第20話 崎の手作り弁当

 翠葉祭を終えて数日後、僕は昼食を共にしようと崎を屋上に誘い出した。


 が、しかしすでに数組のグループが弁当を広げてランチタイムの真最中だ。


 さすがに人の目が気になる。


 あえて屋上にこだわる必要はないか?


「こんな時を予測しってことではないのだが、ひとつ僕に心当たりがある。念のため君のスマホで“詮索”という名の“検索”で確認をしてもらえないか?」


 僕は心当たりのある場所を崎に伝えた。


 周囲を気にする事も無く、二人で気兼ねなく昼食を取れる所となると、さすがに限られてくる。


「容易い御用よ。いまやってみる」


 そう言って、崎はスマホを取り出す。


 指先を巧みに使って、あっという間に結論を導き出したようだった。


「化学準備室、確かにいいかも。お昼休みは都合よく空いている」


 わが校に二人いる理科教官同士の仲がすこぶる悪いことは、校内では周知の事実だった。


 昼飯くらい、互いに別々の場所で食べたいのだろう。


「うん、それは好都合だ」


 僕と崎の二人は屋上を後にして、特別教室棟の三階に向かった。


 特別教室棟の化学室に隣接す化学準備室が本日の昼食会場だ。


「ここ鍵が壊れていて、誰でも自由に出入りできるってことは僕も事前に確認済みだ。でも、念の為あたりに人の気配が無いか注意しながら、なっ」


 教室のドアは難なく開いた。


 僕の後に続いて崎が中に入る。


 しかし不用心な学校だ。大丈夫かいなこの学校の管理態勢は……。


 化学準備室に入るなり崎は至極真っ当な不満をもらした。


「なんか薬品臭い」


「だから穴場なんだって。今さっき君も見ただろう、あの屋上の光景を? あそこは人目を引いて困る。変な噂が立つことは君にとってもまずいんじゃないのか。出雲に知られたら、君の計画も全て水の泡ってことになるが、それでもいいのか」


「うん……」


 どうやら、彼女も納得してくれたようで安堵した。


 準備室内のほぼ中央には縦二メートル、横三メートルほどの長方形のテーブルがあった。


 僕は壁際に立てかけてあったパイプ椅子を二脚、両手で抱えて、テーブルを挟んで向かい合う形に据えると、崎は「ありがと」と言って腰を下ろした。


「さあ、遠慮なく召し上がれ」


 崎は、二段に重ねられた弁当箱を二つ並べる。


 僕は「それじゃ遠慮なくいただきます」と言って、容器の蓋を開けて中身を確認した。


 崎も僕に続いて弁当箱を開ける。


 どうやらどちらの弁当も中身は同じようだった。


 二つに分離された弁当容器の、片方の容器にはゴマ塩を振ったご白米、もう一方の容器にはおかずがギュウギュウ詰めに入れられていた。


 一見して、美味しそうに見えない弁当の典型例と言えそうな弁当だった。


 味云々以前に、全体的に『茶色』いのは頂けない。


 唯一目を引く緑色の品が、おかずの入った容器の片隅に見えるが……なんの野菜だろう?


 よ~く、目を凝らしてみると、これは『寒天(かんてん)』か? 


 緑色に着色され、厚さ五ミリほどの厚さに四角く切られた緑色した寒天ゼリー? 


 デザートって位置づけでいいのだろうか? 


 崎に説明を仰ぐと、薄緑色をした寒天ゼリーは緑茶と緑色の食用色素で色付けされているとのことだった。


 メインはコロッケのようで、その横に糸コンとひき肉の醤油味(?)の炒めもの。


 里芋の煮ころがしは少し食欲をそそる。


 銀色の小分けカップにはヒジキと大豆の煮付け。


 これは栄養のバランスを考えての事だろうか?


 ざっとこんな感じの弁当だったが……。


 前日の夕食の残り物をただ詰め込んできただけといった、正直美味しそうにない弁当だ。


「あまり美味しそうじゃないな」 


 僕は見たままの感想をストレートに口に出した。


「あなたの分も同じ中身だからね」


「ああ、そうだった」


「はじめに言っとくわね。……責任逃れする訳じゃないんだけど、家のお母さんあまり料理上手なほうじゃないから、ほとんど台所仕事は私の分担なの。身もフタもない言い方をすると、世間で言うところのいわゆる手抜き料理。夕食はたいてい私が冷蔵庫に残っている食材で、手っ取り早く作ることが多いの。お弁当はたいていが夕食の残り物を適当に弁当箱に詰め込んで、はい出来上がりってパターンが多いかも」


 僕の思っていたとおりの答えが返ってきた。


「そこで僕からの提案があるんだが。だったら少しだけ……いや、この弁当を目にするとかなりと言い換えるべきか……。まずは弁当作りのスキルアップを図った後、気合の入った手作り弁当で出雲のハートを射止めるっていうのはどうだ? ちょっとベタだが……」


 崎は途端に目を輝かせて僕の話を食い入るように聞いていた。


「よく言うだろう、男をモノにしたいのならまず胃袋からって」


 崎の反応は分かりやすい。大きく目をさらに見開いて僕を見据える。


「それ、いいわねえ。さしずめ『お弁当でプロポーズ大作戦!』ってとこかしら」


「プロポーズって……気が早すぎだろ。まあ、告白は機が熟すのを待ってからにしろ。慌てる必要もない。じっくりと攻め落とせば良いんじゃないか?」


「何言っているのよ?! この瞬間にも出雲くんにちょっかい掛けようって、彼に言い寄っている“ハイエナ・ビッチ”がいるとも限らないでしょ!」


 ハイエナ……って、ひどい言われようだな。


「これでも一応、この高校で一番競争率の高い男子に狙いを定めている自覚くらいあるわ。そんな悠長なこと言っている暇はこっちにはないの。私は本気だし、必死なのよ!」


「確かに言われてみれば、アレだけの高い顔面偏差値に高身長、人徳のある人柄に品格に満ちた佇まい、教師も一目置く授業態度、等々。例えを挙げれば枚挙にいとまがないくらい、どれをとってもMAXの出雲を狙っている女子は学年の上下を問わず、もしかしたら男女の有無も問わず……」


「その通りよ、万代。あんたも以前同じようなこと言っていたじゃない。忘れたわけじゃないでしょ、あの時の放課後の教室で……」


 と言いかけて、あの日の出来事がフラッシュバックしてきたのだろうか、崎は急に口ごもると下を向いてしまった。

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