第29話 上々の出だし……?

 ただ黙々と……。崎は、ただ黙々と弁当を食べて……。


 んん? んんんん!?


 えっ、何々!? 


 崎さん? えええっ!? 崎ってご飯を食べ始めると、他の事できない人な訳!?


 これじゃ、楽しいお弁当タイムなんて成立しないし、まして出雲との関係を進展させるとか無理だから。


 崎のたっての願いだから、僕も協力を惜しまなかったわけで……。


「宮さん。宮さん」


 僕は、二度、三度と崎に声を掛けてみた。


 しかし、反応が無い。


 聞こえて無いわけではなさそうだ。


 どうやら僕の推測に間違いはなかったようだ。


 崎はひとつの事に集中すると、それが成し遂げられるまで周りが見えなくなってしまう子とが判明。


 さて、このまま放置しておくわけにもいかんわなぁ……。


 若干の方向修正を迫られることになりそうだ。


「宮さん!」 


 次は少し大きな声で再度、崎の耳元に口を近づけて言った……というより怒鳴った。


 今度はさすがに彼女に僕の声が届いたらしい。


「えっ、何か言った? ばん……、伊勢くん」


「ふ~っ!」 


 僕は思わず大きなため息を吐いた。


「ちょっと食べる箸を休めて、話でもしないか? ほら、出雲も退屈そうだし」


 出雲は、ただ黙々と箸を動かす崎の様子を――向かうとこ敵なしのと断言してもいい――涼しげな眼差しで見守っていた。


「あれ、私? あっ、そうか……。ごめんなさい、私、ご飯食べ始めるとそれだけに集中してしまって、他の事に気が回らなくなってしまうの」


 やはりそうだったのか。


「で、何の話をしてたんだったかしら?」


「いやいや、話も何も、テレビの放送事故状態が一分間ほど続いていただけなんだけど……」


 崎は、あからさまに、『しまった!』といった表情で僕の方に目を向け、『どうしよう? やっちゃった!』と、アドバイスを求めてきた。


「そうだ出雲。近々バスケの公式試合があるんじゃなかったか?」


 うん。まずは、自然に差し障りのない話題から入るのが定石だろう。


「えっと、そうだな。来週末からインターハイの県予選が順次始まる」


「そうなのか? じゃ、今は大事な時期じゃないか」


「まあ、そうでもないさ。うちの現在のチームは優勝を狙えるようなチームじゃないし、当事者が言うのもなんだが、チーム全体の勝利への意識が希薄とでも言おうか……」


 出雲はそこで一度間を置いてからまた話し始めた。 


「一応目標はベストエイトに置いてると部長も日頃から口に出しているけど、どうなんだろう。そこまで本気で考えてる部員がどれだけいるのやら? ……って、のが僕の本音だ」


「お前がチームに加わってから、かなりのレベルアップが図られたって聞いたが」


「誰がそんなガセ流してるのやら……。それは買いかぶり過ぎだ。僕一人の得点力だって、やっと県レベルが良いとこだ。さらに上を目指すのなら、そうだな……、あとせめて僕くらいの選手が三人は欲しいところなんだが……」


 そう言うと出雲は少し表情を曇らせた。どうも、振った話題が裏目に出たようだ。


 場の空気が一気に冷え込んでしまった。


 しかし、今後も機会を作って三人でのランチタイムを設けるって話は、出雲の了解を取り付けることができたし、一応の収穫もあった初日といったところだろうか。


 崎のご機嫌もすこぶる良いのが何よりだ。

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