第9話 崎の誤算

 そして彼女の関心は、なぜ僕が完璧にシミュレーションした行動を逸脱した動きをしたのか? に移ってきた様だ。


「それはそれとして、まだ大きな疑問は残ったままだわ。肝心なのはあなたの行動よ。私の、的中確立九十九.九九%を誇る予測では今頃、春の学祭の目玉である創作演劇『ネオ何とかがどうたらこうたら』の舞台稽古も一区切りついた時間帯のはず。その後は上級生と下級生の親睦会という名目のモグモグタイムの真最中でしょ。こわ~い諸先輩方に囲まれ、あなたの性格で簡単に抜け出すことなどできやしないじゃない? そんな、立場的に圧倒的に不利なあなたが、どうしてここに居るのよ? ちょっと変だわ? もしかして良からぬことをやらかしにこの部屋に……。明らかに不自然な行動をとっているわ、白状なさい! どうして本来ここに居るべきでは無いあなたがこの場所に現れたのか? さあ! さあ! さあ!」


「そう言われても……ただ……」


「あっ、もしかして、このクラスに好きな子がいるのね。その女の子のリコーダーをこっそり吸いたいとか? そうなのね? 絶対そうだわ! 潔く自白してすっきりした方が、気が楽になって精神衛生上良いに決まっているのは自明よね」


「あのなあ、そもそもリコーダーなんて持って来ている生徒なんていないだろう、小学生じゃあるまいに……」


 なんともあきれ果てた名推理だ……。

 開いた口がふさがらないとはこのことだ。


「想像が飛躍過ぎだよ。僕はだだ、劇の台本を忘れたから取りに戻っただけなんだけど……」


「そんなはずはないわ。だって、さっきあなたの机を含め、教室中の机の中を確認したんだから。その中に今年上演予定の演劇の……なんて言う劇だったかしら?」


「『如何にしてネオTOKYOは美魔女ゾンビ軍団に斯く蹂躙されたのか?』だけど」


「そう、その『如何にしてネオTOKYOは美魔女ゾンビ軍団に十人抜きされたのか?』劇の台本は無くなっていたわよ」


 おいおい、題名が企画物AVのタイトルみたくなっていよ……。


 そこまでリサーチ済みかよ? 古今東西の名探偵も真っ青だな。


「君もおっちょこちょいだなあ。ちゃんと台本のタイトル確認しかったのか? 俺が持って行ったのは、去年の新入生歓迎会の舞台劇の台本で……なんて言ったか……そうそう『月の裏側に造られたテーマパークは暗黒ウサギの裏結社と化した件についての考察』だったかな? (しかしどうして毎年毎年ラノベのタイトルよろしく長ったらしく、勿体ぶったような演目名なんだ? しかも全編演劇部員たちによる書下ろしのオリジナル劇って事らしいから、無駄に気合が入っているんですけど……)ほら、その席のちょうど後ろの席だから、教科書とか入れている物入れを見てみればわかるよ」


 そういわれた彼女はスカ―トの乱れを整えながら席を立った。


そして一つ後ろの僕の座席の机の物入れの中を覗き込んで、中から一冊のノート大の冊子を取り出し、表紙に目をやった。


「確かに……」


 彼女が手にした台本の表紙には、仰々しくおどろおどろしい字体で『如何にしてネオTOKYOは美魔女ゾンビに斯く蹂躙されたのか?』と著されているはずだ。


 彼女は、台本の表紙に書かれたタイトルを長い間「そんなはずは?」 と、いった表情で何度も目を左右に動かしようやく納得したようだ。

 彼女の台本を広げた手がかすかにふるえている。


「だろう、それを取りに来たんだって」


 それでも納得しない崎は食い下がる。


「そもそもどうして二年生と三年生だけで演じられる出し物に、一人だけ一年生のあなたが劇に参加するのよ? 裏方ならわからないでもないけど、ちゃんと台詞もある役を振らてるじゃないの」


 流石はペンタゴンも真っ青の凄腕ハッカー女史で在らせられる。


「まあそれには多少の事情というか経緯があってのことなんだが、話が少し入り組んでややこしいから省くけど、ざっくり言ってしまえば、クラス担任の榊先生の強引な押しに僕が抗いきれなかった事になるのかな?」


