第16話 終演。

 『桃太郎 外伝』が終演したが、僕はしばらく立ち上がることができなかった。 極度の疲労感とザラザラになった心。他の観客たちが立ち上がって、劇場を後にできる体力を恨めしく思った。

 気が付くと、明るくなった劇場内に、一人になっていた。腕時計を見ると、終演してから二十分経っている。帰る気力はほぼなかったが、明日は学校のため帰らなければいけない。これが本当の「重い腰を上げる」なのかと、言葉の意味を嚙み締めながら立ち上がった。

 後ろのドアが開いた。

 「あ、ここにいたんだ。探したよ~」

 さっきまであれだけの演技をしていたのに。疲れを感じさせるどころか、いつもより元気そうに見えた。

 「LINE送ったのに、既読つかないから。もう先に帰っちゃったのかと思ったよ」

 ニコニコしながら僕の隣の席に座る。僕は慌ててLINEを開くと、そこには「劇場の前で待ってて。すぐに行くから」と送信されていた。

 「どう、楽しめた?」と好奇心に満ちた目をしながら、僕に聞いた。

 「うん、すごい面白かったよ。」

 「そっか~。良かった~。頑張って練習してきてよかったよ」

 「いつ出演することが決まったの?」

 「本多くんが家に、宿題とか配布物を届けに来てくれたときがあったでしょ?」

 「うん」

 「その日に、この作品に出演するためのオーディションを受けてたの。今までも何回か、いろんなオーディションを受けたな~」

 寺田さんは演劇だけでなく、ミュージカルやテレビドラマのオーディションを受けていたようだ。中には僕でも知っている、テレビドラマのオーディションも受けていたらしい。「全部落ちちゃったけどね」と、恥ずかしがりながらも、おどけた調子で言った。

 「あの日、体調悪かったんじゃなかったの?」

 「へぇ~。体調悪いことになってたんだ。添田先生も配慮してくれたんだね。確かに『オーディション受けに行ってる』ってなったら、みんな変な目で私のことを見るよね。『転校生は芸能界を目指している』ってとんだ笑い話が学校中に広まって。……まぁ、私はそれでもいいけど」

 ゴーっと、劇場の中のどこかにある換気扇が音を立てて動いている。

 「私、前にいた学校で、ちょっとした嫌がらせを受けていたの。

 ある女の子がね、四人の女子グループに日常的に汚い言葉をかけられてて。彼女とは特別仲が良かったわけじゃなかったんだけど、不愉快だったし、だんだんと腹が立ってきて。

 それで彼女のことをかばったら、〝なんだお前?〟って雰囲気になった。私も彼女と同じように汚い言葉をかけられたり、物を隠されたりしたの。相変わらず彼女にも汚い言葉をかけてた。私はされなかったんだけど、彼女が全身びしょびしょで教室に来た時もあった。教室もざわざわしたけど、誰も心配している様子はなかった。むしろ好奇の目で見ていた。

 その時、思ったんだ。どうして彼女のことをかばったんだろう、って。

 助けようと思ってかばったのに、結局助けた方も、助けられた方もひどい目にあった。むしろ状況はひどくなった。

 女の子は全身びしょびしょにされたし、私も友達から距離を取られるようになった。私が変にかばったせいで、彼女に対するいじめはエスカレートしていったんだ……」

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