ある勇者

@sanryuu

プロローグ

序章 ある世界

 我々の世界とは異なる世界『イセカニア』で、大事件が起きた。



 かつて神に封印された魔王が目を覚まし、人界に現れたのだった。



 魔王は降り立った大陸で最も栄えていた王国ダイナリに目をつけ、4体の魔物の将軍『我らこそ巨人なりタイタン』を率いて戦いを挑んだ。



 ダイナリ王国は突如現れたこの人類種の天敵に対応する事も出来ずに壊滅。たった一夜で人口5万を誇る王都から人の気配が消え去った。



 この大事件はあっという間に大陸中の国々へ広まった。



「ダイナリが滅んでしまったのならば、次に攻撃を受けるのは我が国だ!」



 そう声を荒げるのは大陸で2番目の大きさを誇る大国『セカド』の国王である。



 彼は直ちに大陸中の国々へ使いを送り、総勢20万にもなる大軍をダイナリ王国へ派遣した。



 しかし。



「何という事だ…」



 絶句して思わず立ち尽くしてしまい、絞り出すような声で呟いたのは総勢20万人の兵と1000体の飛竜部隊を率いる大将軍『ダイリニン』である。



 彼の視線の先にはもはや記憶にあるダイナリ王国とは似ても似つかない王都が映っていた。



 全ての建築物が大理石で作られた純白の王都は漆黒に沈み、建物は徹底的に破壊されていた。



 都に人の気配はなく、遠目でもわかる程魔物が辺りをうろついていた。



 嘗ては荘厳で威厳すら感じた王城は醜く歪められ、今では魔王の寝床に相応しい地獄城と化していた。



 あらゆるものを阻み、そこに住む者の安寧を守る30メートルの高さを誇る城壁は、その役目を果たせず無念に打ちひしがれるかの如く黒ずみ、逆に人類を阻む不可侵の壁となって将軍たちの前に立ち塞がっていた。



 軍団の中からも、かつてのダイナリと今のダイナリとの変わりように嘆き悲しむ声が聞こえていた。



 それと同じく、このような事をしでかした魔王への怒りと憎しみの声も聞こえてきた。



 将軍も同じ気持ちだった。



(ダイナリ王国、まさかこのような形で終わりを告げようとは…口惜しや!どうせ終わらせるのならば、せめて国と国同士で正々堂々と決着をつけたかった…)



 ダイリニンは悔しそうに顔を歪めた。



 そしてダイリニンたち人類軍は魔王への怒りを燃え上がらせ、その心のままに突撃しようとした。



 その時。



 晴れやかだった空はたちまち暗雲に包まれ、世界は闇夜の如き暗闇に包まれた。



 突然の出来事に、たちまち兵たちは騒然となった。

 将軍も突然の出来事に驚きを隠せない。



 だが将軍として狼狽える訳にもいかず、揺れる心を何とかして抑え込み、浮足立った兵を諫めようと声を張り上げた。



 しかし、その瞬間将軍の声をかき消すほどの大音声が天上より轟いた。



 声の主は自らを魔王と名乗った。



『グワハハハハ!聞けい人間どもよ!我こそは大魔王サタン!かつて貴様らの神が封印したこの地上の真の支配者である!大国ダイナリは滅んだ!やがてはこの国の様にこの大陸中の国々を滅ぼしてくれようぞ!手始めにまずはお前らからだ!行けい我が配下よ!』



 魔王の言葉と共に、4体の魔物の将軍を中心とした津波の如き魔物の大群が、恐れ戦く兵たちに襲い掛かった。



 恐慌状態に陥った兵たちと魔物たちとの戦いは酷くあっさりと決着がついた。



 というのも、誰も彼もパニックに陥りとても戦える状態では無かった上、戦えたとしても魔物の量は人間軍の倍以上も多く、尚且つそれを率いる将軍の魔物たちの強さに、たとえ戦ったとしても全滅する時間が少し伸びただけだったであろう。



「おのれぇ~…おのれぇ~…恨めしや魔王!」



 絶望的な状況で、それでもなお将軍は抗っていた。



 頼りにならない兵を押しのけ、自ら前線に出て刃を振るい、魔法を放って幾多の魔物を蹴散らしていった。



 しかし多勢に無勢。個人でいくら強かろうと、やはり個人は個人。物量の差はいかんともしがたく、次第に勢いも衰え、体長2メートルを超える狼の魔物に片腕を食い千切られたのが決定的となり、ついに英雄は地に沈んだ。



