第2話
「んん……」
快眠、とまではいかなかったが久しぶりの睡眠を味わった僕は、制服のズボンのポケットからゴソゴソとスマホを取り出す。
「9時42分……1限が終わる頃か」
2限目から授業に出るか否か考えていると、ベッドの周りを囲うカーテンがシャーと開けられた。
「起きたのね、中島くん」
「松村先生、ベッドお借りしました」
「見たらわかるわ。少しは顔色が良くなったみたいね」
養護教諭の松村先生に体調を診てもらうと、精神的な物が原因の睡眠不足だろうと言われた。
「もう少し休んでてもいいわよ。確か1組だったわよね、担任の先生には伝えておくわ」
「ありがとうございます。……あれ、そういえば隣のベッドにいた人は」
「いるけど?」
「うわっ!」
隣のベッドのカーテンが開くと、先程助けてくれた少女と、ベッドテーブルの上に教科書やノートが置いてあるのが見えた。
「うわってなによ、人をオバケみたいに」
「ご、ごめんなさい!……それは?」
「一限の課題」
「え?」
保健室で一限を受けている?と考えた僕の頭の中には、保健室登校という単語が浮かんだ。
「あっ、ごめんなさい。邪魔して」
「大丈夫。もう終わるところだから」
「そ、そうですか」
などと会話をしている間に、松村先生は居なくなっていた。
……気まずい。
「ねえ、中島」
「は、はい!って、僕の名前」
「今松村先生が呼んでたでしょ。私は伊藤楓、アンタは?」
「……中島晶」
「アキラ、ね。さっき精神的な物が原因だって話してたでしょ?何があったの」
「それは……」
正直、僕はこの伊藤楓という少女に対する第一印象で4:6で苦手側にカテゴライズされた。
助けてくれたのはありがたいが、いきなり呼び捨てにしてきたり人の事情にズケズケと入り込んでくるのはあまり感心しない。
僕は少しムスッとした気持ちになりながら、逆にこちらが質問をすることにした。
「伊藤さんは、なんで保健室登校を?」
「楓」
「へ?」
質問してすぐに返されたので、言葉を理解するのに時間がかかる。
「えーっと……僕も名前で呼べってこと?」
「ん」
無言で頷かれた。
こいつは人との距離感が近過ぎるとは言われないだろうか。
「カエデ……さん」
しばらくじーっと見られたが、まあいいかというようにため息を着くと、伊藤楓はようやくまともに話し始めた。
「私もメンタルよ、PTSDってやつ」
「PTSD」
確か事故やいじめ等のトラウマが本人の意思とは無関係にフラッシュバックしたり、悪夢を見たりするような症状だっただろうか。
「……アンタは?」
伊藤楓は、僕が自分と似たような境遇なのかを確かめたがっているのだろうか。
……まぁ、勝手に言ってきたのは向こうだが、相手にだけ言わせるのもフェアではないか。
「別に何かの診断がついているわけではないんだけれど、人から好意を向けられるのが苦手って言うか」
「うん」
「誰かに明確に好かれたりすると、気持ち悪さとか吐き気が込み上げてくる」
「誰かから告白されたの?」
「うん、目の前で吐いた」
「それで眠れなくなって保健室に来たの?」
「いつの間にか教室に噂が広まってて、居づらくなった」
「ふーん……」
伊藤楓は考え込むような素振りを見せると、おもむろに口を開いた。
「アキラも……来る?保健室」
「今保健室にいるんだけど」
「そういう意味じゃない」
「わかってる」
僕は1度ベッドに倒れ込んで、腕を後ろに組んで考える。
考えて、いつの間にかハンガーにかけられていたブレザーを手に取った。
「2限目から授業に出るよ」
伊藤楓は驚いたように一瞬目を見開くと、寂しそうに笑った。
「そっか、アキラは強いのね」
「……また来るよ、カエデさん」
「がんばれ」
僕は手早く身支度を整えると、保健室を後にした。
伊藤楓……悪い奴ではないのかもな。
次にいつ保健室に来ることになるかはわからないが、僕はなんとなく、縁のようなものを感じた。
誰かを好きなあなたが好き @seita1026
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。誰かを好きなあなたが好きの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます