第59話 男と女と……
一見飄々と見える出雲神内という男(あえて男と言わせてもらう)の内部では、他人には外からは伺いしれない深い闇や、葛藤を抱えていたとうのだろう。
先の話が本当だとしたら……。
以前から出雲に対して抱いていた、薄ぼんやりとした違和感の正体がなんとなく説明できるようなきがした。
小中学校の修学旅行での出雲の振る舞い。
入浴の際の出雲のガードの固さの理由もここにあったのかも?
「彼のご両親は悩んだ末に男の子として育てる決心をして、担当医の勧めで卵巣と子宮の摘出手術を行ったらしいわ。小陰唇と膣口は……って、私に何てことを言わせようとしてんのよ?!」
「いやいや、君が勝手に自分から話し始めたんだぞ。どうせなら最後まで僕にも納得がいくまでの説明をしてくれよ」
崎も覚悟を決めたのか、吹っ切れた表情で話を続けた。
「つまり、陰茎の下に小さな膣口が口を開けている状態って言えばいいのかしら。まずは膣口の縫合手術が行われて、外見上は男の子の見た目を獲得した。その後体内にあった睾丸を引っ張り出して、切除した前腕部の皮膚と神経の一部を使って接合手術が行われ、手術は無事成功した。私が知り得た情報はここまで」
ここまでで十分すぎる情報量だろう。
「ちなみに手術の映像も大学病院のパソコンに保存されていたから、全部見たわ」
見たのかよ! すげーなお前、崎。君って子は!!
「心は男と女のバランスが崩れる時もあって、不安定な状態が長く続くこともあるらしい。戸籍上は男性だけれども、心の中までは覗くことはできない……。そのことで、彼が今までどれだけ、真実の自分を知るための確認作業を日々繰り返してきたことは想像に難くないわ。おそらくは他人がうかがい知ることのできない壮絶な葛藤を、彼は……」
崎は言葉を詰まらせ、気持ちだけで喋っているように感じられた。
「彼が自分の躰が一般的な性で区別できない存在だと知った時は、もしかして両親のことを恨んだかも知れないわね。彼の両親が神内くんを生んだ理由までは分からなかった」
――大学病院の通院履歴。
――カルテ。
――出雲の出生時の彼の両親の慌てふためいた様子。
そして、話は死産(堕胎)となった、僕の兄も同じ境遇だったらしいこと。
生まれるべきでなかったと、悩み続ける出雲。
生まないことを選択した僕の両親の選択は果たして正しかったのか?
その後、崎の口から語られる真実に、僕のアイデンティティーはかろうじてその形を保ってはいたが、崩壊寸前。
「いずれにしろ、将来出雲くんが一生を添い遂げようと選ぶパートナーが女性であれ、男性であれ。その隣に収まるのが私でないことだけは確かだわ。たとえ、それが万代……あなたであっても咎めたりはしない」
「おいちょっと待てよ。それでも君の出雲神内への気持ちは変わりないんだろう?」
崎はコクリと頷く。
「だからって、崎の一世一代の告白を台無しにすることはないだろうに」
「初めて、私のこと『崎』と呼んでくれた」
「えっ、そんなこと言った? 僕が?」
「言った!」
崎の目から、また大粒の涙がこぼれた。
しかし、頬を伝わる涙が先程までの涙と性格を異にしているのは、崎の少し和らいだ表情から伺い知れた。
「ちょっと待て、そこまで話を聞いてもイマイチ状況が掴めないよ。僕の知ってる出雲神内って人間は、常に相手の立場を慮るナイス・ガイだぞ。それは僕が保証する。本人に直接説明を求めてみるのが一番だ。今から出雲に掛け合ってみる」
「やめて! ……そんな事……。出雲君の意思は固いと思う」
崎は僕の手を強くつかんで必死に行かせまいとしている。
「でも、僕からしたらそんなあやふやな理由で……。あまりに残酷な最後通牒を突き付けられた君自身がそれで納得したのか?! あっさりと引き下がるなんて崎、君らしくない!!」
「ありがとう」
崎に感謝される謂れはない。
聞き取るのがやっとの、なんとか細く心もとない声だ。
こんな崎は見たくない。
見ているだけで、氷の柱が躰中に突き刺さるようだ。
僕と話す間に落ち着きを取り戻してきたのか、僕に近づいた理由を崎が本音で語ってくれた。
「今頃白状しても遅いとは思うけど……最初のうちは、どうして出雲くんがあなたに惹かれるのかを探ろうと万代に接近したの……。きっかけは私の予期しない不幸な出来事だったけれど、それはそれ」
「改めて、あの時は悪かった」
まあ、そのへんに関しては僕のほうにも非はあるし……。
「僕は君が思ってるほど、魅力的な男じゃないし……決して謙遜してるわけじゃないぞ。容姿だった自分で言うのも何だが、このとおり至って平凡、交際相手としては欠点だらけだと思う。出雲が僕に好意を? 『なにそれ?』『はあっ?』ってのが偽らざる気持ちなんだが」
「そうね、それには私も異論が無いわ」
そこは否定してもいいところだぞ、おい。
「良く言って、男性アイドルグループの……」
「下から二番目がいいところ、なんだっけ?」
「三番目に格上げしてあげても良くってよ」
ありがたいことにワンランクアップです。
「更に、無類の“おぱーい”星人でもある」
「なに? おぱーい星人って」
「そんなことは、君が知らなくてもいいことだ。知る必要もない。てか、どうでもいい」
「わざと話題を逸らそうとした! 何か、知られたら困ること?」
と、頭を左斜め十五度に傾ける崎。
「出雲くんは、こんなことも言っていたわ。『
そんな風にあいつと接した覚えは全然無いんだが、そんなんことを出雲は思っていたのか……。
「私にはあなたのような、たとえどんなに緊張感漂うピリピリした雰囲気の場であっても、その場の空気を読んでとっさに和ませるような秀でた才能は、悔しいけど持ち合わせていいない。最も不足してる部分なのは分かっているつもりだけど、それがなんとももどかしい。もっと人を癒す才覚がもっとあれば……」
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