第12話 崎の嫉妬?
少しだけ、僕と蕾との出会いについて簡単に触れておこう。
僕と蕾が親しくなったわけは、母親同士が高校の親しい同級生という間柄だったという事が関係している。
その二人が再会を果たしたのは、互い結婚してたまたま同じ日に、道を挟んで向かい合ったマンションに偶然引っ越してきたせい。
なぜだか蕾の母親がいつも万代のマンションの部屋を訪れる時は蕾も一緒に連れてくるものだから、自然と僕と蕾は一つ部屋で一緒に過ごす時間が多くなってしまう。
母親同士の長話もその一因なのだが……。
僕の部屋は3LDKのマンションの入口からすぐの六畳ほどの洋室。
窓は北側に面していて、常にやわらかな陽が差し込んでいる。
室内はベッドと机、机の上には父親の御下がりのパソコンが置いてある。
ちなみに僕の父親の職業は、働き口を求めている医師と病院や医療機関とのマッチングをする会社らしいが詳しい業態はよく分からない。ただし、母と知り合ったのは父の会社が関わっているらしいことは二人から聞いて知っている。
この辺の事情に関しては僕より、崎に聞いた方が詳しそうだ。
まあ、実際のところ両親が出会った若かりし頃の話など、子供にとっては知りたくもないし、興味が無いと言ってしまえばそれまでなのが……。
崎は、僕の部屋に入るなり部屋をさっと見回す。
「へえーっ、意外と片付いているじゃない?」
そう言って、事前の予想に違わず部屋のあら捜しを始める。
「おいおい、あんまり散らかさないでくれよ?」
崎が僕の注意も耳に入らないふりをしているのは見え見えだ。
「高校生の男子の部屋に入るなんて初めての経験だけど、昨晩のオカズは何だったのかしら? グラビアアイドル? それとももっとケバい化粧で大人の色気を振りまくAV女優さんかしらね? で、当然その後始末が必要なはずなのだけど……?」
崎はごみ箱の中を覗いてみたりして、探偵気分でも味わっているのだろうか。
「さて昨日のお楽しみの後の形跡はっと……」
今度は部屋の隅にあるごみ箱をあさりだした。
「おい、勝手にそんな……」
そもそもオカズとか、意味わかって言っているのか、この子?
昨晩は、風呂上がりに猛烈な睡魔に襲われて、ベッドに直行したんだっけ……。
そのまま爆睡したおかげで、崎に醜態をさらけ出すといった辱めを受けずに済んだのは幸いだった。
崎は早速ベッドの下をのぞき込んで見る。
まあ、真っ先にそこを捜索するわな……。
「う~ん、ここじゃなさそうね?」
どうやらそこにはお目当てのブツは見つからなかったらしい。
続いて、勝手に机の引き出しを開けて中を隅から隅までチェックすると、挙句の果てにパソコンを起動してブラウザのブックマークを片っ端から開くに至っては、僕の口は開きっぱなしだ。
さらに、画像ファイルの入ったフォルダを開いて中身を確認する。
もう、やりたい放題、好き放題の限りを一通りやりつくすと、どうやら納得したようだ。
すると、崎はようやく本題の話を切り出してきた。
「さっき、あなたのお母さんが言っていた、つぼみ? って、子はなに?」
やはり母親の焚付に食いついてきたか……。
「ああ、蕾の事な。ささげつぼみと言って……ああ、ささげは捧げるの、『捧』な。で、母さんの親友の子でこのマンションの向かいに住んでいる。時々蕾のお母さんが茶飲み話をしに家に来るのだけど、その時一緒に付いてくるからしょうがなくこの部屋で暇を潰して帰るだけ。時間が来ればさっさと帰って行くし、ただそれだけの関係ってとこかな」
当然、それで納得する崎で無いことは承知しているが、やはりと言うか予期したとおり追及の手を休めてはくれなかった。
「若い男女が同じ部屋にいて、何も無いなんてオカシイわっ!」
「別におかしくなんてないだろう、僕はゲームしたりしているし、蕾の方は本棚からコミックを引っ張り出して、ベッドに寝転んでただ淡々と読んでいることがほとんどだ。母親同士は世間話や旦那の愚痴を言い合っているのだろうけど、その間の時間潰をしているだけで、他に何があるって言うんだよ?」
当たり障りない受け答えでこの話題にケリをつけようとしたが、そう簡単には食い下がらないのが崎の性格。
「ほんとにそれだけ?」
と、腰をかがめてワザと下から首を曲げ、僕を見上げながら悪戯っぽく大きな目をぱちくりさせた。
なんとも男心をくすぐるような視線で迫ってくる。
「他に何があるって言うんだよ?」
「つぼみって子、可愛い?」
「まあ、何ていうか……、普通だな」
「普通って怪しい。それに『普通』なんて女の子に対して失礼よ」
「じゃあ、『普通に可愛い』なら納得か?」
「ほらやっぱり。本音では綺麗だと思っているんじゃない!」
崎に、『綺麗』って言われ、あらためて蕾の容姿を思い浮かべてみる。
確かに魅力的なのは薄々感づいてはいた。
問題は性格というか――性癖とでもいった方がいいのかもしれないが――内面に大いなる問題があることは、今ここでは触れないでおこう。
「万代の家に来るたびに、リビングではなくあなたの部屋に入ってくるって事はやっぱ、あなたに関心が大有りって事じゃないの?」
「ないない。ほとんど会話らしい会話もないし、お互いの友人の事や学校での出来事をたまに報告しあう程度で。まして、二人してどこかに出かけたりなんて事も今までに一度だってないよ」
「それ、デートって事? ふ~ん、心の中ではいつか彼女をデートに誘い出そうと画策している事の深層心理のあらわれじゃない?」
「デート? まさか……」
そうは言ってみたものの、自分でも思ってもみなかった心の奥底を覗かれたようで、少しくすぐったい様なバツの悪さを覚えたのも確かだった。
「何なら、今度紹介するよ。自分の目で確認すればいいさ。そうすれば二人の関係が特別なものじゃないってことは、君ならすぐさま見抜けるはずだろうよ」
彼女の性格を見切った、僕の落ち着いた応えに「ふうん……」と、一言だけつぶやいて、言葉に含みを持たせて崎の追及は意外にもあっけなく終了した。
不満げな面持ちながら、崎がこの話題にはこれ以上突っ込んでくることもなかった。
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