『グワハハハハ無様だな将軍!フェンリル、その敗北者を噛み殺せ!』

「御意」



 魔王の命にて将軍の前に来たるは、先ほど将軍の腕を噛み千切った張本人の狼の魔物だった。



「くそ、殺せ!」

「お命頂戴」



 観念した将軍はせめてもの抵抗とばかりに立ち上がり、両手を広げていっそ堂々と自ら殺されに行った。



 フェンリルはその姿勢を買い、ひと思いに将軍の胴体を噛み千切った。



「私が死んでも次が来るぞ!その次が死んでもまた次が来るぞ!人類を舐めるな!いつか必ず人間はお前の心臓を穿つ!」



 将軍は噛み千切られ、上半身と下半身が泣き別れになっても泣き言一つ漏らさず、憤怒と憎悪の鬼の形相で、目の前の強大な魔物を通して魔王へ向けて呪詛を吐いた。



『ふふふ抜かせ弱小種族め。虫けらがいくら来ようが怖るるに足らぬわ!我は魔王であるぞ!』



 魔王は英雄の呪詛を一笑に伏した。今までも同じように呪詛を残して死んでいった者を何人も見てきた魔王からすれば、将軍の言葉などそれこそ取るに足らない戯言でしかなかった。



「ググーッ!恨めしや魔王!」



 英雄は憤懣やるかたない気持ちで、魔王を睨み据えた憤怒の形相のまま壮絶な死を遂げた。



『グワハハハハ!脆い!脆弱!何たる弱さか!この勢いのまま、人界を滅ぼしてくれようぞ!行けい我らこそ巨人なりタイタン!人間どもを恐怖に陥れるのじゃぁ!』



 魔王の命を受けた4体の魔物の大将軍たちは東西南北に散り、あらゆる村、町、国へ、攻撃を仕掛けた。



 たちまち大陸中に阿鼻叫喚の悲鳴が巻き起こり、穏やかで平和な時代を謳歌していた人々を地獄に叩き落とした。



『やっべやっべやっべ!魔王起きてんじゃん!何で何で何で?!』

『おいどうすんだ!?創造神様ですら封印するのがやっとこさな相手、人間じゃ歯が立たんぞ!』

『封印が解けるのは早くて1000年後じゃなかったのォ~!?』



 一方、天上より人界を見守っていた神々もまた騒然となっていた。



 神の一柱が言う様に、魔王が目覚めるのは早くて1000年後という周知の事実があっただけに、この魔王来襲は彼らにも想定の外だったのだ。



『かくなる上は勇者を召喚するっきゃねぇ!!!』



 神々の内で最も力のある女神『ステバチ』が、美しい顔を苦渋に歪めて、ある決断を下した。



『やはりそれしかないか…』

『出来る事ならこの世界の人間たちに何とかしてほしかった…』



 他の神々もそれしかないと割り切っているのか、皆苦渋の表情で渋々頷いた。



『なら早くしろ!』

『もうやってるよォ~!今残ってる一番デカい国であるセカドの国王にその事を伝えて儀式させてるよォ~!』

『で か し た !!!』



 そうして、神直々に勇者召喚の儀式を執り行うよう命ぜられたセカドの国王は藁にもすがる思いで異界より勇者を召喚する事に成功した。



 召喚の儀式より現れたるは神々に力を与えられた



 国王は召喚された4人の英雄たちをこれでもかともてなし、与えられる物全てを惜しみなく与え、ついに旅立ちの日がやって来た。




 凛々しく、端正な顔立ちの黒髪の少年『勇気の勇者』、柔らかな雰囲気のウェーブがかった桃色の長髪の少女『癒しの勇者』、吊り上がった眼をした勝気な印象を受ける炎を思わせる赤い髪の少女『苛烈の勇者』の王国中の人々の声援の下、使命の旅へと出発したのだった――――――。





















「ありゃ、それちまった」

「今のはちょっと良くなかったです」



 一方4人目の勇者、『堅実の勇者』は城の中にある訓練所で、一人的に向かって弓を射ていた。



 彼の名前は片桐道進かたぎりどうしん、神によって4人目の勇者として異世界へと招かれた、大学2年生の冴えない男であった。


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