占い師と物知りなクラスメイト

 結論から言うと学園の外に出ることはできなかった。トアを肩に載せて悠真は門の前に立ったが入ったときとのようにガラスが消えるということはなかった。叩いてみてもそれは変わらず、開く様子もなかった。

 そうして出ることを諦めて悠真たちは寮へとやって来た。外見は4階建てのお洒落な感じの建物でまるで建てられたばかりのような真新しさを感じさせる。それは建物の中も一緒で柔らかな雰囲気で目立った傷という傷が一切ない。

 悠真は雪姫先生が言っていたので小窓から管理室を覗くと黒い鳥の仮面を被った人が座っていた。正直悠真は不気味で声をかけたくなかったが離れる前に気づかれてしまった。


「これはこれは。初めましてデスネ。ワタシはこの寮の管理を任されている小鴉と申しマス。以後お見知りオキヲ」


 まるで性別を感じさせない声で小鴉を名乗った管理人は丁寧に頭を下げた。そうされてはこちらも名乗らないわけにもいかなかった。


「俺は狐台悠真だ。部屋の鍵を受け取りに来たのだが……」

「お話は伺ってオリマス。こちらが鍵でございマス。部屋は3階の角でございマス」

「あ、ありがとう」


 悠真は鍵を受け取ると礼を言ってすぐに管理人室から離れる。あの管理人と対面してるだけでどうにも不安な気持ちを覚えてしまう。


「何だか不気味な人だったね。何だか鳥肌が立っちゃったよ。今はウサギだけにね」

「……」


 悠真はトアが口にしたボケを無視してしばらくお世話になるだろう部屋へと向かう。


「あれ? 分かり難かったかな? 鳥もウサギも1羽2羽って数えるでしょ? それに管理人さんも鳥の仮面を……」

「そんなことはどうでもいいから黙ってくれ! いつだれか現れてもおかしくないんだからさ!」


 ここは寮でいつドアが開いて誰かが出てくるかもわかったものじゃない。もしウサギが喋っているところを知られたら面倒なことになりかねないのだ。


「…………」


 トアはやっと黙ってくれたか不満を示すように度々肩を踏みつけてくる。部屋まで我慢しろと悠真は視線に込めてにらむがそれはしばらく続いた。


 結局は誰かと遭遇することもなく管理人に言われた3階の角部屋に到着した。鍵についているタグと部屋番号を見比べて間違いない事を確認して鍵を使って開錠して中に入った。そうして悠真はすぐに動きを止めざるをえなかった。

 それは玄関に誰かが立っていたからだった。それは金髪翠眼の男で悠真と目が合うとにこりと笑った。


「ここでは何だし中で話そう」


 悠真が口を開く前に金髪翠眼の男はそう言うと中へ下がって言ったので悠真はその後に続いて中に入る。


「とりあえず座れ。今お茶を淹れる」


 悠真は口から出かけた言葉を封殺されて渋々椅子に座って金髪翠眼の男がお茶を淹れるのを待つ。その間に気持ちが落ち着いて冷静になって部屋の中を眺めて大体のことを理解した。


「そうか。寮は2人部屋なんだな?」

「ああ。我々は相部屋だ」


 どう見てもベッドが二つあるのでそうではないかというのはすぐに分かった。

 金髪翠眼の男がお茶淹れ終わり、改めて二人は机を挟んで向かい合う。


「我は猿倉さるくら吉城よしきだ。これから三年間よろしく頼む」

「俺は狐台悠真だ。そしてこのウサギはトアだ。こちらこそよろしく」


 悠真の言葉に続いて肩から机に飛び降りたトアは軽く頭を下げた。


「ふむ。中々賢い使い魔だ。悠真くん、せっかくだし一つ占ってみないかい?」

「占い?」


 吉城はどこからともなくデッキを取り出して机の上に置いた。それはどうやらタロットカードのようだった。


「我の本職だ。我の魔法研究の対象でもあるがな」


 たしかに占星術と魔術は歴史的に言えば密接な関係にあるともいえるが魔法となるとなんとなくしょぼいような気がしてしまう。

 そんな悠真の内心を理解しているのかいないのか吉城はデッキを切り、一番上のカードを一枚机の上に置いた。


「占いは過去、現在、未来の三つで構成されることが多いが我の専門は未来だ。何があったかも、今がどうだとかなど占いに頼る必要性は感じないからな。さあ、めくってみるがよい。それが悠真くんの未来だ」


