魔法の性質

 悠真は真紀亜と別れるとトアと共に寮の屋上にやって来ていた。屋上には他の人の姿はなく、トアはゲージから出て人間の姿に変わっていた。


「うーん、確かに蛇澤さんの言う通り何かが仲介して魔法を行使できるようになってるね」


 トアは悠真が隠れて持ち帰ってきたメニュー表を眺めていた。そしてビフテキの写真に手を置いたすると床の上に熱々のビフテキが現れた。


「成功だね。本来なら食堂のテーブルに出現するところを屋上の床に出るように上書きできたよ。それじゃあいただきます」


 その流れを無言で見ていた悠真は落ち着いたところでトアに声をかけた。


「真紀亜さんが言ってだけど魔法の使用には何か対価が必要なのか?」

「そうだね。魔法性質と呼ばれるものがあってその中に魔法の対価は規模に比例するとあるんだ。規模の基準や対価については魔法の内容によって変わるけどね。ボクがマジックで利用してた魔法は魔力の使用のみだね」


 トアは一度食事の手を止めたがすぐにまたビフテキを食べだす。まだ色々と聞きたいことはあったのだが今はやめた方がいいかもしれない。

 悠真はトイレに行きたくなったのでトアに声をかけて屋上から下りる。トイレは個室にもあるがそれぞれの階にもあるので悠真はそちらを利用する。

 トイレを済ませて屋上に戻ろうとしたところ背後から呼び止められた。


「あ! 先輩! 見つけたよー!」


 振り返るとそこにはセーラー服少女の秋姫がいた。


「なんだ。まだいたのか」

「なんだとは酷いよー。せっかく校舎の外で待ってたのにいつまでたっても現れないし、お姉ちゃんに確認したらとっくの昔に出てったって言われるしー」


 プンスカプンスカと怒る秋姫を悠真は冷めた目で見る。そう言えばショートカットしたので校舎前を通らなかったなと悠真は思ったが全然悪いとは思わなかった。


「そっか。それは悪かったな。それじゃあ気を付けて帰れよ」

「はい、ありがとね……ってちょい待ち!」


 踵を返しかけた秋姫はその場で一回転して再び悠真の方に向き直った。何だ、まだ用があるのかという顔で悠真は秋姫に視線を向ける。


「何か、アタシに冷たくなってない? アタシ何かしたっけ?」


 ただの押しかけ女だという事実が発覚し、事実被害を被った人物がいるのだが。


「別に冷たくしてる覚えはないが?」

「いやいや、そんなことないよ。絶対さっきまでと態度違うから!!」

「気のせいじゃないか?」


 しばらくそんなやり取りをしていたが最終的に無駄と悟った秋姫が何も言わなくなった。

 よし、話は終わったな、と悠真は踵を返そうとしたががっしりと肩を掴まれて止められた。


「だからちょい待ってってー! アタシに学校案内させてよ!」

「はぁ? 部外者のお前が何言ってんだ?」


 悠真がそう返すと秋姫はぷくりと頬を膨らませて痛いほど強く悠真の肩を掴む。


「部外者じゃないもん! 学園のことなら探検している分お姉ちゃんより詳しいんだからね!」

「わかったから離してくれ!」


 悠真がそう言うと秋姫はにやにやと笑って肩から手を離した。


「言質もらったからね?」

「わかってるよ」


 学園内を案内してくれること自体は助かるところではあるので悠真は受け入れることにした。


「そういえばウサギさんは一緒じゃないんだねー?」

「ああ。今はね」


 そういえばトアを屋上に置いてきたままだった。このまま置いて行くとトアは後で怒りそうだが秋姫をこのまま連れて行くのは二つの意味で問題だ。


「慣れない場所に来たせいで疲れちゃったみたいで休ませてるんだ。それよりまずはせっかくだしこの寮を案内してもらえないか?」

「もちろんいいよー。寮を完璧にマスターさせてあげるね」


 学生寮「垂菊」は4階建ての建物だ。1階が共用部、2、3階が居住部、4階が多目的となっているらしい。丁度4階にいたのでまず4階から見て回ることになった。


「4階は一階の食堂とか大浴場とか日用以外の施設があるんだよー。例えばトレーニングルームとかねー。ほら」


 秋姫に案内されてやって来たのは十二畳くらいの広い部屋で色々なトレーニングに使うであろう機械が置かれている。

 魔法を学びに来ただろうにいったい誰が使うんだろうか。悠真はそう思ったが驚いたことに利用者がいた。ブラウン色の髪の少女だろうか。

 秋姫は中に入ろうとしたが邪魔しても悪いと思って止めて次の場所に向かうことにした。


「次は遊戯室だよー。色々なゲームが置かれてるんだよ。ボードゲームとかビリアードとか。あと筐体のゲームとかも置いてあるんだよ」


 秋姫はそういいながら遊戯室に足を踏み入れたところで顔を引きつらせて回れ右をした。


「やっぱりここは後にしよーかなー」

「……どちらへ行かれるのですか?」


 秋姫の背後から姿を現したのは何と真紀亜だった。どうやら秋姫は真紀亜の姿を見つけて逃げようとしたようたがその前に見つかってしまったらしい。


「何でここにいるんだよー!!」

「それはこちらの話なのですが……」


 真紀亜は悠真の姿に気づいたようで言葉を切って視線を一瞬向けて視線を秋姫に戻した。


「まあ、いいでしょう。先ほどは名前も聞かずに追い返そうとしてすみませんでした。私は蛇澤真紀亜といいます。真紀亜と呼んでください」


 そう言って真紀亜は握手を求めるように手を差し出した。秋姫はしばらく警戒するように真紀亜の手と顔を見比べていたが最終的にその手を取った。


