蛇の道は魔導への道

学園へ

 悠真はあまりの眩しさに目を閉じ、再び目を開けると石段に座っていた。隣には兎の姿に戻ったトアが座っていた。

 どうやらカメノコーヒーから学園まで移動させられてしまったらしい。


「移動の際に魔力を吸われて戻ってしまったな。だが、まあ、成功したようだな。少々予想とは違ったけどね」


 トアは直接学園まで移動することになるとは思っていなかったようだ。

 悠真は立ち上がって振り返ると凱旋門ばりの門が立っており、扉はガラス張りになっていた。

 トアは跳躍して悠真の肩に飛び乗った。残念ながらゲージはおいてきてしまったのでしばらくこうするしかない。


「なあ、この扉ってどうやって開けるんだ? 素手で開けられる大きさじゃないよな?」

「うーん、ガラス張りだし自動ドアなんじゃない? 自動ドアって大体ガラスだし」


 この大きさの自動ドアってあるとは思えなかったが悠真は試しに門に近づいてみた。するとすっとガラスの透明度があがっていき、空気との境目が消えてわからなくなった。透明になったというよりはガラスそのものが消えたのかもしれない。

 悠真は半信半疑で手を伸ばすとそのまま扉があった場所を通り抜けた。本当にガラス部分が消えてなくなったらしい。


「これこそ魔法という感じだね。さあ、行こうか。悠真」

「ああ。そうだな」


 悠真はトアに頷き返すと学園のエントランスへと足を踏み入れた。その瞬間何かが変わったような気がした。何かが変わったかはわからないがさっきまでとは何か違うような気がする。


「なあ、トア――」

「ダメに決まってるじゃないですか!!」


 悠真がトアに確認しようとしたがその声を別の声が遮った。悠真は驚いて声のした方を見るとどうやら誰かが言い争っているようだった。

「だから言ってるじゃん! アタシは部外者じゃないんだって!」

「それなら生徒手帳を見せなさいと言ってるんです。それができないなら帰りなさい!」


 どうやらセーラー服姿のショートヘアの少女の言葉をこの学園の制服らしきものを着た三つ編みの少女が突っぱねているようだった。

 しばらくにらみ合っていたがショートヘアの少女が悠真の存在に気づいた。


「あ、先輩! 助けてくださいよー!」


 何故かショートヘアの少女が走り寄って来たかと思うと何故か助けを求めてきた。


「すまん、俺はお前のことは知らないんだが?」

「ええー! 案内しようと待っていたのに酷いよー! 野牛島秋姫だよ!」


 野牛島、その苗字は最近どこかで聞いた気がする。


「むむ、また部外者ですか?」


 野牛島秋姫の行動で悠真の存在に気づいた三つ編みの少女が矛先を悠真に向けてきた。悠真は噛みつかれてはたまらないのですぐに手に持ったままだった生徒手帳を掲げた。


「俺はこの学園に入学予定なんだ。制服はまだもらってないんだ」


 三つ編みの少女がしげしげと生徒手帳と悠真の顔を見比べる。生徒手帳に写真はないし、名前も表面には書かれてないので悠真の顔と見比べる必要性はないと思うのだが。


「ごめんなさい。決めつけてしまって」

「いや、別に気にしなくてもいいけど」


 悠真はそう言って背中に隠れている秋姫の方を振り向く。生徒手帳で思い出したが野牛島は雪姫先生の苗字だ。野牛島は複数いると言っていたので彼女がその一人なのだろう。


「彼女は野牛島先生の妹で俺の案内で来てくれたんだ」


 悠真はそう確信して三つ編みの少女にそう説明する。三つ編みの少女はその真偽を確認するように秋姫へと視線を向ける。秋姫はその通りだと頷くと三つ編みの少女はため息を吐いた。


「わかりました。信じましょう。私は用があるので失礼しますね」


 三つ編みの少女は最後に一礼するとそそくさと去って行った。秋姫はそれを見送ると悠真の背中から出て向き直った。


「それじゃあ先輩! お姉ちゃんのところにレッツゴーだよ」

「……その先輩ってのは何なんだ?」

「アタシの方が年下だからね。アタシの入学は来年かな?」


 どうやら彼女が着ているセーラー服は彼女が通っている中学の制服らしかった。つまりは彼女は実質的には部外者ということだ。

 だというのに彼女は何の迷いもなくエントランスを出て中庭に出る。そしてこのまま学園を案内しようかと申し出て来たが断った。この学園が物凄く広いことは何となくわかったし、見て回ればすぐに終わらないのは明白だった。

