第28話 3人での初ランチ

 そして満を持しての三人でのランチタイムの日。


 場所は僕と出雲のクラス一年B組。


 昼休みに、前後の席同士、互いに弁当を広げてただ黙々と昼食を食べていると、なにか視線の様な――というより強力な思念とでもいったほうがいいのだろうか――そんな気配を感じた。


 気配を感じた方に目を向けるとそこには教室の入り口で物欲しそうな目線を向けている崎の姿があった。


 かねてよりの手筈どおり、崎を教室に誘いいれる。


 その姿にいたたまれなくなった万代が崎を誘いいれ、昼食に誘う。


 三人で、机を並べ囲ってのランチタイムだ。


 ここまでは事前に準備した手はず通りだ。


 しかしこの作戦、よくよく考えてみればあまりに無謀じゃなかっただろうか?


 クラスの中の空気が淀んでいるとでも表現すればいいのか、なんともいえない張り詰めた雰囲気を漂わせていることに気づいた。


 背中に突き刺さる冷たい視線が針のようにチクチク突き刺さってくる。


 それもそのはず、完全に部外者の他のクラスの女子生徒がクラス一番の、いや校内一番の人気者の真ん前に陣取ってイチャイチャ(彼女たちにはそう見える)してるんだから、心中穏やかでいられるはずもないのは当然。


(何なのあの子勝手に出雲君と一緒にお弁当広げて!)


(あの席は私が狙っていたのに、あの泥棒猫メ!)


(身の程ってものを知らないのかしら、あのクソビッチ!)


 などと、声なき声が聞こえてきそうな重々しい圧迫感を僕は全身に受け止めていた。



 僕が何をしたって言うんだよ……夢なら冷めてくれー!


 

 ――――夢?



 あれ……?

 

 マジで?


 どうやらナーバスになっているのは、崎だけでは無かったらしい。


 しかし、なんとも目覚めの悪い夢だこと……。


 今日がお弁当大作戦の決行日だということを、必要以上に意識しているってことの証なのだろうか?


 一抹の不安が僕の脳裏をよぎった。

 


 いよいよ、理科準備室での三人での昼食本番を迎える日がやってきた。


 できれば来ないで欲しかったのだが、現実は市井の一高校生を甘やかせてはくれない。


 取り敢えず、事前の手筈どおり、僕が一番手。


 続いて崎が、化学準備室に手作りの弁当を持って入ってきた。


 最後に出雲が教室に入ってくる。


 崎のガチガチに緊張している様子が、気の毒になるくらいこちらに伝わってきた。


 出雲には前もって僕の方から、今日の昼飯は崎を含めた三人で食べる、今日は昼飯の用意はしなくていい旨、予め伝えてある。


 崎は自分で作ってきた手作り弁当を広げ「よかったら、召し上がってちょうだい」と当然出雲に向かって勧めた。


「それじゃ、遠慮なく」

 

 さすがの、出雲も緊張というか、警戒心からだろうか? それとも得体のしれない魔物に襲われる気配でも感じているのだろうか?

 

 おそらくは3つ目の『魔物……』が最有力だ。


「あっ!」


 と、素っ頓狂な声を上げたのは崎。

 

 僕が真っ先に箸を伸ばしたことに対する諫止の「あっ!」であることは、彼女の顔を見れば一目瞭然。


 めっちゃ怖い、般若顔で僕を睨みつけている。


 弁当のおかずの中でも一番手が込んでいて、ふっくら美味しそうに焼きあがった卵焼きに手を付けようとすると、崎が脱兎のごとく僕の箸を手で払う。


「あなたは遠慮しなさい! 今の『召し上がって』は出雲くんに言ったの!」


 崎は、更にすごい形相で僕を睨み返してきた。


 そりゃそうでしょう。ええ、分かっていますよ。崎の反応も無理はない。


 しかし、会話が進展しない。


 すると、意外にも出雲の方が先に口火を切った。


「しかし、何て言っていいのか……、とにかくすごいボリュームだな。ホントにこれ全部、宮さん一人で?」


 崎が作ってきた出作り弁当を前にした出雲の感想は至極当然に思えた。


 彼が圧倒されるのも無理はない。


 確かに三段組の弁当箱にびっしり詰まったご飯と、色とりどりのおかずやフルーツの数々。


 あれだけ、気合を入れ過ぎて食べきれないほどの弁当は作ってくるなよ、と釘を指しておいたのが徒労に終わってしまったようだ。


「料理に関しては、家のお母さんあんまり積極的でないから、いつの間にか私が担当することになって……。だからこれくらいなら平気。今日のお弁当のおかずも普段から作り慣れてるメニューだし、でも正直味は保証できないかも……、でも決して美味しくないといった意味じゃなくて……」


 崎は、慎ましやかな態度で人格が一変してしまう。『借りてきた猫のように』とは、まさしくこのとこ表現するためにあることわざに違いない。


「料理だけは自身あるの……」


 またしても、楽しいはずのランチタイムを沈黙が支配する。


 崎が目配せをして、「何かきっかけを作りなさい」よ、と訴えかけてくるのが怖いほど伝わってきた。


 何とか崎の良いところがないかと思案を巡らせてみたが……、なんもない。


 褒めるところが見当たらない。


 いあいや、何かあるだろう。


 でもこの席で、スタイルがいいだろうとか、毒舌がキレキレでとか、四六時中お前の事を慕い思っている、……とかは絶対口にできない。


 しばらくは出雲も僕と崎も、黙々と弁当のおかずやご飯を口に運ぶだけで、そうこうしているうちにただ時間が非情にも過ぎていった。

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