崎の告白 そしてエンディングへ
第56話 一夜明け
駅舎の中に入って振り向くと、まだこっちをギッ”と睨み返している崎の姿があった。
あっ、そういえば駅前のコンビニでパンを……まあそんな事どうでもいいか。
しかし、今までの十五年間の人生で、今日ほど色々あった日も無かったかもしれない。
できればこの日の出来事、全て「消し飛んでしまえ!」「無かった事にできないのかぁあ?!」と心の底で叫んでみたい心境だったが、考えれば考えるほど深みにハマりそうで怖い。
電車に乗り込んだころには時計の針は二十三時を大きく回っていた。
やはり家に着くのは深夜0時を過ぎているのは決定か。
僕は、深夜の郊外をゆっくりとしたスピードで走る電車の心地よい揺れに身を預け、揺蕩いながら徐々に深い眠りに落ちていった。
意外にもその日の晩、正確には日が変わって翌日の深夜はぐっすりと眠れた。
あんなことがあった日の夜だから、一睡もできないことも覚悟はしていのが嘘のような見事な熟睡りぶりだった。
ただし、目覚めの気分は最悪だ。
理由は明白。
悪夢のような一日が甦って脳裏から離れない。
食卓では、両親がすでに朝食を取っている最中だった。
僕は、両親に朝の挨拶をすると、母親の用意してくれた温かい朝食をありがたく頂くことにした。
おやじも、おふくろさんも昨夜遅くに息子が帰ってきたことには一切触れず、朝のニュースと情報番組を見ながら、黙々と箸を動かしているのみだった。
この時ばかりは、我が家の子供に対しての放任主義というか、無干渉主義に感謝したのは言うまでもない。
朝食を軽く済ませて、重い足取りでマンションの自転車置き場で、いつもどおり自転車にまたがって、いつもどおりの通学路を鬱々とした気分で学校に向かってこぎ出した。
幸いにもその日は快晴で、湿気も無く、爽やかな朝の風が僕の火照った躰をクールダウンしてくれるかのように吹き抜けていた。
学校に到着すると昇降口には、幸いにも崎の姿はなかった。
さすがに昨日の今日だ。
崎と顔を合わせるのは、できれば避けてとおりたかったのは言うまでもない。
おそらく彼女のほうでも同じ気持ちだろう。
今日は二組合同で行われる体育の授業も無いし、お昼休みまではどうにか崎と接触することなく過ごせそうだ。
三時限目の国語の授業を終えて休み時間に入った頃に、僕のスマホにメールの着信があった。
メールを開くと、崎からだった。
『お昼休みはいつもどおりに、化学準備室で待ってる。出雲くんのお弁当も用意してあるから、四時限目が終わったら集合』といつもと変わらぬ、シンプルで要件のみの崎らしい文面。
昨日の出来事など、無かったかのような泰然自若な彼女らしい。
昨夜、僕と別れた後から翌日の弁当の仕込みに取り掛かったのだろうか?
パワフルと言おうか、タフと言おうか、崎の躰に漲るポテンシャリティにはつくづく頭が下がる……。
しかし、こっちはどうだ?
未だに昨日体験した未曾有の出来事、あるいは事変、いや悲劇的な事故の整理ができていない状態でいるというのに……。
いったい、どんな顔をして彼女と相対すればいいというのか?
そして、お待ちかねのお昼休み――本日は、やや沈鬱な気分で臨むお弁当タイムが来た。
出雲は席に着くなり、とびっきり最上級の「いつも悪いね、宮さん。こないだの弁当本当に美味しかったよ。今日も期待していいのかな?」と、爽やか笑顔でもてなしを素直に受ける。
「『宮さん』だなんて、他人行儀だわ。『崎』と呼んで」
おいおい、何時になく積極的じゃないか、崎さん?
それに応える出雲の返答も紳士的だ。
「『崎』ってのは、ちょっと気が引けるから『崎さん』と呼ばせてもらうよ。いいだろう崎さん」
崎は、嬉しさを全身で表現したいのを我慢するかのように、顔を紅潮させて、ただ「うん」と、一言だけ応答して、あとは机の下で僕の脚の脛をつま先で、ツンツンと二度三度つついた。
これは僕に対しての感謝の気持ちと受け取ってもいいのだろうか。
しかし、ちょっと痛い感謝の現し方だ。
出雲は「それじゃ遠慮なくいただきます」と言って、弁当箱の蓋を開けた。
いつもは、その後すぐに顔に似合わずガツガツと、男っぷりも食べっぷりも豪快な勢いで弁当に食らいつく出雲だったが、今日に限っていつもと様子が違う。
それもそのはず、出雲の前に開帳された弁当箱の中身に出雲ならずとも、目を疑いたくなる代物だったからだ。
なんだ、この巨大なフランクフルト・ソーセージは!?
その両脇にはお稲荷さんが二つ!
更にパセリが添えられ、彩りならぬヘアを描写!
これは説明のする必要も無いくらい、あからさまにズバリ、男性のシンボルを現しているだろう。
ちなみに僕の弁当にも出雲と同じソーセージが……、でも、出雲のよりやや小さめなのは、ちょっと納得がいかないのだが……。
そこに見え隠れする、崎の意図をどう解釈すればいいのやら?
崎は、出雲の箸が止まったのを気にしたのか、
「どうしたの、出雲くん? ソーセージ嫌いだったかしら?」
と、深い意味などないと言わんばかりの、菩薩のような笑みを浮かべている。
いやいや、深い意味当然あるでしょう?
出雲には、ちんぷんかんぷんかもしれないが、僕には崎の心の内が手に取るように分かるよ。
当然、昨日のアレ! が脳裏から離れないんでしょうか?
それとも無意識に?
自然な成り行きで今日の弁当のおかずを用意したってことなの?
出雲にしてみれば、男という立場であるとはいえ、さすがに度胸がいるはず。
女の子の真ん前で巨大なフランク・ソーセージを頬張ることに多少の抵抗を感じて、躊躇するのは普通の感覚として理解できる。
「遠慮しなく、さあ、召し上がれ」
崎の屈託のない快活な声が、化学準備室に響き渡った。
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