第15話 最低。

 寺田さんは鬼ヶ島のリーダーの妻だった。

 邪悪な桃太郎が鬼ヶ島にいる女性や子供たちを、次々に捕らえていく。それをなんとか阻止しようと奮闘するのである。

 「どうして女性や子供たちを捕らえるの!」 

 ――それは鬼たちの弱みを握るためさ。我々、人間の世界でも誰かが誘拐されたら、人々はたちまち心配する。それが身内なら、なおさらだ。

 「そんなことして誰が喜ぶの? 誰が楽しいの?」

 ――それは、私、いや、日本にいるみんなが喜ぶさ。この世に鬼がいるだけで人々は恐怖にふるえている。そんなに怖い見た目をして、低くて大きな声を出していれば……

 「どうしてそんなことを言うの! 見た目で判断するなんて最低な人がすることよ! 第一、日本にいる人たちに、鬼が何をしたって言うのよ!」

 ――……そんなことはどうでもいい。おい! こいつも捕らえろ!

 桃太郎の手下の猿・犬・キジは寺田さんを捕らえに行く。

 寺田さんは手に持った大きな槍で徹底的に抗戦する。寺田さんは大きな槍を持てあますことなく扱い、流れるような身のこなしで動物たちに一矢報いている。あそこまで操れるようになるには、相当な練習量を積んだのだろう。

 しかしついに寺田さんは捕らえられ、他の女性や子供と一緒に縄で一括りにされた。それでも寺田さんは、「きっと助けに来てくれる!」「みんな、強く気持ちを持って!」「大丈夫、大丈夫!」と、一緒に捕らえられた女性と子供たちを勇気づけるために言葉をかけ続ける。

 しかし、一向に助けが来る気配がない。そのまま舞台上が暗転する。

 僕は手のひらの違和感に気づいた。鼓動がドクドクと耳の中でこだまする。唾を飲み込んでゆっくりと手を開く。尋常じゃないほどの手汗をかいていた。背中もじっとりと汗をかいていたようで、気持ち悪さを助長させている。暗転している時間がやけに長く感じた。

 明転すると、鬼は桃太郎と戦う場面に変わった。

 鬼の武器はごつごつした木肌の棍棒だけ。自分たちに、理由もなく攻撃してくる桃太郎に対して劣勢を強いられていた。

 桃太郎の武器は、日本刀とマシンガン、そして、スマートフォン。スマートフォンで鬼の弱点を即座に調べて、そこを集中的に攻撃する(鬼の弱点は頭の上にある2本の角の左右どちらかである。左なのか、右なのかは個体差があるらしく、弱点の角はスマートフォンのカメラ機能を使い、見えるようだった)。

 桃太郎が戦っている間、手下の猿・犬・キジはすっかりやる気を失くし、桃太郎が戦う様子を遠巻きに見て、嘲笑していた。

 僕はその状況を見て、寒気がした。


 中学生のとき。僕のクラスではいじめがあった。

 一人の女の子が、二、三人の女子グループに「キモイのが近づいてきた。あっち行こ」「うわ、不潔ちゃんだ(笑)」と言われてるのを見かけたのは六月の半ば、中間テストが終わってすこし経ったときのことだった。

 いじめられていた子は、成績がよかったわけでもなく、運動神経がよかったわけでもなく、出しゃばって悪目立ちするわけでもなく、いたって普通の女子生徒だった。だから、妬みや恨みを買うような行動はしていなかったと思う。

 そのときは、ちょっと言い方が強いなとは思ったのだが、それ以外は特に気にすることもなく、女子の中でよくある、悪口大会が表面化しているだけだろうとしか思っていなかった。

 だけど、女子グループのリーダー格の女子が他の女子に「〇〇ちゃん、そこ、近づかないほうがいいよ」と、クラス中に響くくらい大きな声で言いだした。リーダー格に付く周りの女子が、それを見て笑っていた。そのときから僕もはっきりとした違和感を感じた。

 僕は男友達に、何があったの? と聞くと、

 「さぁ? あれじゃない、女子同士の派閥争い、みたいな? そのうち何事もなかったかのように無くなるよ」

 派閥争いとは思えなかった。いじめられている女の子は特にどこのグループにも所属していなくて、派閥とは無縁の存在だったから。

 数か月後、確かに何事もなかったかのようなクラスの雰囲気になっていた。そして、使われていない机と椅子が教室一番後ろの隅に、静かに置いてあった。


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