第22話 スーパーで

 僕が普段贔屓にしてるスーパーは、高校からの帰り道の途中にあった。


 自宅マンションと高校のちょうど中間あたりに位置していて大変都合が良い。


 郊外の何でも揃った大規模スーパーと違って、こじんまりとした店舗で、僕はこのくらいのスーパーがサイズ的にちょうどいいと思っている。


 その分商品の価格が他よりやや割高だが、その分を割り引いても余りがある。


 営業時間も朝九時から夜十二時まで営業してくれるのは助かる。


 夜十時くらいに店を訪れると、一人暮らしのサラリーマンやОLが、遅い夕食のメニューを買い物かごに投げ込んでいる姿をよく見かける。


 一通り品数も揃っているし、店内の雰囲気も明るく清潔な感じで、店員への教育も細かいとこまで行き届いていて、気分よく買い回りができるところにも満足している。


 そんな感想を新たに抱いている僕のことなど眼中に無いかの様に、崎はスーパーへ入店すると我先に食品売り場に直行した。


 手元には事前に食材のリストを記したメモ用意が握られている。


 僕は、さっさとショッピングカートを押して店内に入っていこうとする崎を呼び止めた。


「ところで、肝心の出雲の好みというか、食べ物の好き嫌いについてはちゃんと調べてあるんだろうな?」


「あっ!……」


「あっ! てなんだよ。そこがいの一番に抑えておくべき部分じゃないのか?」


「彼スポーツマンだし、若いし、躰も大きいから、偏食なんか無いもんだとばかり思っていた……」


 僕は思わず頭を抱えてしまった。


「まあ、小学校からの付き合いだから、出雲の食についての好き嫌いは君より僕のほうが通じているかも知れないな。小学校の給食で、あいつが食べ残しをした記憶もないし、何でも美味しそうに食べる印象しかないな」


「それなら、私の考えてきた献立でいけそうじゃない?」


 崎はそう言うと、縦横十センチほどに切られたチラシの裏側――だろうか――にメモ書きされた弁当のメニューと思われる紙切れをヒラヒラさせた。


「手にしてるとそのメモ、明日の弁当のメニューか? ちょっと見せてくれないか」


「いいけど……」


 彼女は少し納得がいかない様子で、そろりとそのメモを僕に手渡した。


 メモはやはり、新聞の折り込チラシの裏面のようだった。


 しかも墓石屋の広告の裏面って……、まあ、そこはこの際どうでもいいか。


 そこに書かれていた弁当のおかずを記したメニューは、当然、崎本人が手書きした物だと思う。


 彼女の書く文字はその時初めて見た。意外なほど丁寧な字体で書かれていて、几帳面さと大胆さを併せ持ったような、女の子の書いた文字というよりは男が書いたような文字が並んでいた。


 さて、肝心の弁当メニューのほうだが……『鶏の竜田揚げ』、まあこれは定番だな。


 次いで『だし巻き卵』、これも定番だが結構難敵だぞ。


 なになに『ポテトサラダ』これは後ほどダメ出しをしておこう。


 続いては『インゲン豆のゴマ和え』、これは栄養と彩りのバランスを考えての選択かな。


 次は何かな? 


 ふんふん『豚肉の生姜焼き』、えっ? 


 さっき『鶏の竜田揚げ』あったよね? 


 メインは二つも要らないだろう。


 次を見るのがやや不安になってきた……。


 続いては『鮎の塩焼き』、って……、料亭や割烹じゃないんだから! 


 悪い予想ほどよく当たるとはよく言ったもので、次のおかずを見た時は少しめまいを感じたよ。


『フライドチキン(手作り)』って何だよ! 


 まさかのダブルチキンじゃね―か! しかもカッコ手作りって、そこはケン○ッ○ーのフライドチキンでよくないか? 


 てか、それ以前にフライドチキンって、ご飯のおかずとしてどうなの? 


 世間の一般的な常識ではOKなの? 


 少なくとも我が家の常識ではそれは「無し!」だわ。それとも関西での”お好み焼きはご飯のおかず”って、あの流れなのか? 


 僕と世間とのギャップが知らない間に広がっていたとか? 


 まあいい。


 僕は気持ちを切り替えてメモの続きを目で追った。


 怖いもの見たさも手伝って、こわごわ次なるメニューに目を移すと、そこには更に異な文言が……。


 おっと『茶碗蒸し(手作り)』、まさかの茶碗蒸し様のお出ましだよ。


 しかも、期待を裏切らないカッコ手作りのおまけ付きだよ!


 更に『ブロッコリーとニンジンの温野菜!』……これは普通か。


 次に……、まだあるのか? 


『さといもの煮ころがしのひき肉アンかけ』、これはヨダレが出そうで旨そうだ。


 次で最後か、なになに『フルーツの盛り合わせ(各種)』、スナックやクラブ、水商売系のメニューか!?


 僕はわざとらしく、「ハーッ」と大きくため息をついた。


 要するに、崎の気合が空回りしていたって解釈でよさそうだ……。


「なんとなく、万代の言いたいことは分かるけど、私の得意メニューを書き連ねていったらそんな感じになってしまって……」


「よ――く、分かった。少し……、というかほとんど削ろう」


 僕はそう言うと、カバンからボールペンを取り出し、崎の書いたメモに今回はご遠慮願うメニューに棒線を引くことにした。

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