第9話 彼女のギャグ。

 寺田さんの家に行ってからは、寺田さんとは時々学校で話すようになった。そこから連絡先を交換して、毎日ではないが連絡を取り合っている。

 連絡の内容は「現代文の宿題の範囲ってどこ?」とか「この問題どうやるの?」という勉強関連だけでなく、「昨日の○○って番組見た?」「ずっと授業中寝てたでしょ?」というとりとめのない内容も多い。基本的に連絡を僕から取ることはなく、寺田さんからの連絡を返すことに徹底していた。

 僕から自発的に連絡を取ることをしなかったのは、寺田さんのことをうっとおしく思っていたからではもちろんなく、単純に、どんな内容を連絡すればいいのか分からなかったからだ。そして、僕から連絡を取ると、好意があるのではないかと思われるのが嫌だった(好意は無きにしも非ずだったのだが)。

 ある日出された宿題で、僕は分からない問題に出くわしてしまった。日常的に僕をいじめてくる科目。その名も、物理。問題文に出てくる数値を公式に当てはめて終わりではなく、いくつもの公式に当てはめながら正解を導き出す問題に直面してしまった。どの公式を使って解くのか、解き方が全く分からない。

 学校に行って平野にプリントを写させてもらえばいいのだが、いつも平野に頼ってばかりで(もちろん頼られることもある)申し訳ない気持ちと、どうしても今日中に解決させてすっきり明日の朝を迎えたいという気持ちがあった。

 どうしたものかと悩んでいると、幸か不幸か、寺田さんから「物理の宿題、できた?」と連絡がきた。

 「一つ分からない問題があったんだよね」

 「私、全部できたよ。どこが分からないの? 教えてあげよっか?」

 寺田さんが物理が得意だとは思わなかった。実際、寺田さんの成績は悪くない。毎回テストで平均点を狙っているのではないかと思うほど、平均点近辺の点数を取ってくる。だからクラスでも、いい意味でも悪い意味でも目立つことはなかった。

 たけど、今回の物理の宿題は、誰もが一度は聞いた事があるだろう某有名大学の入試問題として出題された問題がそのまま出されたのだ。一筋縄ではいかないはずの問題なのだ。

 「教えてほしいけど。どうして解けたの?」

 「ふっふっふ、本多くんは私を甘く見ているね?そんな風に見ているなら、教えてあげません!」

 連絡を取っているとき、寺田さんの文章は話し言葉のまま送られてくる。携帯の画面で連絡を取るわけだから、どうしたって相手は見えない。相手が目の前で喋っているわけでもないため、無機質なものになるはずだが、寺田さんと連絡を取り合っているときは、対面で会話している感覚に陥る。

 「教えてください。お願いします。」

 「いいよ! その代わりに、一つ約束をして?」

 「約束? なにそれ」

 「約束は、約束だよ!」

 「無理な約束はやめてよ。僕でも出来る約束なら」

 「すっごい簡単な約束だよ! それはね……」

 大きな改行の後に、とてつもない爆弾が投下されていた。

 「私を下の名前で呼んでほしいも♡」

 僕は吹き出してしまった。

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