ある勇者の使命の旅の前の話①
俺に秀でた物は無い。平凡な出生、平凡な体、平凡な家庭に平凡な能力。
取柄なんて物も無い。強いて言うなら真面目だといろんな奴から言われるくらいだ。
だから真面目であろうとした。何せ、自分にある唯一秀でたと思える物だったから。
真面目であろうとした。そうすれば、いつか報われるだろうからと愚直に信じてきた。
それが幻想であると気づいたのはいつだったろうか?少なくとも中学生の頃はまだかろうじて信じていたような気がする。
本格的に気付き始めたのは、高校に入ってからだったと思う。
高校生になってからも、俺は馬鹿みたいに真面目にやっていた。しかし徐々に、だが確実に、周囲の者と差がつき始めていたのだ。
おかしい。俺はそう思った。
授業を真面目に受け、糞つまらん先生の話を糞真面目に聞き、部活にも入らず寄り道もしないで早々に帰宅していた。
テスト勉強だって1週間前からやっていた。
それなのに、教室でバカ騒ぎして、馬鹿の一つ覚えみたいに同じことを繰り返して下品に笑っている奴らの方が、俺よりずっと成績が良かったのだ。
おかしい。俺は困惑した。
訳が分からない。どうしてあんな連中があんなに評価されているのだ?
そして俺は気付いた。結局のところ何も持っていない奴がいくら努力しようが、才能がある奴にはどうやったって追いつけないという現実に。
努力は報われる。そんな神話はいかにして出来たと思う?
簡単な話。ほんの一握りの天才をひがんだ負け犬共が、現実から目を逸らす為に生み出したのだ。
努力すれば(その言葉の前には死ぬほどという単語が本来ついていたのだが、負け犬共はそれすら消し去った。誰も苦労なんかしたくないからだ)いつか必ず天才を追い抜ける。
テレビなんかでも良くやってるだろ?『貧乏な奴』が『努力して這いあがって』社長になっただのオリンピック選手になっただの。
そこにはある言葉が抜け落ちているのを見逃してはならない。
『貧乏な奴』じゃない。『貧乏だが超天才』が『死ぬほど努力して這いあがって』社長だのオリンピック選手になった。
これが本来の文だ。
なぁ、俺が言いたいこと、分かってきただろ?
そうだ。そうなのだ。努力すれば報われるという言葉は、実は負け犬たちへ向けた言葉じゃないのだ。
超天才共が超天才の中からさらに飛躍するための言葉だったのだ。
何という皮肉だろうか。自分たちが生み出した言葉が、自分達へ向けた言葉じゃなかったなんて。
だがそれなら超天才じゃない糞真面目な努力家はどうすればよいのだろう?
俺はどうすればいいんだ?そんなことしたって意味なんか無いのに。
どうして俺は未だ糞真面目なままなんだ?その真実を悟ってから何年経った?高校の時だぞ?今いくつだ?もう大学も2年目だぞ!
何故未だにしがみつく?なぜ捨て去れない?そんな生き方をしても、報われる事は無いというのに…。
☆
ステップ1 武器の使い方を知ろう
異世界へと道進が召喚されてから1週間が経った。
1週間経ってなお、道進は訓練所でただひたすら弓を射ていた。
召喚された初日、勇者の武器を選ぶ時間で、道進は弓と槍を選んだ。
その理由は単純で、戦いになったらリーチが長い方が有利というセオリーにのっとって、彼はそれを選んだのだった。
そしてこの世界には例にもれず魔法という不可思議極まる攻撃方法があり、それを併用して使えるようになれば戦いで優位に立てるとのことなので、真面目な彼はある程度戦い方が身についてから城を出る事に決めていた。
矢をつがえ、弦を引き、狙いをつけて、放す。
今度は外さない。風切り音と共に、放たれた矢は音を立てて的のど真ん中に突き立った。
弓で戦うどころか使い方すら知らなかった道進だが、1週間の訓練を経た今では何度撃っても狙った通りの場所に矢を撃ち込めるほどになっていた。
驚異的な成長速度である。
勿論彼にそんな才能があった訳も無く、神々の力を与えられた結果、驚異的な成長力を得ていたのだった。
「だいぶ良いです」
「そうですか」
指南役の兵士は道進の成長速度に舌を巻いた。これならすぐにでも実戦で使えるようになるだろうと道進に太鼓判を押し、次に槍の使い方を教えている指南役の方へ彼を向かわせた。
こちらも同様にすでに実戦に出しても問題ないほどになっていると指南役に背を押され、道進は最後に魔法を教えてくれている魔術師の下へ向かった。
こちらの方はなかなかすぐに上達とはいかなかった。他の武器はまだ現実味があるからこそ、いわゆるしっくりきたからこそ呑み込みが早かった。
