第52話 宮家も系譜
気がつくと、外は陽が暮れたていた。
崎が気を利かせて部屋の電気をつける。
しかし、相変わらず白いビキニスタイルのまま……。
部屋の窓を開けると、家並みの向こうに昼と夜の間に漂う海が見えた。
「部屋から海が見えるんだな」
「ええ。海からは少し離れてるから潮風もそんなには感じないけど、夏の夕方には西からの風に乗って潮の香りが心地良いのよ」
崎は、腰高窓の窓枠に両手を付いて、外の景色を眺めている。
形の良いヒップを突き出した姿勢は、肉付きが良くてなおかつスラリとした長い脚が実に優雅で怖い物なしの美しさだ。
とは言え、そろそろ部屋着でもパジャマでもいいから、露出を抑えた格好に着替えてほしいものだ。
またいつ、股間の暴れ馬が頭を擡げてこないとも限らない。
ようやく平静を取り戻したせいか、ドッと疲れが出てきた。
全身から力が抜けるようで、フルマラソンを終えてゴールした素人ランナーってこんなんだろうか?
などと、僕が徒労感にどっぷり浸っているとは露知らず、崎は崎で緊張がほぐれたのか、今度はベッドに移動すると深く腰を下ろして足をぶらぶらさせていえる。
そのしぐさがなんとも可愛らしい。
「ねえ、お腹空いてない? 私お腹空いちゃった。もう、遅いから万代も家で何か食べてから帰る?」
「いいよ、駅前のコンビニでパンでも買って電車の中で食べるから」
なんとなく、崎から伝わる『遠慮しないで食べてけば?』の、無言の圧力を敏感に感じ取った僕はそれとなく探りを入れた。
「それとも、君が何か奢ってくれれば遠慮なくご相伴に預かりますが」
「私、お小遣い親からもらってないって前に話してなかったっけ?」
「そういえば、おじいさん、おばあさんからお小遣いを貰っているとか……」
「前にも言ったような気がするけど、スマホを買ってもらって通信費も親に払ってもらう代わりに、両親と約束したのが小遣無しって条件」
そういえば、崎と初めて遭遇した折にそんな話した気がする。
「でもその辺は怠りないわ。幸い母方の祖父母はこの家からそう遠くないところに住んでるし、父方の祖父母はマレーシアでセカンドライフを満喫中だけど、一年に一回は日本に帰ってくるの。その度に美味しい食事をご馳走してくれるから、金銭的な不自由を感じることは殆ど無いわ」
「へ~、すごいな。もしかしておじいさんって相当な資産家だったりして」
「どこかの会社の大株主で、株式の配当だけで十分生活が成り立つらしいと話には聞いてるけど、詳しくは知らないし興味もないから」
どんなセレブ?
「でも上手く取り入ってお小遣いを定期的に送金してもらってるの。海外からじゃお年玉やお小遣い直接孫にあげられないのが残念で仕方がないらしいのね。その代わりといっちゃなんだけど、私の近況をネット動画にして送ってやると喜んでもらえるから。おじいちゃん、おばあちゃん孝行をするのも孫の務めですものね。それと最近では仮想通貨での送金もしてくれるようになって大助かり」
どこが大助かりなんだ!?
リスクあり過ぎだろう!
「それじゃ、君のお父さんっておじいさんの起こした会社を継がなかったんだ?」
「祖父とお父さんは、だいぶ前からそりが合わなくって、祖父も最初から父に会社を継いでもらう気はなかったみたい。それで会社は有能な部下に譲って、本人は早期にリタイヤして海外で悠々自適なセカンドライフを満喫中ってことらしいわ。でも、現地で何か小さな会社を起こしたって聞いてるけど、その後どうなったのかしら?」
もし、ちょっとした歯車の狂いがあれば、僕なんかには手が届かないお嬢さんってこともあったわけ訳で、少し彼女を見る目を改めなければいけないのかも。
崎のお父さんが、どうして無双マミーこと宮都さんと知り合ったのか?
だって、おそらく当時高校一年か二年だぞ。
興味がないと言ったら嘘になる。
その馴れ初めも聞きたかったのは山々だったが、謎に満ちた宮家の深淵を探る勇気が足らなかったのは認めなければいけない。
「お母さんのご両親……特に、おばあさんは若くして君のお母さんを生んだってことだよな?」
「うん。母方の祖母は大きな酪農家の一人娘で、本来なら実家の家業を継ぐために婿を取るのが曽祖父母の希望だったらしいんだけど、デキちゃったのがあまりに早すぎたから……お母さんが生まれたのがって事ね」
「お母さんのお父親――君のおじいさんって何してる人?」
「祖母が引き継いだ農業法人の経営を援助しながら、今は地元の大学を運営してる学校法人の理事長をやってる」
「それはまた、立場上、厄介な……。デリケートな問題を抱え込んでしまったと頭を抱えたんじゃないのか?」
「母方の祖父はとても峻厳な人で。当時未成年だったお母さんが、大学生だったお父さんとの間に私を身ごもったものだから、もう怒りが収まらなかったみたい。で、勘当同然に家を追い出されたって聞いてるわ」
それっておかしくないか? 自分でも当時未成年だった君のお祖母さんを妊娠させた訳だろう。
ずいぶん身勝手な人だ。
「そして当然の流れとして、一人暮らしをしていた父のアパート……と言っても結構なマンションだったらしいけど、新婚生活をスタートさせたってのが私が生まれるまでの簡単な経緯。ちょっと口が滑り過ぎたかしら」
複雑な崎の家庭事情に触れ、心が鬱になった……。
「お小遣い問題に話を戻すと、ちょくちょくネットで商品を売ったりしてるのよ。だからそこいらの高校生以上に懐は潤っているかも」
「ちょっと待て、そこはスルーできないぞ。最近はそういう話聞かないが、まさか下着とか売ってないだろうな?」
「あり得ない! 見ず知らずの誰かさんに命の次に大切な女のランジェリーを売ったりなんてしないわよ」
崎は腕を組んで頬を「ぷ~っ」と大きく膨らませた。
そのしぐさがなんとも可愛らしくて乙女すぎる。
やればできるんじゃないか、男心をくすぐるギャルっぽい真似も。
しかし命の次って、大げさな……。
だったら一体何を売っていると言うんだ?
「ねえねえ、万代。もし仮に今あなたの目の前に八億円が転がっていたら、万代、あなたならそのお金どう使う?」
「どう使うって、やけに具体的だけど想像を絶する大金だなあ。それに八億円ってなにげに中途半端な金額だな……」
おい待てよ。もしかして本当にこいつ……。
いやいやそれはさすがにあり得ないでしょう。
「まさか君、冗談ではなく……」
「だから、仮にって始めに断っておいたでしょう? そんな大金、家賃月4万五千円の戸建て賃貸住宅に住んでる女子高生風情が持っているわけないでしょ」
それもそうだが……。
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