第2話 登校初日。

 二年生になってから初の登校日。自分のクラスは何組なのか。同じクラスに友達はいるのか。嫌いな奴とクラスは一緒になっていないか。それぞれの想いが交錯する日だ。

 僕の名前はクラス名簿の二年五組の列におとなしく並んでいた。

 「おーい、ほんさぁん」

 遠くで僕を呼ぶ声がした。聞きなじみのある声だ。多分、あいつ。

 「ほんさん!僕も五組!一緒だよぉ」

 「なんでお前はいつもそんな引っついてくるの?」

 「ほんさんと一緒で嬉しいんだよぉ」

 語尾をとろんと落とす癖のあるこいつは、平野。いつもスキンシップが激しい。気を抜いているとしっかり僕の手を握っていることもある。いい奴なのは分かるが、たまに身の危険を感じる。一年のときクラスが一緒だった。

 「ねえねえ、ほんさぁん?昨日の太田のクラス名簿見たぁ?」

 「……いや、見てないけど」

 「なんかあれ『予想です』って言ってたけどぉ、一〇〇%当たってるんだよ!」

 「へぇ~」

 「いやぁ怖いなぁ、太田はぁ。あんなものを手にして、しかもそれをグループに送るってぇ」

 どうしてあれを手に入れることができたのかとか、入手方法はどうやってだろうとか平野はブツブツ隣で(多分)独り言をしているから僕は一言も話さず、二年五組を目指し廊下を歩いた。

 がらがらがら。開けるとそこには知っている顔が……ほぼいなかった。平野と僕だけ。僕はさっき、自分の名前とクラスを確認しただけで淡い期待を胸に抱いていた。しかしこの光景を目の前にして期待は脆くも崩れ去った。だけどきっとうまく、やっていけるはずだ。


 ホームルームが始まって新しい担任が登場した。片手で数えられるくらいしか見かけたことがなかった教師だ。眼鏡をかけていて、年齢は中年くらいだろうか。噂によると、30代前半と言われているが、もし本当ならば見た目と実年齢のギャップが激しすぎる。生活指導でガミガミと厳しくしてこないような、いい塩梅の猫背を携えている。

 低姿勢な話し方で物腰は柔らかだが、同時に教師としての責任感はまったく見えない。なにかあったとき、僕たちを守ってくれなさそうだ。

 「みなさん、おはようございま~す。今日はいい天気で、絶好のひなたぼっこ日和。……あれ、みんな起きてる?」

 担任は、はじめましての雰囲気が漂う教室の空気を読めていないようだ。

 「みなさんが笑ってくれる日がいつかはクラウン……なんつってね」

 新しい担任はきっと面白い先生だ。まだ本調子ではないだけ。こんな寒い冗談を言って僕たちの反応を試しているだけだ。そうに決まっている。

 「本多君、元気?」

 出席番号順に縦一列五人の横八列で座っているため、出席番号三六番で、列の一番前に座っていた僕をいきなり指名した。周りがクスクス笑っている。巻き込み事故は勘弁してもらいたい。僕は、まぁ、はい…と答えた。

 そのあとは大した説明もなくホームルームは終わった。

 「添田先生、スベってたねぇ。うけるうける」

 平野はそう言いながらも興奮しているようだった。なにがうけるのだろうか。友達はとばっちりを喰らったというのに。担任と僕を一括りに、うけるとラベリングされた気がして、心がざわついた。

 やっぱりこいつはおかしい。そう思いながらクラスを見渡す。男子は仲のいい人と話したり、まだ一人でいる人がいたり。まだまだこれからという感じだった。女子はもうすでにグループが出来ているようだ。こういう時の女子の行動力の早さには舌を巻く。女子にとってはグループとは「世界」なのだろう。

 僕は三つ隣の列の一番後ろに目が留まった。出席番号でいうと二五番か。一人でいる女子を見つけた。彼女はグループ作りに参加しようと焦る様子はなく、実に堂々と座っていた。最後列の真ん中に座っているため、クラス全体を見渡せる位置だ。大物感漂うその姿に、目を奪われた。

 「ほんさぁん? 聞いてるぅ?」

 「あぁ、ごめんごめん。なんだっけ?」

 「もういいよぉ。大したこと話してなかったしぃ」

 「お、おぅ…」

 視線をさっきの彼女の席の方に動かす。そこに彼女はもういなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る