 秋姫はがっかりした様子だったが直ぐに朗らかに笑うと中庭について説明する。


「この中庭はエントランスと3つの校舎をつないでるんだ。真っ直ぐ進むと職員室とかがある本校舎で左の道が学生寮、右の道が第2校舎に繋がってるんだよ」


 色とりどりの花咲く中庭には確かに正面と左右に道が別れており、秋姫が言ったことが書かれた案内看板が置かれている。


「敷地内に学生寮があるのか?」

「そーだよ。この学園は全寮制の学園たがらね。その方が色々と便利なんだよ」


 悠真は全寮制だなんて聞いていないんだが、と他者がいるため黙りこくっている肩の上の兎に視線を送る。

 当の兎は何のことかな、とでも言うように明後日の方を向いた。

 そんなやり取りに気づいた様子のない秋姫はそのまま悠真の前を歩いている。


「そーそー。本校舎に入る前に一つだけ忠告しておくね。本校舎の中を歩くときは目的地をちゃんと意識して歩いてね。そうしないと一生たどり着けないかもしれないからねー」


 秋姫は笑いながら冗談なのかそれとも本当なのかもわからない忠告をした。


「その顔は信じていないな〜! 逆に言えば意識さえすれば必ず辿り着けるから便利なんだよー!」


 そういうわけで何故か悠真を先頭に本校舎の中を歩くことになった。目指すは1年棟の職員室だ。

 秋姫は職員室は2階という情報だけでどれが1年棟かは教えてくれなかった。悠真はめんどくさいと思いながらも直感にしたがって歩いた。

 そうして気づけば職員室の前に立っていた。


「……本当に着いたな」

「でしょー。それじゃあ行こっか」


 秋姫はドアをノックして先に職員室に入っていったので悠真もそれに続いた。


「……秋姫、どうして貴様がそいつと一緒にいる?」


 雪姫先生は悠真と一緒にいる秋姫を見て顔をしかめた。こうして並ぶと姉妹というだけあって似ていることがわかる。


「えー。だって先輩が迷ったら困るでしょ? どうせお姉ちゃんは迎えに来ないだろうと思ったし」

「だから他に迎えをよこしたのだがな」


 他にというと思い出すのは秋姫と言い争っていた三つ編みの少女だ。おそらく悠真が秋姫のことを迎えに来てくれたと言った為身を引いたということだろう。


「まあいい。秋姫、貴様は帰ってろ」

「むうー。アタシを除け者にする気?」


 秋姫は抵抗するが雪姫に睨まれて渋々退散する。


「それでは先輩、また後でね~」


 秋姫は開き直って元気よくそう言うと帰っていった。秋姫がいなくなるとずっと黙っていたトアがやっと口を開いた。


「昨日振り、野牛島先生。来たけど手続きって何をすればいいのかな?」

「ああ、ウサギは特にすることもない。君は狐台の使い魔として登録することになった。ほらこれにサインをしろ」


 雪姫先生は紙の束とペンを悠真に差し出した。使い魔の申請書を始め、入学関連の書類が十枚近くある。


「それと生徒手帳を貸せ。君の名義に書き換えてやる」


 雪姫先生は悠真が差し出した生徒手帳を受け取ると悠真が書類に目を通しながら署名している間に名義を書き換えてしまった。

 雪姫先生は生徒手帳と交換で受け取った書類に問題がないか目を通すと最後に頷いた。


「よし、手続きはこれで終わりだ」

「……本当にこれで終りなの?」

「ああ。もちろん。これ以上何があると?」


 トアの言葉に雪姫先生がそう問い返すと何でもないとトアは首を横に振った。


「それなら俺は帰らせてもらうけど……」

「ああ、それは無理だ、狐台」

「は? 他にすることでもあるのかよ?」


 悠真が問い返すと雪姫先生は大きく肩を竦める。


「私の言葉を忘れたのか? 昨日言ったはずだろう? 簡単には出てこられないと」

「それは先生の話だろ? 俺らとどういう関係があるんだよ」

「そうか。野牛島先生。ボクたちを謀ったね?」


 雪姫先生が何を言いたいのか悠真はわからなかったがトアが先に気づいたようだった。


「どう見てもさっきの書類は緊急性はなさそうだからね。ボクたちのことを早めに縛っておきたかったってとこかな?」

「さすが頭の回転が速い。気が変わったと言われても困るからな。狐台、この学園の生徒は卒業するまでこの学園から出ることはできない。魔法を学ぶ代償というやつだな」


 雪姫先生は悠真が理解できるようにそう説明した。つまりは最初から帰す気は無かったということらしい。


「どうしてわざわざそんなことを?」

「魔法の漏洩を防ぐためだな。あとは途中で逃げられては困る。魔法に適応する人材は多くないからな」


 しばらく悠真はしばらく雪姫先生をにらんでいたが諦めたように目を逸らした。


「……ここは全寮制らしいな」

「ああ。管理人室に行けば鍵をもらえるだろう」

「わかった。それじゃあ失礼しました」


 悠真は一礼して職員室を後にする。そんな悠真にトアが声をかける。


「引き下がってよかったの? お母さんに何も言ってこなかったんでしょ?」

「今さら何を言ったところでどうしようもないんだろ。それならできることをするしかないだろ」


 それにあの人が心配するとも思えない。悠真は心の中でそう付け加えた。


「そういえば出られないとか言ってたが雪姫先生の妹の秋姫は自由に出入りしてるんだよな?」

「それは彼女がせいとじゃないからだと思うよ。気になるなら寮に行く前に確かめてみる?」


 確かにそれもありかもしれない。雪姫先生の言葉をそのまま真に受けるのもどうかもと思う。悠真は確かめようと決意して本校舎を出ると思わず足を止めた。


「なあ、トア。俺たち中庭を歩いてないよな?」


 話をしながら歩いている間に通り抜けたなんてことはないと思いながらも悠真はトアに確認した。

 悠真たちがいるのはエントランスホールに間違いなかった。


「うん、ボクも中庭を通った覚えはないよ。野牛島先生の妹さんの言っていたこともあながち冗談というわけではなかったみたいだね」


 本校舎が悠真たちをエントランスまで送り出したのは間違いなかった。




 

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