第36話 謎多き家族

 小さな六畳間に不釣り合いな大きさの、本棚だ。


 廊下側壁面全体を覆うような巨大といってもいいくらいのその本棚には、当然のようにびっしり本が収納されていた。


 ちらっと見ただけだが、年頃の女子高生が読むようなマンガやラノベの類はごくわずか。

 その大半は、一見して難解そうな専門書や海外のミステリーや古典文学作品で占められているようだった。僕のそんな様子を横で見ていた崎が解説を加えてくれた。


「その本はほとんどお父さんの蔵書で、転勤前に置いていった物なの。本当はまだお父さんの書斎にもあるのよ。でも、足の踏み場が無いくらい本で溢れかえっているから、その煽りで私の部屋まで侵略されてるって訳」


「へえ、お父さんって大変な読書家なんだなあ」


 と、気のない返事を彼女に返した。


「自分で言うのも変だけど……本の虫っていうのかしら。私もお父さんの影響で小さい時から、少し子供には難しめの本もお父さんに薦められるまま、次から次へ読み漁っていったのね。でもって、その結果としてそこに並んでる本は全部読破してしまったわ」


「ええっ、これ全部?!」


「これで全部じゃないって言ったでしょ。お父さんの書斎を占拠している、うず高く積まれた本も端から端までほぼ、ぜ~んぶ読みつくしちゃった」


 俄かに信じられないことをシレッという所が小憎らしい。

 正直僕は驚きを隠せなかった。


「あと、お母さんの分もあるんだけど、特定の分野に偏向してるからあまり興味を引く本は皆無かしらね」


 僕は目を閉じて、崎のこれまでの人生を想像してみた。

 クラスでもずっと浮いた存在だったんだろうな、と容易に想像できるエピソードだ。


 それにしたって、一日一冊ずつとしてもとても読み切れる量じゃないだろう? 


 中にはかなり難解そうな専門書や、研究論文の類もちらほら散見される。

 それらを読み解くには、辞書や副読本的なものが必要だろうと思われるのだが……、大学生やその道の研究者でも理解するのに容易ないはずだ。


 以前隣の教室をのぞきに行った時の光景が思い出された。


 休憩時間に――その時はまだ彼女と知り合う前の話だ。

 隣の組の様子を覗きに行ったことがあって、その時見たシーンはなぜか今でも鮮明に僕の記憶の片隅に残っている。


 教室のほぼ中央。クラスメイトとの関りを遮断しているかのように、見えない壁というかバリアを作り、一人座って文庫本を開いて読んでる崎のぼっち感といったら……。


 僕が初めて彼女を見て感じた通りの情景がそこにあった。


 変人? がり勉? 鹿島が以前指摘したとおり、そりゃあクラスでハブられても致し方ないか?


 中学時代もクラスで浮いた存在だたんだろうか? 


 友達は……、多分いないんだろうな。


 そう考えると、少し彼女が哀れに思えきた。

 家族だけが彼女の心の支えだったとも思えない。

 僕は素直な感想として、その疑問を崎に投げかけてみた。


「君のお父さんって、何やってる人?」


「お父さん? 別に普通のサラリーマンだけど……。でも転勤や長期出張が多いの。水プラントの設計者なんだけど、現地でトラブルがあったりすると真っ先に呼び出されることなんて日常茶飯事。今現在も中東の何処かの国に緊急の出張中らしいわ。そんな訳で、万代がさっき見た通り、お父さんのいない間のお母さんはフラストレーションがどんどん蓄積されていって……。とにかく色々なものが溜まって大変らしいの……」


 色々なものが溜まるって……。

 色々なもの正体っていったい何なんでしょうね?


 崎はその後の言葉を飲み込んで口には出さなかったが、言わんとしてる事は十分理解できた。


 あの天下無双マミーを目の当たりにした直後だから、なおのこと崎の話はかなり説得力を持って僕の胸に響いた……。


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