刺激罰 【ショートショート】

大枝 岳志

第1話

 抑圧されたストレスの逃げ場に、俺はついに現実逃避をするようになった。

 アニメや映画の世界にのめり込み、コミュニティの奴らとお気に入り作品の話を交わす。ネットでのやり取りのみだったが、その間だけは現実を忘れられた。


 会社に行けば容赦ない現実が待ち受けている。

 そう思えば思うほど、俺は現実を受け入れるよりも逃避の方に熱を入れるようになった。


「そんな事じゃ出世に響くぞ」


 同僚達は俺の私生活の話を聞くと、そうやって如何にも心配そうな面を浮かべた。

 有名国立大学を出た俺は鳴り物入りでこの会社に入った。同期の連中を置き去りにする勢いで成果を上げ、会社に貢献し続けた。

 上の連中は期待という名のプレッシャーを俺に与え続け、それでもその声に必死に応え常に結果を出して来た。


 何もかも受け入れていたら、いつか潰れてしまう。

 そう。多少手を抜いても、俺が行く行く昇進するのは間違いないのだ。


 心の内にそんな想いがあった事を、俺は現実逃避をするようになってから初めて気付いた。


 ある日、デスクの引出しの中に見覚えのないURLの書かれたメモ用紙が入っている事に気が付いた。

 メモの裏側を捲ると「招待状」とだけ書かれていた。


 うちに帰り、早速そのURLにアクセスしてみると招待制のSNSのページが表示された。全く見覚えのないサイトだったので危ない、と思ってページを閉じようとするとパソコンから声が聞こえてきた。


「待って! まだ閉じないで!」


 アニメの女性キャラのような甘く高い声でそう言われ、どうせプログラムだろうと思い再びページを閉じようとした。すると、また声がした。


「田神友樹さん! 閉じないで!」

「えっ……気持ち悪っ」

「気持ち悪くないですよ! 安心して下さい! ここはあなたの為に用意された特別な空間が広がるSNSなのです! あなたの望む世界と、ステキな人達がここにはいます!」

「何それ……」

「そんなに警戒しなくたって大丈夫ですって~! 早く早く~!」

「わ……分かったよ……」

「にゃはっ!」


 サイトへログインすると、よくあるプロフィール登録画面が現れた。

 一通り登録を終え、「さっそく始める!」というボタンをクリックする。すると、予想外のページが目の前に現れた。

 

 スクリーンの中はまるで宇宙空間のような作りになっていて、あちらこちらに様々なアイコンやコンテンツが浮かんでいる。検索窓も一応用意されていて、キーワードを打ち込めばその場所へ一気に飛べた。自由自在に動く事ができて、それに誰とでもリアルタイムで会話する事も出来た。

 自分の好きなアニメ、好きな映画の場所へ向かうとそこには無数のアイコンがタムロしていた。


 俺は一晩中その空間にのめり込んだ。

 朝、目が覚めると出勤時間直前になっていた。課長の苛立つ声が自然と脳内で再生され、俺はその日初めてズル休みする事にした。

 そして、早速SNSの画面を開いた。

 空間を飛び回る度に知らなかった知識や仲間に出会える。俺は夢中になってその空間を飛び回ってみたが、興味は失せるどころか次から次へと湧き上がった。

 次の日も、その次の日も仕事を休んだ。いつしか画面の中の現実から目が離せなくなった。

 そして、俺はついに仕事を辞めた。


 今ではすっかりこの空間の主のようなポジションに居る。マンションを引き払って実家に帰る瞬間だけは画面の外へ目を向けてみたが、やはりクソな世界はクソのままだった。

 早く働いてくれと泣く母の声、早く自立してくれと願う父の声が時折聞こえて来る。

 しかし、俺よりもこの空間に詳しい本物の「主」を見つけるまでは飛び続けなければならない。まだ、このSNSを始めてたったの五年しか経っていないのだから無理もないが。


※※※※※※※※


「田神が辞めてくれてからもう五年か」

「あいつがあのまま居たら俺達はここには居なかっただろうな」

「出過ぎる杭はやはり打っといて正解だったな。ところで、あのSNSのプログラムはまだ生きてるのか?」

「ははっ。あれを作ったのは確かにうちの会社の人事部だけど、今も勝手に更新を続けているのは別の人間なんだってよ」

「へぇ。一体、誰が?」

「田神の前に同じように杭を打たれたヤツだって。あそこじゃ主って呼ばれてるらしいよ」

「ふーん。ずいぶん暇な連中も居るもんだな」

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