第21話 とりあえず試食タイム

 まだあの日の出来事は――僕にとっては単なる事故でしかないと思っているが、彼女にして見れば、心に負った傷が未だ癒えることない事件だったのかもしれない。


 彼女の心情に配慮して、ここは話題を元に戻したほうがよさそうだ。


 ちょうどお腹も空いてきた頃だ。


 早速崎の用意してきた塗り箸を手にとって、彼女の手作り弁当を恐る恐る、食味してみる。


 想像していたほどではないが、やはり美味しくはない。


「どう?」


「ううんん……、正直言って美味しくはない。が……そうかと言って不味いって程でもないかな」


 崎も僕に続いて黙々と、自分の作ってきた弁当のおかずやご飯を機械的に口に運ぶようにして食べはじめる。そんな崎の様子を窺ってるうち、ひとつの仮説が思い浮かんだ。


「もしかしたら、君の性格が弁当の味にも出てるのかも」


「えっ? そんな事ってあるのかしら?」


「あくまで僕の私感や推量でしかないんだが、味に”やわらかさ”が無いっていうか、”奥深さ”を感じないとでも言おうか、”とんがった味”……とでも評したらいいのかな?」


「なんかその指摘、当たってるぽくって悔しい」


 崎が下唇を噛む様子を見て、ちょっと「言いすぎたか?」と、自分の発言を反省した。


「なんか負け惜しみみたいで癪なんだけど、一応塩分やカロリーには気を配ってるから」


「栄養面でも別に申し分ないようだ」


 僕は少し間をおいて話しだした。 


「僕にひとつ考えがあるんだが、聞いてくれるか?」


「なによ、改まって」


「君を前にして少し言いづらいんだが、君自身も自分の作った弁当には納得していないってことはなんとなく伝わってくる」


「まあ、それは認めるわ」


 大いに不本意ながらそれを認めざるをえない、とでも言いたげな崎の表情は暗く冴えない。


「今、思いついたんだが、僕の考えを言っていいか?」


「何を遠慮してるのよ」


「そうだな。多少付け焼き刃的になるかもしれないが、君の作る弁当のレベルアップに貢献できないか考えて……。早速なんだが、明日からでも家で実践してみないか?」


「家って、万代の家ってこと?」


「そりゃそうだろう。僕が君の家まで出向いていくのは現実的ではないし」


「…………」


 崎が、長い時間を費やして我がQ高校へ通学していることは、僕のみならず多くの生徒に知れ渡っているのは事実だ。

 遠距離通学の学生を追ったドキュメン番組へのオファーが来そうなくらいにね。


「幸い、演劇部の舞台も……、色々な紆余曲折はあったが、なんとか無事終えることもでき、部員たちはすでに秋の文化祭に向けた準備を始めたところだ。部外者の僕は当分お呼びがかかりそうにない。まあ、顧問の榊先生と部長の神主先輩はことある毎に僕を引きずり込もうと企てているようだが……」


「それじゃ私、お弁当のメニューを考えとくわ」


「的確なアドバイスができるかどうかは未知数だが、実は家のおふくろさん――元看護師なんだが、実は調理栄養士の資格も持っていてだな、姉貴が家を出てから、家庭で料理を担える人材が不足していている現状から否応なくとでもいうか。おふくろさんの指導を受けながらちょくちょく夕食を、たまに朝食も僕ひとりで作るなんてこともあるんだ。まあそんな訳で日頃から、料理の手伝いとかをさせられてるせいもあって、結構料理にはうるさいぞ」


「じゃあ、自分でお昼のお弁当作ってくるなんてことも……」


「いや、それはない。おふくろさんも仕事が忙しいから、弁当作ってくれるのは仕事が休みの時だけだ。その他の日は、購買の菓子パンで済ませてる」


 おふくろが、朝早く起きてせっせと、僕とおやじの弁当を作る姿を見るにつけ、感謝はしつつも、僕にはとてもできそうにないと感じていた。


「料理の腕前は別にして、味の良し悪しに関しては的確なアドバイスができると……、まあ、偉そうな言い方だが、そんな気がするんだ」


「期待してもいいのかしら?」


 崎は、口角を上げてニヤリとしながら、さり気なくプレッシャーを掛けてきた。


「おふくろさんが、仕事で家を開けてる日にしたほうが何かと都合がいいだろう? だからとりあえず三、四日だけ我が家で弁当を作って、翌日二人で試食してみよう。その後は君が自分の家で作った弁当を持参する、でいいな? 日時は事前に僕から君に知らせるよ」


「それじゃ、それまで楽しみに待ってる」


 そう言うと、崎は全身から喜びが溢れ出るのを抑えきれないかのように、両腕を伸ばして前で組むとクリリと一回転した。そしてこころなしか機嫌良さそうに、今まで僕に見せたことのない、年相応の少女のような無邪気な笑顔を浮かべたのであった。


 人目をはばかることなく、喜びを隠さず表現する崎を見るのはこの時が初めてのような気がした。

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