第51話 人は見かけによらぬ

 急に物分かりの良い母親ぶってきたよこの人。


 しかしながら、僕は断じて崎のお婿さん候補ではない! 

 そこだけは断固、否定さていただく!


「だから、くどいようですけど、さ……宮さんとはそんな関係じゃありませんからと、先程もちゃんと説明したじゃないですか? それに話をどんどん先に進めることはやめで頂けないでしょうか。彼女には、心に決めたお婿さん候補がいるんです」


「確かに、崎の話しぶりからすると、他に本命の彼氏がいるみたいな素振りだったわね。どうなの崎、その辺のとこは? 二股はだめよ、できれば一人に絞って強引に首根っこ捕まえて押さえつけなさい」


「もう、ずっとさっきから二人の話聞いていたんでしょう? 伊勢くんとは、今後もいいお友達としてお付き合いすることになるとは思うけど、それだけだって!」


 ああ、それが良いと思うぞ。


「あくまでこの人は、出雲君の当て馬っていうか、実験台っていうのか……何れにしろ、よほどのことか無い限り付き合うなんてあり得ないから!」


 あ、当て馬って!! 

 ひどい言われようだ……。

 本人を前にしてそれはないだろう? 

 そこだけは取り消してください崎さん!


 そうはいっても、僕の役目が出雲をその気にさせるためのそれだけとは……? 


 想像したくはないですが、当て馬の必要性あります?


 君は年がら年中発情中……あっ、いや失礼。

 いつでも準備オッケーのような気がしないでもないんですがねえ。


「そうなの? 早く孫の顔を拝ませて頂戴な、マイ・ドーター。その、崎の意中の人が……出雲くんだったかしら? そんなにいい男の子なんなら私も一度お目にかかりたいわ。ついでのあっちの性能の確認作業も……」


 だめだ、二人の会話に入っていけない。


「だめ、それだけは絶対に断固拒否! 命を賭けて阻止するから! そんなことしたら、例え血を分けた親子であっても決して許さないから!」


「そ~なの、残念。それじゃこの子は私が頂いちゃっていいのね?」

 と、僕の首に腕を回してムギュッと躰を押し付けてくる。


 だめだ、この女(ひと)……。


「それもダメ! まだ私の大望成就のためにも必要な駒なんだから」


 当て馬から駒に格上げ? 

 いや格下げ? 

 駒は駒でも捨て駒なんでしょうね、崎お嬢様。


「さすがに節操がなさすぎますよ宮さんも、お母さんも」


「そうよ、お母さん! 私の部屋から早く出て行って! 明日も授業があるんでしょう?」


 それまで置いてきぼりを喰らっていた反動からか、崎の声色には怒気を帯びていた。


 崎母は「じゃねえ、未来の補欠のお婿さん候補さん」とだけ言い残して、別れを惜しむように崎の部屋を出て行った。

 

「あれ? ところで君のお母さんって何やってる人? 授業って、もしかして学校の先生なの?」


「えっ? 言ってなかったかしら。普通に大学の准教授だけど」


「教授なの?!」


「准教授! たまにテレビに出てコメントしてるみたいだけど、あいにく我が家にはテレビが無いから一度も出演してるところを見たことないんだけどね」


 いや、そういわれてみるとどこかの局のワイドショーで見た記憶があるような気が……。


「『思春期における性衝動の抑制に関しての社会的考察』とか『ニートは猫とゴロにゃん』なんかの著作もあるわ」

 硬軟の振れ幅、半端ないんですけど……。


 そうだ! 


 メガネを掛けさせて、髪をひっつめに括って、不機嫌そうな表情をさせると、あ~ら不思議、テレビでたまに見かけることがある人物とピタリ一致するではないか。


 ちょっとした小道具(メガネ)と髪形や化粧を変えただけで、知的でアカデミック、権威がありそうな学者の出来上がりって、マジックみたいなホントの話し。


 しかも一気に十や二十は老けて見える?


「ああ、知ってるかも僕! 青少年の犯罪や非行事件があった時によく出てる人だ。昨日も少年犯罪の近年の凶悪化についてコメントしていた……、そうだあの人だ!」


「大学では、犯罪心理学とかその周辺の分野が専門みたいよ」


 しかし、俄かに信じがたい話だ。


 今しがたこの場で好き勝手していた、崎の母親が大学の先生?! 


 野に放ったら何をしでかすか分かったものじゃない危険人物・無双マミーが少年犯罪や青少年の非行に造形の深い専門家だってええっ?!


 嘘だろ?


 先ほどの白兵戦では知性の欠片も感じなかったような……。


「でもお母さん、日頃から『田舎の学者だからってギャラが安すぎ』ってぼやいているわ。東京の大学の先生で、芸能事務所と契約してる人なんか相当の額貰ってるらしいわよ」


「マジか?」


 実際、いくら貰っているのだろうか? 


 いやいや、額云々の問題では無い。


 猛烈な勢いの“無双マミー”という名の巨大台風が去っていった後に取り残された僕と崎は、しばらく言葉を交わすこともなく、台風一過のような静寂の中押し黙ってした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る