 辞退するとかはなさそうだったので悠真は仕方なくそのカードをめくった。結果は恋人の正位置だった。


「ふむ、このあと異性との出会いがあるであろう。それと一つ悠真くんに一つ我が同志から伝言だ。時間があるようでしたら食堂まできてください。少しお話ができればと考えています。とのことだ」


 いや、それって占い関係ないじゃん。悠真はそう思ったがそれ以上に気になることがあるのでそちらを優先する。


「伝言って具体的に誰からだ?」

「マキ、と言ってもわからぬか。三つ編みのサイドテイルにしているお堅そうな女だ」


 三つ編みと言われて悠真の頭にエントランスで出会ったもう一人の少女の顔が思い浮かぶ。

 雪姫先生の話が事実なら迷惑をかけた相手なのでここは話をしておくべきかもしれない。


「そうか。なら早速向かわせてもらうよ。占いについてはまた後で付き合うよ」

「ふむ、そうか。なら最後に助言を授けよう。そちらの使い魔を連れてくと話がうまく進むだろう。それと連れ歩く際はケージに入れておいた方が賢明だな。相棒を餌にされたくはなかろう」


 餌ってなんの? 悠真はそう思ったが聞かなかった。知らない方がいいような気が何となくしたのだった。



 吉城の脅しが聞いたのかトアは抵抗することなく吉城が何故か持っていたケージへと入った。


「この姿だと非力だからね! ちゃんとボクのこと守ってよ!?」


 部屋を後にするとトアが必死な様子でそんなことを言った。どうやら本気にしているようだった。


「はい、はい。それより2人部屋だとはな。これからどうする?」

「? さっきの女の子に会いに行くんだよね?」

「はあ、そうじゃなくてお前の身の振り方だよ。部屋に他のやつがいたら喋れないし人の姿にも戻れないだろ?」


 トアはこちらの言葉をかみ砕くように数秒の沈黙の後一息ついた。


「後で考えておくよ。それはボクの問題だからね。それよりも今は目の前に転がっているチャンスの方が重要だよ。ボクの見立てでは彼女とよい関係を結べるかで学園生活のスタートがどうなるか決まると思うんだ」


 ウサギの顔からはわからないが声だけは真剣そのものだった。

 


