第58話 完璧な人間
「始めは、些細な、ほんのちょっとした違和感というか、疑念だった。でも、彼……出雲君と、あなた……万代君の動向と身辺調査で得られた信憑性の高い、いくつかの推測と事実データのみを全て集約して、それらを積み上げていくと、どうしてもあるひとつの結論に達してしまうの。違う角度からのアプローチでも最終的には同一の結果しか導き出せなかったわ」
真剣で、いつになく熱っぽく語る崎のトーンに、僕は言葉を挟む余裕がなかった。
「前に、スマホを使ってクラスメイトや、学校の生徒のことを色々検索? 探索? 傍聴はしてないわよ。でも、隠れてこっそりしてるって話したわよね? あの話にはまだ続きがあるの……」
崎の発する言葉は、より一段と重く鬱々とした響きを帯びてきた。
「あの時言ったことは全て真実だけど、少し言い過ぎたことは悪いと思う。頭に血がのぼると、見境なしに周囲に当たるのは自分の悪い癖なのは承知してはいるんだけど……」
「ああ。その後は多少自重してると君も言ってなかったか? なんて言うんだったか? 『索敵魔法』だったっけ?」
「ええ、最近は自分でもさすがに他人のプライバシーに踏み込みすぎるのは良くないって思え、あなたと約束したとおり『索敵魔法』は封印してるわ」
今更!? 気付くの、おせーよ!
てか、〇〇魔法と言い切れば、罪が軽くなると思った大間違いだからな。
それに、言ってるこっちが恥ずかしいわ!
僕の心の声が無意識に表情に出てしまったのか、崎は話を継いだ。
「ホントよ。最近は殆どスマホにふれる機会もめっきり減ってるわ。出雲くんの身辺調査も、あれ以来踏み込んだ検索は一切してなってことは誓ってないし」
「わ、分かった。信用するよ」
「でね、今日告白するからには、当然出雲くんからは快い返事をもらいたくって、彼に面と向かった――心境としては果たし合いに向かう年老いた武士の心意気に近いものがあった――訳だけど……」
おいおい、男女の関係を一歩先へ踏み出すには、そんな決死の覚悟がいるものなのか?
ヘタレな僕には多分一生できない気がする。
「はじめから、出雲くんの答えが『ノー』だってことは予測できての告白だったの」
「それって、はじめからフラれる覚悟でってこと……」
「彼の好きな好みの女の子は探り当てることができなかったけど……。以前、あなたに出雲君の家庭環境や家族構成、運動神経が抜群でなおかつ読書家だったり、友達付き合いが良かったり、だとかをかい摘んで話したことがあったの、覚えてるかしら?」
忘れることなどできるもんか。
十五歳の繊細な少年の心に刻み込まれた、僕の家庭に関わる真実というか内幕。
それを崎の口から聞かされたあの時のことは、未だに拭い去れずにいる。
僕の心は深い傷を負ったままだ。まさにトラウマと言ってもいいアクシデントというか、悪夢でしかない。
「実はあの時ね、私が知り得た出雲くんを取り巻く情報の全てをあなたに話した訳ではないの」
崎はなおも僕の胸に顔をうずめて、僕にとっては予想だにしない話をしれっと語りだした。
「出雲くんは、両性具有なの。万代も言葉くらいは知ってるでしょ?」
「雌雄同体。半陰陽。インターセクシャル……」
「さすがね。昔は『ふたなり』とも言われてたわ。『性同一性障害』や『トランスジェンダー』と混同する人もいるみたいだけど、まだまだ、議論や理解が不十分な分野だということかしら。特にこの国は、そういったことに深く踏み込まないようにする風潮があるから」
「ネットの聞きかじりだけど、なんとなくは聞いて知ってるよ」
「二千人に一人の割合でいるらしいわ。身近にそうはいないけど、もしかしたら学校に一人くらいはいても不思議で無いくらいには存在するって確率よね。そんなに、珍しくも特別でもないってことは理解できてるわね」
僕は、一度大きく頷いた。
そして崎は独り言のように「完璧な人間なんてこの世にただの一人だっていないのに、何よ……」と、自分にしか聞き取れないような小声でつぶやいた。
「外見上は男女のどちらかに見受けられるけれど 躰は雌雄同体。成長するにつれて人格も男女どちらかの比重が強くなってくるけど、赤ん坊や幼児の頃はまだあやふやな状態らしい」
おそらく崎は、自分なりに懸命に調べたんだろうなということは容易に想像がつく。
しかしかなり辛い情報収集作業だったに違いない。
なにせ、一途に思いを寄せる出雲神内の確信に触れる部分なのだから。
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