第8話 崎の『索敵魔法』が炸裂

 話題は、僕がなぜこの場に居合わせたかという問題について移る。


 なぜなら、彼女は100%この時間、このクラスに今校の生徒や教師が来ることなどないということを、あらゆるシミュレーションで確信していたらしいのだ……。


「氷川さん三嶋さん、八坂君と鶴岡君と豊川君の帰宅部五人はすでに帰りの電車に乗ったのは確認済み」


 えっ、なになに一体どういうこと?


「多賀さんと鳥居さんはこの時間、部活の練習で北渡り廊下の上で共通の嫌いな女子の悪口をあれでもか、これでもかってくらいに言い合っているはずだし。玉置さんと春日さんは、毎週木曜日は学習塾でイケメン講師の湊川とかという三十男(妻子持ち)に見とれている時間帯。成績の方は大丈夫かしら?」


 出雲にお熱の君の成績も心配だよ。君だけを不問に付す訳にはいかないような気もするんだが……。


「ちなみに、クラス全員の成績をここで披露することも可能だけどそれは、あなたは興味おなさそうね」


 彼女の情報調査報告は続く。


「愛宕山さんは家で弟と妹の世話をしているはずよ。継母に言いつけられ渋々夕飯の準備をしながらも、携帯で乙女系恋愛シミュレーションゲーム、刀剣戦士・シリーズの最新作『王妃は剣士ナオトのキスで恋に堕ちる? Ver.2.1』に夢中のはずね。日枝君は駅ビルの書店のラノベコーナーの異世界転生物コーナーで平積みになっている新刊書を、メガネの中の眼をぎらつかせながらチェックに余念がないはず」


 怖い。怖いワ、この子……、えっ、まだ続くのか、この超展開!


 いやな予感ほどよく当たる。さらにこの子の無茶苦茶な熱弁は続くようです。


「……大神(姉)は陸上部に駆り出されていやいや駅伝のロードワーク中で、今頃は水梨川左岸を走っている最中。交際八日目の初々しい平潟君と因幡さんカップルはショッピングモールでイチャイチャして周りの事など無関心……、もういい加減、交際相手のいない人への当てつけは止めてって感じ」


「えっ? あの二人付き合っていたの?」


「そんな事くらい、今この手にしているスマホ一台あれば十分可能。複数のアプリと、高度な検索機能を複数駆使すれば分かるわ、その程度のこと。 まだ試みた事はないけど、やろうと思えば合衆国の国防省所(ペンタゴン)のコンピューターネットワークにだって侵入できるかもね」


 と、どこにでもあるごくありふれたスマートフォンの画面をこちらにかざし、「セキュリ―ティーが甘いっていうか、脇が甘いっていうか、そういう脆弱なサイトがネットにはいくつもあるのよ」と、ことさら誇らしげに言った。


「ちょっとだけ種明かしをしてあげる」


 聞きたくも無いのだが、そんなマジックの種など……。


「私は『索敵魔法』と呼んでいるんだけど、あなたもそう呼んで構わないわ」


 索敵? 魔法? 呼んでやるものか! やりませんよ~~~だ!


「セキュリティー会社の××の××アプリと大手地図会社の××の○○アプリと、大手通信会社の社内ベンチャーでサイバーセキュリティ―を主に担っている××の社員向けアプリの○○と、内閣官房室の××と××の○○回線を接続する××に侵入して、公安のとある部署の特定の地位以上に与えられているIDを××して○○する事で、大体のことは網羅できるのよ。あとは、プロファイリングを駆使すれば完璧ね」


(核心に触れる部分は一部伏せ字を使っていることをお詫び申し上げます)


 最後のほうの内閣官房なんたらや、公安のとある部署っていうのが相当気になるんだが……、そこにはあえて触れないでおこう。


 どうしてそこまでクラスメイトや先生の予定、趣味から当日の動向をスマホ一台と自分の記憶力だけで事細かに、国家レベルで把握できているのかは現時点では不明な点が多すぎる。僕の理解が及ぶ範囲外であることは間違いなく、僕もこれ以上この件には踏み込まないよう心がけることとしよう。


 凄まじいスピードで進化するIT技術のせいで、あちらこちらに思わぬ綻びや弊害が表面化してきていることは広く知られている。一般企業では倫理観の欠如、いわゆるモラルハザードが問題になっているし、個人においてはルールを公然と破る者の出現も、安易に容認してはいないだろうか?


 この子に限っては、大丈夫と言い切れる自信は僕には無い。むしろ僕に課された役割は、この子の暴走に歯止めをかけることにあるように思えてならない。箍が外れたら元も子もない。


 しかし、当の本人が、

「努めて悪用はしないと断言するわ」

「できれば、ここで今後その……、『索敵なんとやら』を封印すると約束してほしいんだが」

「『索敵魔法』よ。そうね……」


 彼女はしばらく目を閉じ腕組みをして、たまに「う~ん、う~ん」と何度も唸り声にも似た声をもらし、時間を掛けて熟考しているようだ。


「分かった。金輪際『索敵魔法』は封印することにする」


 と、強い調子で公言する、彼女の言葉をひとまずは信用するよりなさそうだ。


 しかし、一抹の不安は残る。

 お願いするから、僕を巻き込むのだけは遠慮願いたいものだ。

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