 食堂は寮内1階にあり、昼食には時間的に早いからかそこには一人しかいなかった。

 彼女は窓際の席に座ってコーヒーカップを片手に中庭を眺めているようだった。悠真が近づくとこちらの気配でも感じたのか彼女は振り返った。


「伝言が伝わったようで何よりです。それとわざわざ足を運んでいただきありがとうございます」

「いや、こちらこそさっきは悪かったな。わざわざ向かいに来てくれたのにさ」


 悠真は謝罪して彼女の向かい側に座ってゲージを机の窓際に置く。彼女はちらりとトアを見たがすぐに悠真の顔に戻ってくる。


「雪姫さ、先生に聞いたのですね。気にしないでください。こちらもあなたを部外者扱いしたわけですからお互い様ですよ」


 つまりはおあいこで水に流そうということらしい。関係がこじれることもなくて悠真的にはありがたい。


「そういえばお互い自己紹介もまだでしたね。私は蛇澤へびざわ真紀亜まきあです。苗字で呼ばれるのは好きではないので真紀亜と呼んでくださると助かります」

「えっと、それじゃあ真紀亜さん、俺は狐台悠真だ。好きに呼んでくれて構わない」


 真紀亜は少しどう呼ぶか思案しながらコーヒーを口にする。


「そうですね。狐さんはどうでしょうか」

「へ?」


 想定とは斜め上に行く呼び名に悠真は思わず困惑気味の声をあげる。一方で真紀亜は何故か得意げだった。


「狐台さんだと呼びにくいですし、文字数も少なくて済みます。それと異論は受け付けませんよ? 好きに呼んでよいと言ったのは狐さんですから」


 真紀亜はにこりと笑ってそう言って悠真の言葉を封じた。悠真はもうこの呼び名を甘んじて享受するしかなかった。


「それはそうと狐さんは何も召し上がらないのですか? 私だけですと少々気まずいですし」

「ん、まあそうなんだけど……」


 何を頼もうにもメニューが机に置かれているだけでこの食堂には給仕どころか券売機すらなく、この食堂には机と椅子が並んでいるだけだった。


「……狐さんはどれくらい魔法についてご存じでしょうか?」


 きょろきょろと視線を彷徨わせる悠真を見かねて真紀亜はそう声をかけながらメニューを手に取る。


「ここに来る際に利用したくらいで正直さっぱりだがもしかして注文にも魔法を使うとかいうのか?」

「そうですね。基本は学生証のときと一緒です。メニューには料理人が作りたいものが表示されています。私たちはその中から食べたいものを選びます」


 真紀亜はお手本を見せるようにメニューにあるショートケーキの写真に触れる。すると写真のショートケーキが溶けるように消え、代わりに写真と同じようなケーキが机の上に現れた。


「写真から実物を取り出したのか!?」


 まさに魔法と言える現象に悠真は興奮をあらわにするが真紀亜は否定するように首を横に振った。


「そう見えるだけで実際のところは厨房からこちらに移動しただけです。まあ、調理時間を超越してるので本来ならそれなりの対価が発生するのですが学園側がこちらの意図を組んで行使している形なので問題はありません」


 時間超越だとかファンタジックな単語が出てきたがそれよりも気になる言葉が出てきた。真紀亜の言い方だと魔法を使用するにあたって何かしらの代償が必要になるかのような言い方だった。


「……真紀亜さんは魔法に詳しいんだな。魔法学園ここでは長いのか?」

「いえ。私も新入生ですよ。ただ小さい頃から魔法に触れる機会が多かったというだけですよ。それよりもメニューから好きなものを頼んでしまってください」


 悠真的には色々と根掘り葉掘り聞きたいところではあったが抑えてメニューとにらめっこをすることにする。

 メニュー《ここ》にあるものは料理人が作りたいものだと言っていたが中々にバリエーション豊かだ。これは迷ってしまうな。そう思ったところでガタガタと音がした。

 そちらに目を向けるとゲージの中のトアと目が合った。その目がボクも食べたい、と語っていたが悠真は今は我慢しろと目で返し、今回はオムライスでも頼んでおくことにする。

 今朝と同じようにメニューに触れてオムライスを食べたいと強く念じると机の上においしそうなオムライスが現れた。

 早速悠真は一緒に現れたスプーンを手にしてオムライスを口に運ぶ。味に全く問題はなく、普通にうまい。


「そちらの子は使い魔ですか?」


 トアが不用意に音を立てたからだろうか。真紀亜の興味がゲージの方に向いていた。

 悠真はその言葉にわずかな不信感が混じっているのを感じた。まあ、それは当然だろう。魔法も良く知らないと言っておいて使い魔なんか連れているのは間違いなく変だ。実際のところ悠真は使い魔が何なのかも理解はしていないが。


「いや、違う。こいつはペットだ」


 悠真がそう返した瞬間再びゲージががたんと揺れた。どうやら当の本人はペット扱いはご不満らしい。悠真はそれを無視して言葉を続ける。


「こいつを家に置いて行くわけにもいかなくて相談したら使い魔扱いということで許可してくれたんだ」

「そうですか。本当に契約しているわけではないんですね」


 どこか安心した様子で真紀亜はそう言って笑った。実際のところは使い魔契約とは別の契約はしているのだけれどいう必要もないので黙っておく。


「それはそうとそろそろ本題に入ろう。俺に話があるんだろ?」

「……話、ですか」


 悠真の問いかけに真紀亜は少し困惑気味に悠真の言葉を繰り返した。


「あ、いえ。これといった話があったわけではないのです。ただあなたの人となりを知りたいと思っただけです。雪姫先生にあなたのことを頼まれてますので」

「それって職員室に案内するだけじゃないってこと?」

「はい。私が一番魔法やこの学園に詳しいですから」


 その後軽く学園の施設の説明を受けながら昼食を摂った。そしてお互い食事を終えると別れた。

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