「……私は野牛島秋姫だよ。アッキーと呼んでねー」


 開き直るように秋姫はそう言ってクスリと笑ってそう自己紹介した。真紀亜の真似をしたようだがそれは彼女にはきかないことを悠真は知っている。


「そうですか。よろしくお願いしますね、アッキーさん」

「……うん、よろしくね、真紀亜先輩」


 一切のツッコミもなく受け入れられた為か少ししょんぼりとした様子で秋姫は頷いた。そんな秋姫を置いておいて真紀亜が今度は傍観していた悠真に視線を向けた。


「狐さん、せっかくですから何か一戦やってみませんか? ちょうどここにトランプがありますしポーカーはどうでしょう?」

「ちょっと待ってよ! アタシが今先輩に学園を案内しているところなのに!」


 悠真がなにか返す前に秋姫が文句を口にした。真紀亜は動じることもなく微笑む。


「わかりました。それならアッキーさんも一緒にやりませんか? まさかやらないとは言わないですよね?」

「……もちろん、受けて立ちますよー!」


 何故か悠真の意思に関係なくポーカーバトルが始まったのだが一発目で真紀亜がロイヤルストレートフラッシュを出して悠真と秋姫の二人を黙らせた。


「い、イカサマだー-」


 我に返った秋姫が叫んだ。それに対して真紀亜はとぼけたように笑う。


「何のことでしょうか。たまたま私の手がよかっただけですよ? それとも何か証拠でもあるのでしょうか?」

「……先輩!」


 秋姫が証拠を提示できずに悠真に助けを求めるが残念ながら悠真にも何が何だかわからなかった。

 そして次もその次も真紀亜はロイヤルストレートフラッシュを出した。イカサマとしか思えないのだがどんなに注意してみてもそれらしい動きは一切なかった。

 そして次も真紀亜はロイヤルストレートフラッシュを出したのだが秋姫がファイブカードを出してみせた。


「ふふふふ、今回はアタシの勝ちだよね?」

「……そうですね。それはイカサマです。狐さんもそう思いますよね?」


 何のことかと悠真は思って自分の札と見比べてすぐにおかしいことに気づいた。


「秋姫、俺もそのカード手札にあるのだが?」


 今回も下りた悠真が手札を公開すると秋姫は渋い顔をした。場には同じマークと数字のカードが二枚並んでいた。


「せ、先輩がイカサマしたんだよー!」

「いや、イカサマして下りるわけないだろ!」


 無茶な暴論に悠真はツッコミを入れる。しかしそれでも意見を変えない秋姫を見かねて真紀亜が言う。


「アッキーさん、認めた方がいいですよ」


 真紀亜は秋姫の手札を手に取るとそれを見えるように掲げる。するとしばらくしてその手札の一部の柄が変化した。いったい何の手品かと思った。

 秋姫はそれを見て悔しそうにうなだれた。


「うん、ちょうどいいし少しだけ種明かしついでに魔法の講義をしましょう。狐さん、何が起こっているかわかっていないみたいですから」

「確かにそうだけどもしかしてこれは魔法なのか?」


 種も仕掛けもあるように見えなかったのでそう言われれば納得はできるが。


「そうです。アッキーさんは認めないので私が説明しますね」


 真紀亜はトランプを再び手に取ると一枚のカードを見せた。そのカードがハートからスペードに変わった。


「簡単な話ですけど魔法によって書き換えたんです。魔法によってスペードが欲しいという願いを叶えたんです」

「それならどうしてさっきは別のカードに変わったんだ?」


 秋姫がファイブカードを出した後に真紀亜の手の中でカードが変わった。真紀亜が変えたようにも思えるがそうだったら秋姫が指摘しないはずがないし。


「それには魔法の性質について説明しなければいけませんね。魔法は三つの性質を持っているんです。一つは魔法の対価は規模に比例する。一つは同一の魔法は重複しない。一つは魔法を取り消すことはできない」


 これがすべての魔法に共通するものらしい。トアが語っていたことも含んでいるので彼女も知っていたのだろう。


「その性質があるならなおさらさっきの現象の説明がつかなくならないか?」


 同一の魔法が重複せず、取り消すことができないというのなら魔法によって変化したカードをさらに変化させることなど不可能ではないのか。


「一見不可能に見えて可能なんです。魔法そのものに時間経過による効果の消失を組み込むんです。これを限定魔法といいます。基本はこの形で魔法を使用していくといいでしょうね」


 真紀亜が説明を終えたところで魔法が解けたのかスペードのカードがハートのカードに戻った。


「ちなみにですが私の役も魔法によるものです。確率を操作させてもらいました」


 役に必要なカードに魔法をかけて手元に来やすいようにしたらしい。その対価として引くたびにそのカードが来る確率が下がっていくらしい。


「……おい」


 呆れた声を出す悠真だったが起こると思われた秋姫は小さくため息を吐いただけだった。


「さて、次は何をして遊びましょうか?」


 誰が見抜けないイカさまが横行するゲームを続けるか、と悠真は返そうとしたがそれより早く秋姫が返答した。


「やってやろーじゃん。次は負けないからねー!」


 こうして不毛な戦いの幕が開かれた。付き合いきれなかった悠真はトイレと偽って遊戯室から脱出し、学園案内は強制的に終了となった。

 屋上に戻ってトアと合流したのだがひどく怒られたことは言うまでもないだろう。

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