「で、それがあなたの取った、不遜で犯罪的な行為の反証になんてどうしたらなるっていうの?」


 もしかして今までの経緯を無かったことにしてはくれないかといった、淡い希望を持っていたのだが、もろくもそれは彼女の一言で打ち砕かれた。


「良かったら一度、舞台の稽古を見に来るといい。本番まではまだ数日あるし、もしかしたら君が今一番遭いたい男子生徒に会えるかもしれない……かも? な」


 直後、教室に『パン!』という乾いた音が轟いた。


 彼女が両手を机に、力強く押し付け勢いよく立ち上がった時の音だ。


 僕の顔をやや下から見上げた彼女は意外にも、身長たっぱがあった。


 幼さを感じさせる髪形と小顔で丸顔のせいもあってか、勝手に小柄なイメージを持っていたのが間違いだったようだ。背丈は百七十センチかそれ以上あるかも知れない。


 互いの目線の位置から大体推測はできるが、試しに彼女に身長を尋ねてみた。


「君、意外とは言ってはなんだが、結構、背高いな。何センチくらいあるんだ?」


 彼女は頬に人差し指を突き立てて、少し考える仕草をしながら答えた。


「そうね、百七十センチ少し超えるくらいかしら? 入学直後の身体測定では百七十一だったような……」


「へ~っ、そうかそんなに……」


「でもあれからまた少し伸びたかも。直近では百七十二センチくらいが一番正確かしら」


 そう言うと、彼女は手のひらで頭のてっぺんを撫でる仕草をした。


 未だ成長途上ってとこですか……


「なによ。なんなら体重も教えてあげましょうか?」


「いや、さすがに女性に体重を聞くのは、躊躇われるっていうか、遠慮したほうがいいかなと……」


 背の高い女の子の中には、高い身長をコンプレックスに感じている子も多いと聞く。


 どうやら百六十七、八センチと百七十センチオーバーでは天と地との差があるらしい。少しサバを読んで過少申告をするケースも少なくないのだろう。


 しかし、この子は、高圧的な態度とは裏腹に、案外根は正直なのかもしれない。


 外見の見た目や、体型、身なりなどよりもっと大切なものがあるということだろ。


「そんな話より、さっきの話、本当なんでしょうね? 出雲君もその『演劇』に出るっていうの? バスケ部の練習でそんな余裕ないはずだし、何より私の得た情報にはそんなのないわ!」


 僕は、今時三文役者だってしないだろうってくらいベタな、鼻をこする仕草で、少し胸を張って言い放った。


「そりゃ、たった今しがた仕入れた鮮度抜群の情報だ。まだほんの一握りの人間にしか伝わってないはずだからだろう」


 彼女は驚きの表情を隠すことなくこの話に飛びついてきた。

 

 どうやら、この時点でようやく僕を単なる覗き見男でないことを、渋々認めてくれたようだ。


「一応自己紹介しておくわ。私の名前は、崎。宮崎。趣味は読書と出雲くん観察。あとは水泳と……、下手だけど料理かな?」


 補足説明をしておくと、彼女の名前は宮崎という。『みやざき』ではなく、少しややこしいが、苗字が『宮(みや)』で名が『崎(さき)』という。クラスは隣の一年C組でこの学校の学区外から通っているということだ。


 クラスでは若干というよりはかなり浮いた存在らしい。

 これにはここまでの経緯を見れば十分納得できる。


 学校へは電車通学。

 自宅は詳しくは語らなかったが、かなり遠方から通っているらしいとの事。

 兄弟姉妹はいなくて一人っ子。


 補足説明に関しては、中学時代からの親友・悪友・盟友? いや迷友とでも言っておこうか、鹿島須直(こいつはなぜだか知らないが校内の女子事情にやたら精通している)からの、信頼すべき情報筋によってもたらされた情報提供が役に立ったと追記しておこう。


 ちなみに鹿島は、もう一人の僕の数少ない友人で幼馴染でもある、捧蕾ささげ つぼみにゾッコンなのである。それ故、何かにつけ僕に秋波を送ってくる。どうやら蕾とお近づきになりたいらしく、上手く彼女との仲を僕に取り入ってもらおうという魂胆がミエミエだ。


 しかし僕だけが秘匿している幼馴染の捧蕾の隠された性癖を知ったら、今後も情報を提供してくれるかどうか……。


 そうなると自分にとっては大変都合が宜しくない。であるからしてその辺の事情は、ぎりぎりまで隠し通しておいたほうが得策なのは疑う余地もない。


 と、崎との第一次接近遭遇は、ここまで。


「僕の自己紹介は……必要なさそうだな……。じゃ、僕は舞台稽古があるからこれで失礼するよ」


 崎はまだ話し足りない様子だったが、僕は彼女に別れを告げると、舞台の台本を握りしめて西陽で充満した教室を飛び出していった。

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