しかし魔法の方は完全に未知。全く予備知識の無い状態からのスタートだったので、習熟に苦戦した。
しかしそこは神の力。苦戦したものの、それから一夜開ければ見違えるほど魔法の腕前が上がっており、指南役の魔法使いが仰天して思わず口をぽかんと開けて呆然としたほどであった。
「素晴らしいです。とても昨日今日魔法を使い始めた者の精度とは思えません」
「そうでしょうか?」
褒めちぎる指南役の魔法使いに、道進は疑わし気な目を向ける。
「当然です、あなたが魔法の訓練を始めてから何日経ちました?」
「…5日ですかね」
「そうです!5日!たったの5日であなたはそこらの魔法兵なんかよりもずっと高出力の魔法を放てる様になったのです!御覧なさい!」
魔法使いは興奮して早口でまくし立てながら後方を振り返った。
そこには本来彼が訓練用に作り出した大岩があったのだが、たった今道進が撃ち込んだ魔法によって木端微塵に砕かれていた。
「私は自慢ではないですが岩魔法が得意でしてね!強度には絶対の自信がありました!現にこの時まで訓練で私の岩石を砕いた魔法兵はただの一人もおりませんでした!ですがあなたは砕いた!素晴らしい事ですよこれは!さすが神の力!」
「…そうですね。すごいですね『神の力』は」
神の力。人知を超えた大いなる存在の力の一部。それまではただの凡人に過ぎなかった道進が、それを得ただけでこの国でも有数の魔法の使い手が作り出した魔法の岩石をたった数日間訓練しただけで破壊できるようになった。
自分如きの身に宿るものとしては過ぎた力。そしてそれは今まで彼が築いてきたものを全て含めてもまるで叶わない程の価値がある代物だった。
その大きさは彼の全ての印象を上塗り、覆い隠すほどで。
短い会話ながら、道進それを痛感した。
指南役の魔法使いが見ているのは道進であって道進ではない。彼らが見ているのは、彼に付与された力、神の力だ。彼はそれに付随している器にすぎない。
道進は目を細める。
先に旅立った3人はそうではなかった。あの3人は神の力に食われないだけの強烈な個性や存在感があった。だからこそあの3人は旅立つときに盛大に祝われたし、旅立った後も残された者たちから期待する様な話がそこかしこで囁かれている。
自分はどうだろうか?
ぺちゃくちゃと一人で盛り上がっている魔法使いから目を離し、自分が破壊した岩の残骸へと目を向ける。
果たして俺が旅立ったとして、彼らは俺の事を話してくれるだろうか?
道進はとっくりと考えてみたが、それを考えたところで詮無きことだという結論に達し、早々に思考を打ち切った。
そんなこと考えている場合か馬鹿馬鹿しい。下らんこと考えている暇があったら少しでも訓練に時間を費やせ。
道進は自らを叱咤し、頭を振るった。
それに、と道進は付け加えた。
たとえ彼らが俺について話してくれたところで、だから何だというのか。
「はぁ…、すみません先生、時間が惜しいので、次の工程に行ってもらっていいですか?」
道進はうんざりとしたようにため息を吐き、それから未だくっちゃべっている指南役に声をかけた。
「―――だからこそ我らが神は偉大であり…やや!これは失礼!やや興奮しすぎましたな!申し訳ない『堅実の勇者殿』!え~地水火風の基本4属性の訓練はこれでいいでしょう!後は自主鍛錬でお任せします!では勇者殿は次に『例外属性』である光と闇の訓練を!」
我に返った指南役は謝罪し、彼の要望通り訓練を次の段階の訓練法を彼に教えた。
例外属性の使い手はそう多くない。指南役も初歩の初歩が使える程度で、あとは道進が自らほぼ手探りで鍛え上げていかなければならない。
それに加え、武器の訓練。あるいは武器が無くても戦えるように徒手戦闘の訓練もあり、やる事が一気に増えた。
道進は身につければならない事の多さに思わず眩暈を覚えた。
しかも時間制限付きときたもんだ。全くヤになるね。
心の中で、道心は一人ごちた。
ただまぁ今までと違ってやればやるほど身に着くのだから、モチベーションが高い分マシな方か。
たとえそれが自らの力でなく外付けの力だったとしても、今は確かに彼の力であるのだ。
その内消えてなくなるような仮初の力でも、使えるに越したことは無いのだ。
そう自らを納得させ、休憩もそこそこに、さっそく彼は教えられた光魔法についての訓練を開始した。
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