第19話 崎のクラス
おふくろが、仕事で朝早く出かける時の僕の昼食は、学校の購買で買う菓子パンと牛乳だ。
その日も4時限目終業のベルとともに、脱兎のごとく教室を抜け出し、一目散に校内の端にある食堂や購買のある棟を目指して走り出した。
生憎、1Bの教室は購買のある棟からは一番離れた場所にある。
それ故、お目当てのパンにありつけるかどうかは、いかに他のクラスの生徒より早くたどり着けるかにかかっているのだ。
何とか目当てのジューシー焼きそばパンと卵サンドを手に入れ、1Bの教室に戻る途中、ふと隣のクラスの崎の様子が気になって1Cの教室をのぞいてみた。
崎の姿はすぐに見つけることができた。
教室のほぼ中央、ドーナツ状とでも言おうか、油に食器洗剤を垂らした状態とでも言おうか、一人だけぽつんと椅子に座って、やや猫背気味に弁当のおかずを箸でつまんでいた。
崎の全身から、『話しかけないで』、『ほっといて』、『一人にしといて』といった、雰囲気のマイナスオーラを発散しまくっていた。
あれじゃ、友達もできっこない。
崎くらい、はっきりとした物言いをする女の子は今の時代そうそういない。何かと空気を読むことを強要される今日の日本社会では、さぞ生きづらかろう。
そんな崎の様子を見るにつけ、彼女の現在のアイデンティティーがどのように形作られていったのかに興味が湧いてきた。
崎の周りには見事にクラスメイトの姿はなかった。
各々気の合う友人と机を並べて楽しい昼食タイムを満喫中である。
想像していた通りの光景を目にし、僕は両肩を落とした。
するとその両肩に触れる手の感触があった。
「どうした万代、我が校のアイドルを愛でに来たのか?」
その声の主――鹿島須直は言った。
振り向くと、いつも通り屈託のない笑顔を浮かべ、僕の肩に腕を回すと頬ずりをしてきた。
「ええい、やめろー! 気持ち悪い! 離れろよ!」
「ええっ? いいじゃん。俺と万代の仲じゃないかぁ」
僕は強引に鹿島の顔面を右手ひとつで押しやる。
「いい訳ないだろう! お前と違って、変に勘違いされたら、困・る・ん・だ・よ、こっちは!」
「わりー、わりー。お前も参道の顔を拝みに来た口だろう。あいつなら屋上だと思うぞ。晴れてる日は仲のいいグループ四、五人で車座になってのランチタイムだろう」
「いや、そういう訳じゃないんだが……」
「なに照れてんだよ。同じ学校に、しかも隣のクラスに、我が校男子の羨望を一身に集める有名人がいるんじゃ、落ち着かない気持ちも分かるからさあ。なあ、そうなんだろう? 素直に認めちゃえよ」
さすがに、教室の真ん中で一人、弁当を食べてる子を見に来たとは言いづらい雰囲気だ。
「そうか、残念だな。じゃ、またにするか。今度、参道とやらの最新情報の提供頼むわ」
鹿島は学校一の事情通なのは既出済みだったな。
僕がそう言って踵を返して自分のクラスに戻ろうとすると、「おい見ろよ」と、鹿島が俺の肘をつかんで教室の中を見るように促した。
「あいつ、まだハブられてるのかよ? ほら、教室の真ん中で一人、昼飯食ってる女子いるだろ?
宮って言うんだけど、また今日も『ぼっち飯』かよ、なんかこっちが気の毒になるよな」
「…………」
さすがに、こちらから切り出すことに躊躇いを覚えた僕だったが、鹿島の方から話題を振ってきてくれて助かった。
「クラスでいじめにでもあっているのか、あの子?」
「どうなんだろう? 多分そこまで深刻ないじめではないと思うんだが、あいつも少し変わったところがあるからな。こっちから用事を頼んでも『うん』とか、『分かった』と受け答えするだけで、不愛想にも程があるだろう」
「一昨日だったけか。一人本を広げて読んでいた子かなぁ?」
「ああ、多分そうだろう。授業も真面目に受けてるし勉強はできるようなんだけど、もう少し周りと打ち解けるっていうか、クラスの一員としての自覚を持つっていうか、そういった配慮があってもいいと思うんだが……」
おそらくそれは期待薄だな。本人の性格を知っていたら、そのような期待を崎に望むことは鹿島でもないだろう。
一度崎と二人で昼食を食べながら、崎と出雲とのマッチング作戦を練るのを急いだほうがよさそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます