第57話 崎の告白の行方

  就寝間近の夜中の零時過ぎ、スマホがメールの着信を知らせるメロディーを奏でた。


  崎からのメールだった。


  メールの内容は、『明日、出雲くんに告白する』とあった。


  いよいよ崎が、一世一代の告白に踏み切るその時がきたようだ。


  そうか、いよいよその時が来たのか……。


 メールの文面には、崎らしい演出が図られている旨が書き加えられていた。


 あの強心臓で、無鉄砲、謀略の天才で聡明な彼女のことだ。


「願いが成就するための方策は万端整えてのことだろう。崎よ、魂の告白を完遂して来い」


 僕としてはそれが裏目に出ないことを願うばかりで、特段アドバイスはしなかった。


 この期に及んで僕にできることと言ったら、ただ崎の願いが成就するように祈るのみだ。


 頑張れ、宮! 


 出雲のハートを思いっきり掴み取れ崎!


 

 放課後は、バスケ部の練習で出雲を捕まえるのは難しそうだ。


 ということで、告白は昼休みに結構と相成った。


 三人で崎の作ってきた弁当を食べ終わった後にさり気なく僕が部屋を出て行き、その後化学準備室に残った二人だけの時間を窺って決行という運びだ。


 さすがに、親しい間柄――自分では勝手に戦友くらの位置づけだ――とはいえ、一世一代の崎の大勝負の告白を物見遊山気分で眺める気にはなれず、事後に崎にそれとなく結果を聞くことにした。


 晴れて告白がうまくいった際には、まずはメールでの報告を受けることになっている。


 しかしいっこうに、崎からのメールの通知がこない。


 不安を感じた僕は、若干のためらいを感じながらも、崎の告白が上手くいったのか気になって様子を見に行くことにした。


 化学準備室のある特別棟へ向かう角を曲がったその時に、突然向こうから崎が走って現れた。


 僕の姿を見つけると、胸に向かって倒れ込んでくる。


 僕は咄嗟のことに何が起こったのか分からずに、ただ急に全身の力が抜けたように震える崎の躰を受け止めることしかできなかった。


 何があったのかを僕は崎の態度から察した。


「彼のゴダールは『愛とは、理解の別名です』とい名言を残しているの。出雲君の事を理解しようと努力することすら私には許されないと言うの?」


 んんん……ん、いや、何言っているのか分からないんですけど。


「フラれちゃった……」


「まさか……、あいつはそんなぞんざいな男じゃないはずだ。相手の立場を常に気遣ってくれる、憎らしいほどに相手の人格を尊重するそんなやつだ。小学生の時から付き合いの長い僕が言うんだから間違いない!」


 ガラにもなく熱く語ってしまった……。


「で……ちゃんと自分の思いの丈をすべて出雲に打ち明けたのか?」


「……言えなかった……」


「はあ? 言えなかったって……。君の出雲への強い思いが届けば、無下にするような薄情な男じゃないぞあいつは」


「そうじゃないの……、私が告白をしようとすると出雲君が、それを遮るかのようにして『君が僕を呼び出し、ここに来た理由は分かっている』と切り出して……」


 崎の涙が頬を伝って一筋流れた。


 さらに鼻水も鼻から流れ出していることなど気にもとめず、鼻水をすすりながら、涙声でこう続けた。


「『君が僕に好意を寄せてくれていることは、最初から分かっていた。それだから、君の心に傷を残さないためにも、僕の方から先に答えを伝えておこうと思って……。『……僕は人を愛する資格がない人間なんだ』って、いったい何のことよ……! 人を愛するのに資格なんて必要ないじゃない! なにふざけてるの? 私を傷つけないようにしたつもりなのかしら」


「…………」 

 

 これがいわゆる世間で言うところの『女の涙最強伝説』か? たった今、身をもって体感しました。


 僕は瞬時に、対抗策として最大級防御態勢を発動した。


 なぜって? 


 女の子の涙に対抗できる手段を男は持ち合わせていないんだから。


「出雲君のやさしさ、細やかな気配り、私の身も気遣ってくれる気持ちが十二分に私には伝わってきて……。それだから……、それだから尚のこと私には堪えるの」


「それに『男でも無く、女でも無く、まして人間でも無いのかも』って、訳わかんない……」


「出雲がそう言ったのか?」


 小さく頷く崎。


「でも、あいつの口からはっきりとした、断りの応えを聞いたわけじゃないんだろ?」


「もうどうでもいいの…………」


 二人の間に何があったというのだろう。


「私も薄々とは……」


 胸の奥深くにしまっておいた思いを引きずり出すように、一度だけ大きく深呼吸をすると、ようやく落ち着いたのか崎は話を続けた。


「多分、出雲くんが私の告白を受け入れてくれなかった理由は、他に好きな人がいるからだと前々から感づいていたわ。そして、おそらく出雲くんが好きな人は、あなた、万代くんよ」


「…………っ? 僕のことを? 出雲が? はあ……? 話が全く見えてこないんだが。今、万代くんって言った? ……んっ? 万代? いつもの呼び捨てじゃなくて。いやいや、そこはこの際どうでもいいか」


 あまりの予期せぬ崎のひとことに、返す言葉が見つけられなかった。


「出雲くんの口から直接聞いた訳じゃないことは、了解してほしいんだけど……。私があなたと出雲くんを見知った中二の夏から、ずっとあなた達二人を追跡してきた私が言うんだから間違いないわ」


 僕は、この段階においても崎の言うことの本意が飲み込めないでいた。


「私は、もしかしてあなたや出雲くん以上に、二人のことを知りすぎてしまったのかもと、少し……、いえ、大いに反省しているわ」


「はあっ……」


 僕は崎に対して生返事をするのがやっとだった。

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