中編

 広場から少し外れたところで、僕と森田さんは親子の相手をしていた。向こうでは口八丁な2人がお客さん相手に、トークで場をつないでくれている。


「もじゃもじゃのおじさんのおうた、おもしろかったよ! ぼく、もっとききたかったなぁ……」

「リュウ、そんな言い方するんじゃないの! ……すみません、うちの子が勝手に割り込んで……」


 お母さんはリュウくんの頭をぐいと押して、大きくお辞儀した――もじゃもじゃのおじさんだなんて、森田さん、すごい言われっぷりだなぁ。


「あぁ、気にしないでください。野外ライブじゃよくあることなんでね」


 森田さんは笑って、僕も大丈夫だと首を縦に振った。安心してもらわなくちゃ。いつもにこやかなお前なら大丈夫と、赤瀬くんも言ったんだ。


「そうそう。僕たちも良い刺激になりましたよ。小さなお客さんに喜んでもらえるようにって」


 嘘はついてないよね、と、僕は後ろを振り返る。赤瀬くんが今日の物販について、あれやこれやと軽妙なトークを繰り広げているのが聞こえる。


「――えーと、オレたちアルファ・ケンタウリのミニアルバム『星めぐりはバス停で』ですけど、まだ在庫たくさんあるので。今ならオレの描いたポストカードもつけちゃいます。この絵ですけどね、結構描くの大変だったんですよ。森田さん、ふわーっとした指示しか出さない割に、あれこれ注文つけてくんだもん。『歌詞から自由に連想してくれていいから』ってさ。『月の住所は今暴かれて』っていうから、夜の歌かなって思って描いたのに、『これ夕暮れ時にできない?』ってさぁ……まぁ、それでも自由に描かせてくれんの、すげぇ嬉しいんですけどね」


 愚痴を交えた冗談でお茶を濁してる。森田さんが次の曲を忘れたときとか、悩んだときの、いつものパターンだ。あんまり時間はないのかもしれない。

 ラフな服装のお母さんが、リュウくんの手を取った。


「怖くなかった、リュウ? 買い物して帰りましょう」

「ううん、おかーさんもいっしょにみよう。コンサート、すきでしょ」

「あんたったら、またそんなお世辞言って……バンドのお兄さんに気をつかわせたらダメよ。あなたには難しいんじゃないの?」

「ぼく、ケンタウリさんたち、すきだったよ。おかあさんも、きいてよ」


 リュウくんが、お母さんの手をぎゅっと引っ張った。あの時と同じ目つきで、口も真一文字に結んでいる。

 あの子はあの時、息をするのも忘れていたんだ。


「お母さん――」

「嬉しいこと言ってくれるねぇ、リュウくん。時間があるなら、残りも聴いてってくれるかい。音楽のわかる子供は良い大人に育つもんだ」


 森田さんがニヤッと片眉を上げて微笑む。「俺たちみたいに」って続けたいんだろうな。うんうん、わかるよ森田さん。


「大丈夫ですよ。僕たちの方は、時間押してるとかそういうの、全然気にしてないんで。ほかの人たちも大丈夫って言ってくれてますから。……それに、こんなちっちゃい子がファンになってくれて、僕らが嬉しかったからってのもあるんですけどね」


 へへ、と軽く首を傾げてみせる。

 売れないバンドのみみっちいお世辞に見えるかもしれない。でも、この子だって今日は僕たちのファンになってくれたんだ。せめて、がっかりさせたくない。


「……リュウ、お母さんもさっきの場所に行っていい? ちょっと時間あるし」


  お母さんの表情が少しゆるむ。やったぁ、とリュウくんが両手をあげた。僕はおもむろにステージの方を見る。赤瀬くんは僕に気づくと、いつでも準備万端といった感じで、サックスを構えてみせたのだった。


「さて皆、待たせて悪かったな。小さなお客様とマドモアゼルも、俺たちのステージがお気に召したようだ」


 戻ってきた森田さんは格好つけてウインクする。お母さんの頬がポッと赤く染まった。


「――というわけで、次の曲行ってみよう。牧くん、『テンガロン・ブギ』やってくれ」

「もちろん!」


僕は意気揚々とスティックを構え――そして、シンバルを叩きはじめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る