第14話 演劇。

 並んでいた列は、当日券を買い求める列と、前売り券を持っている人の列に分かれた。当日券も発売していたらしく、事前にチケットを持っていた人は数人しかいなかったようで、列に並んでいたほとんどの人が当日券の列に並んだ。

 そのため、前売り券を持っている人が優先的に入場できた。初めて劇を観るし、どこに座ればいいのか分からない。僕は真ん中よりやや前方の、左端から二番目の席に座った。前後左右を多くの人に囲まれて観るより、ここからなら多少は風通しが良さそうで、全体を落ち着いて見られるような気がした。

 まだ、寺田さんは来ない。LINEの通知を確認するが、既読すらついていない。本当に、劇場の中に入ってしまってよかったのだろうか。やっぱり落ち着いてなんかいられなかった。

 一刻でも早く寺田さんと一緒に帰ろう、そう思ったとき、開演のブザーがタイミングを見計らったかのように鳴った。まだ周りの客たちはざわざわしている。視界が暗くなった。これでは出入口が見つけられない。上演してしまったら、他の人に迷惑がかかる。

 ここはぐっと気持ちをこらえ、LINEに「もう劇始まるよ。本当に大丈夫?」と打ち込み、通知が来たら振動するように設定し、携帯を手に持った。


 『桃太郎 外伝』は桃太郎ではなく、鬼が主人公となり話が展開されていった。知っている『桃太郎』は鬼を退治するために、桃太郎が仲間を従えて鬼ヶ島に向かうという話である。しかし『桃太郎 外伝』では鬼が、明るく、面白い人物として描かれていた。一方の桃太郎は、危害を加えそうにない鬼を次々とやっつけていく。

 この劇ははっきり桃太郎が悪者として描かれていた。僕はこのような物語を知っていた。芥川龍之介が書いた「桃太郎」である。

 国語の先生が「君たちはこれを読みなさい!」と、この作品が示しているテーマや主張をあたかも自分が書いたかのように、熱意のこもったプレゼンを授業一コマ、丸ごと使って生徒に披露していた。

 暑苦しいほどのプレゼンに、クラスのほぼ全員が引いていた。僕は、プレゼンの仕方は少し受けつけなかったが、作品は面白そうだなと思って、聞いてはいた。

 クラスの沈黙した空気の中、一人楽しそうに聞いていた子がいた。その子は僕の視線に気が付き、ニコっと微笑み、先生の暑苦しいほどのプレゼンを、頬を紅潮させながら聞き続けていた。

 出演している俳優さんたちの演技はとても上手だと思った。鬼は、僕が抱いていた恐ろしいイメージを開演五分経たずして、払拭させてしまった。とても温かみを持ち、思いやりがあり、仲良く共同生活を送っていた。

 鬼ヶ島もごつごつとした岩肌が見え、火山が爆発しているような殺風景なイメージを覆す、一面の花畑で鬼の子供たちがその周りを笑いながら走り回っている、幸せな空間が広がっていた。

 桃太郎を演じている俳優さんは、いかにも好青年だが、桃太郎が悪者のキャラであるため、外見はイケてるのに中身はクズである。そのギャップがものすごく合っていた。もちろんのこと、演技もとても上手だ。

 寺田さんは本当に大丈夫なのだろうか。手元は震えた様子はなかった。携帯を開いて通知を確認したかったが、光が漏れて他のお客さんに迷惑がかかってしまっては申し訳ないので、それはやめた。いきなり僕は現実に引き戻ってしまい、少し劇に集中できなくなってしまった。

 元はと言えば、寺田さんが観たいと言って、ここまで来たのだ。それなのに、本人が不在だ。しかし、せっかく寺田さんがチケットを二枚用意してくれた。無駄にはしたくなかったし、さっきの列の長さを考えれば、人気のある劇であることは間違いないだろう。視線は前に、劇を熱心に見ているようにしていたが、僕の脳内は様々なことでいっぱいだった。

 すると、

 「やめて!!」

 という鋭い女性の声が僕の意識を舞台上に持っていった。なぜだろうか、聞き覚えのあるような気がして、舞台上の女優さんをよく見てみると、


 そこには、寺田さんがいた。


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