第11話 明日の準備。
寺田さんに話を聞くと、どうやら平野とは、本屋で僕を見かけたときから連絡を取り始めたようだった。本屋での僕の謎の行動を不思議に思ったようで、僕と一番近い平野に「私って、本多くんに嫌われてるの!?」と聞いたのが最初らしい。
そこから二人は僕を話題の中心に据えて、様々なことを連絡し合っていたようだった。寺田さんが、喫茶店に忘れた財布を僕に渡したとき、平野がニヤニヤしていたのはこれのせいかと思った。迷惑な話だな、と思いながら、少しほっとした。
「何ニヤニヤしてるの? あ、平野くんにちょっと嫉妬してたり?」
ひゃーっと言いながら謎の舞を舞い始める。寺田さんが謎キャラ街道を突っ走り始めた。もう、こうなると手に負えない。
くねくねしながら舞っている姿を横目に見る。あれから僕は寺田さんとの約束を果たせていない。あの日から僕はひそかに寝る前、寺田さんの下の名前を言う練習をしていた。どれもこれもしっくりこなくていまだに納得のいく呼び方は出来ていない。
というか、寺田さんは約束を覚えているのだろうか。
「…くーん。本多くーん、聞こえてますかー?」
「あ、ごめんごめん。何?」
「だから、明日空いてる?」
今日は文化祭最終日だった。僕たちのクラスは演劇をやった。小道具係として参加していたが、演者の人たちの毎日遅くまでの練習を見ていると、僕はやっぱり前に出る性格ではない。
文化祭の次の日は休みになる。一、二年生は文化祭を終えた充実感から次の日の予定を決める。ある人は、部活。ある人は、趣味に費やす。
僕は特に予定を入れていなかった。暇つぶしのため、いつものように近所の書店に行くつもりでいたが、それは予定ではなく、しなくても困らない習慣だ。
「空いてるよ」
「じゃあさ、どっか行こうよ!」
「いいよ。電車?」
「電車のつもりだけど、具体的に目的地はまだ決めてないから、決めたら連絡する! PASMOにチャージしといてね」
「うん、分かった」
「それじゃ、また明日!」
寺田さんはそう言って、自宅への道を走っていった。明日はどこへ行くのだろう。朝早く起きなければならないかもしれない。家に帰ったら明日の準備をし、早く寝よう。
寺田さんから連絡が来たのは、夜の七時を少し回ったころ。テレビでは俗に言うゴールデンタイムだ。いつもよく見る芸能人が事前に撮影されたVTRを見ながら、笑ったり、ツッコんだりしている。
VTRの中では若い芸人が体を張って激辛料理を食べている。苦悶の表情を浮かばせながらも、爪痕を残すためだろう、完食を目指している。芸人が食べているものはものすごく赤くて、マグマと言っても差し支えないほど煮立っている。
汗をかき、顔を真っ赤にしながら食べている姿を若干引きながら見ていると、「明日、電車乗ります。八時に駅集合。」の一言だけが送られてきた。
電車に乗るということはそこそこ遠い場所へ行くことになる。一体どこへ行くのだろうか。僕は自転車通学のため、電車に乗る機会があまりない。変に緊張してくる。
明日は、PASMOにチャージするために、待ち合わせ時間よりも少し早く、待ち合わせ場所に着いていなければならない。八時に集合ならば、七時四五分に駅に到着していれば余裕で間に合うだろう。平日に起きる時間と同じに起きればいい。
休みの日も定時に起きる生活をしている僕には、そこまで大変な時間ではない。少し気が楽になった。とりあえず、天気予報を確認し、明日の準備をして、寝よう。
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