね、元気とか勇気とか希望とか、とりあえず人の心に刺さって、寄り添って、その人の力になる。これが私の夢であり、目標」

 スポットライトが当たっているんじゃない。寺田さんが輝いているんだ。全身から光を放っている彼女を見て、僕はそう思った。

 「だから、約束」

 「え?」

 「や~く~そ~く!」

 寺田さんはそう言いながら、小指を僕の目の前に差し出してきた。僕も小指を差し出す。

 「私の一番のファンでいてね? 私も、本多くんが一番のファンだと、ずっと思ってるから」

 そう言って、ウインクをしてきた。僕の頭の中では様々な感情が荒れ狂い、しゃべりたいことがのどに詰まった。

 「よし、帰ろ?」

 寺田さんは僕の手を握って、最寄り駅に向かって歩きだす。僕は、寺田さんの後をついていくしかできなかった。寺田さんの背中はイキイキとしていて、生命力にあふれているような気がした。

 その後ろ姿を見て、一抹の寂しさを僕は、なぜだか感じてしまった。

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